第4章 邂逅(4)

 馬車に揺られながら、ルシアスがこの旅程について話し始める。


 昨晩ルトと会談したあと、今朝先行で「早便」がエリシア大聖堂へ走らされている。「早便」は中継所を経由して、今日の夕刻にはエルシリアに到着するだろうから、エリシア大聖堂へは夜には届くだろう。

 我々は今晩遅くにエルリシアに到着するだろうから、そこで宿を取り、明朝早くにエリシア大聖堂へ入る予定だ。

 そこで、アリアーデの弟に会い、容体によっては即刻、王都に護送する。


「アリアーデの弟、ゼーデは竜族の長だ」


 私とレイノルドは驚いてアリアーデの方を見やる。


「その弟が、手傷を追ってエリシア大聖堂に現れたというの。何があったかわからないけど、あの子が手傷を追うなんて、よっぽどのことよ」

アリアーデは心配そうに唇を結んでいる。


「とにかくだ。そのゼーデに会って話を聞かないことには今後の対応も決められないという状況だ」

ルシアスはそういって腕を組んだ。


 馬車はとても揺れる。

 この時代、シルヴェリアの馬車はいわゆる荷馬車である。馬2頭に引かせ、御者がこれを操作する。幌がかかった車体は木製でギリギリと音を立てる。ただ、車輪は発達した鉱業のおかげで鉄製のものになっているため、以前のものよりは格段に耐久性が増している。

 しかし耐久性と引き換えにやや重量が増えた。

 そのため、速度はそれほど出ないのである。「早便」は馬で単独で走るため、速度が速い。なので、このように到着に差が生まれるのである。


 早便も馬車も中継所で馬を換える。さすがに馬も走り続けることはできないからだ。中継所はヘクトル監視塔を過ぎたあたりの街道沿いに設置されている。


 路面はある程度整備されているとはいえ、もちろん、現代のようにアスファルトで舗装されているわけではない。いまだ、土の路面である。その揺れは想像するに難くない。


 我々はこれまで大抵の場合、徒歩で移動してきた。馬車は当然徒歩よりも数倍速く移動できるのであるが、とにかく揺れる。

 私はこれが3回目ぐらいだが、どうにも馬車は苦手だ。レイノルドは初めてかもしれない。さぞや、酔うであろうと思っていたのだが、レイノルドは涼しい顔をしている。

 私が彼の方をいぶかしげに見ていると、レイノルドも怪訝な顔で見返してくる。


「ん? どうした、アル。なんか気になることでもあるのか?」


「い、いや、レイは、その、気持ち悪くなったり、しないのかなって……」


「あー。俺は海の育ちだからさ。船に比べればこの程度の揺れ、どうってことないよ」


 ああ、そうだった。

 私はどうにも耐えられそうもない。そう思ってとにかく眠ることにした。




 エルリシアに着いた頃にはとっぷりと日が暮れていた。


 御者はこの町に一軒しかない宿屋の前に馬車を止めた。そこで4人を下ろすと厩の方へと去っていく。明朝朝一番にまたこの宿屋前に迎えに来るだろう。


 ルシアスを先頭に宿屋の正面扉から入ると、右手奥にバーがあるのが見える。正面にカウンターだ。カウンターには、一人の男が立っていた。


「ヴィント卿! ようこそおいで下さいました。主人を呼んでまいります。しばしお待ちくださいませ」

男が声をかけるなり奥のバーの方へと慌てた様子で去っていく。


「デイルート、慌てて転んだりしないでくれよ?」

ルシアスはそういって笑いながら、その男の背中に声をかけた。


 数秒後、奥から口髭の男が現れ、ルシアスを一目見るなりこう言った。


「これはこれは公爵閣下。こんな田舎町までご足労頂くとは、あいかわらず嫁探しに奔走しておいでとのことですかい? その様子だとまだいい女には巡り会えてないようですなぁ」


「何を言うか、お前こそ相変わらずの独り身だろう? 聖堂巫女に手を出したりしてないだろうなぁ?」


「「ふふふ……、はっはっは!」」

「「お前に言われたくないわ!」」

二人は一瞬睨み合ったかと思うと、次の瞬間大声で笑い合い抱き合った。


「はっはっは、ミハイル! 元気そうで何よりだ!」

そういって、その男の背中をバンバンたたく。


「おうおう、おまえこそ、少し老けたんじゃねぇか?」

その男もルシアスの背中をバンバンとやる。


 ひとしきりやり合った後、離れて固い握手を交わす。


「ミハイル、今晩は世話になるぜ?」


「先の早便のやつが、ここに立ち寄ったときに後発で王都の使者が4人来ると聞いていたから準備はできてるよ。しかし、お前さんが来るってことは、かなりの急用ってことか。魔素案件かい?」

ミハイルがこの男には珍しく勘ぐるようにささやき声で言った。


「ん、ん。もしかしたらそれ以上に厄介ごとかもしれん、すべては明日、大聖堂に行ってからだな」

少々かしこまった様子でルシアスがささやく。


「まあ、俺はもう何も力になれんからな、せめて、今日明日はおいしいものをたらふく食わせてやるよ。」

そういってミハイルは片目をパチンとやった。


―――――――――― 


 翌朝早くから用意してくれた朝食を取った後、宿屋を出ると、すでに馬車が玄関前に待機していた。


 一行は馬車に乗り込むと、エリシア大聖堂に向かって出発した。

 大聖堂までの道は一本道で登りになっている。大聖堂は山の中腹あたりに建っているのだ。


 町から大聖堂までは約30分というところだろう。


 夏の終わりとは言えもう朝晩は冷え込む。

 それでいて、王都からだいぶんと登ってきてもいる。


 私は少々寒さすら感じていたが、アリアーデはいつもの白ローブ姿である。寒くはないのだろうか。


「さすがにここまで登ってくると、少し寒く感じますね、親分」

レイノルドが沈黙に耐え切れずに言葉を発する。


「そうだな。やはりもう朝晩は冷えるしな。王都よりだいぶん標高も高いから余計に寒く感じるのだろうな」

ルシアスが応じる。


「僕はこんなに高いところまで来たのは初めてですよ。ほんとにこんな山の上に聖堂が立っているんですか?」

私はどうしてこんなへんぴな場所にという意味で質問する。


「魔法の研究所という役割も担っているため、人目に触れるような場所ではやりづらいんだよ。そういう意味で大聖堂は格好の場所なのさ」

さらに続ける。

「それに、アナスタシア大聖堂大司祭の呪法「祈り」は、大聖堂でなければ発動できないということもある。これだけ自然豊かな場所であればこそ、魔素の集束もより効果を高められるのさ」


 そういって、私にまわりをよく「見て」みろといった。


 私は意識を集中させてみた。アリアーデの修行の成果もあって、「魔素」のながれが見えるようになったのは、ついひと月ほど前のことだ。


 そこから一気に魔法発動まで成熟した。今では炎系魔法を少々扱えるようになっている。だが、魔法の発動には相当の集中を要するので、普段から魔素が見えているわけではない。意図的に集中することで「見える」のだ。


 まわりの魔素の流れがちらちらと光の粒子のように波打ち出す。集中が増すごとにその流れと輝きが増してゆく。そしてそれは次第に光の渦へと集束してゆく。


「す、すごい……」

 なんて美しいのだ。道の両脇の森の木々の間を光の川が流れてゆく。

 そしてそれは、道の先、山の頂上方面へといざなわれているようだった。


「おまえにはどんなふうにみえているんだ、アル。俺には光の粒子が風に流されているように見えているが?」

ルシアスが私に問う。


「すごいです。光の粒子が大きなうねりとなって、山の頂上の方へと集まっていくような、そんな感じに見えます」

私が答えると、ルシアスは自嘲気味にこう言った。


「そうか……。もう充分に見えているんだな。そこまでとは思いもしなかったよ」

少し寂しげでもあるその言葉に私は、一瞬後ろめたい気分になった。


「ルシアス、弟子はいつか師匠を越えていくものよ。むしろ、それこそが師匠の誇りと願いじゃない。剣の腕はまだまだなんだから、しっかりと育ててやらないとだめよ?」

それまで黙っていたアリアーデが口を挟んでルシアスをいさめた。


「ああ、そうだな。そうなるだろうとも思って、連れてきたのも事実だ。でも、まさか、魔法の腕が先を越されるとは思ってもみなかったよ」

ルシアスは改めて私の方を見て、

「アル。お前を誇りに思うよ。これからもよろしく頼むぞ」


 そう言ったルシアスの顔を私は生涯忘れないだろう。


 


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