第4章 邂逅(3)
5
聖暦164年8月末
国王フェルト・ウェア・ガルシア2世は、夕食をすませて自室のソファに腰かけ、エールをちびちびとやっていた。
最近の「魔素関連」案件について少々不安をおぼえつつ、しかしながら、今はルシアスの捜査にゆだねるしかない。
現在、王国の戦力は念のために配備しているオーヴェル要塞の数十人と、王都警護に数十人、各拠点に配備している衛兵が数十人という感じだが、その中にひとりも「魔素事案」に対応できるものはいないのである。
かろうじて「魔素」を感知できる者は、エリシア大聖堂三大魔法士とルシアスの4人のみだ。しかも、その中で一番の力を持っているものは、領土確定戦より以前から行方知れずとなっている。
当然、その人物の捜索もルシアスに依頼しているが、いまだになしのつぶてだ。
「メイファ……。いったいどこへ行ってしまったんだ……」
思わず彼女の名前をつぶやいてしまい、慌てて周りを見渡した。
大丈夫だ、誰もまわりにはいない。こんなところをイレーナにでも聞かれたら大ごとだ。
ほっと息をついた、その時だった。
カンカンッ!
不意に扉をたたく音がする。
思わずビクッとしてしまったが、つとめて冷静を装いながら応答する。
「何事だ?」
「陛下、お休み中失礼いたします。イレーナでございます」
「かまわん、入るがよい」
扉を開けて、小柄で愛らしい女性が部屋へと入る。
年齢はすでに37になったころだが、「魔素」を操るものの特性なのか、アナスタシアもメイファもそしてルシアスもそうだが、皆年齢より若く見える。
ましてや、イレーナは小柄で幼顔であるからなおさらだ。その容姿は20代半ばと言っても過言ではないほどである。
相変わらずの正装で身なりを整え、その幼顔と真剣な表情とのミスマッチがまた、かわいらしくもある。
「陛下、ただ今エリシア大聖堂、アナスタシア様より急使が届きましてございます。こちらに書簡をお持ちいたしました」
そう言って彼女は書簡を差し出した。
「ほう、急使とは珍しいな」
そう言って彼女から書簡を受け取ると、すぐに開いて内容を確認する。
こういう勤勉さが彼の器量を表しているともいえる。いついかなる時も国政に関して怠けることがないのだ。
急ぎとあらば、眠っているさなかであろうとも、即刻対応する。
イレーナは彼のこういうところも尊敬しており、自身の仕事を円滑に行えることに感謝している。
書簡に目を通していた国王の表情がみるみる曇ってゆくのが見て取れた。
「……。イレーナ、少し厄介なことになりそうだ。すぐにルシアスを呼んでくれ」
6
「エリシア大聖堂に、ゼーデが現れた」
ルトの突然の宣告にルシアスは思わず絶句した。
「ゼーデだと? あの、ゼーデか?」
ルシアスはさすがに自分の耳を疑って念を押した。
「ああ、ゼーデ・イル・ヴォイドアークと名乗ったそうだ。特徴も一致している」
ルトはいつにもまして真剣な面持ちで間違いないことを示す。
しかも、何らかの魔法の呪詛をかけられていてかなり消耗しているとのことだ。今はエリシア大聖堂で看護にあたっている。幸い呪詛のほうはアナスタシアの力で解呪できたようだが、動けるまでには数日かかるだろうとのことだ。
これは、かなりの有事だ。あのゼーデがそんなに消耗させられるなど、なにが起きているのか早急に調査が必要だ。場合によっては、王国軍を再編成しなければならない事態にもなりかねない。
「ルシアス、エリシア大聖堂へ向かって、ゼーデと面会してほしい。そして、彼の容態次第ではすぐに王都へ護送してくれ。ことは一刻を争うかもしれぬ」
ルシアスは二つ返事で応じ、明朝出立すると言葉を残して、王の執務室を出て行った。
* * *
「ゼーデがエリシア大聖堂に? いったい何があったのよ?」
アリアーデが珍しくうろたえている。
「それがわからんから問題なんだよ。とにかく明日朝にはここを出て大聖堂へ向かう。王城からの帰りに二人には伝えてきた。明日朝集合次第出発する」
おまえはどうする? とルシアスはアリアーデに聞く。
ゼーデに会えば、彼に居場所が知れる。が、遅かれ早かれ、ルシアスが彼と出会えばいずれ居場所はばれることだろう。
「わたしも、ついていくわ……」
アリアーデは硬い面持ちで答える。
こうなっては致し方がない。おそらく国王にも居場所が知れてしまうだろう。ここまで隠れ住んできたが、いつまでも隠れてられるとは思っていなかった。いずれこの時が来ることは承知していたはずだ。
しかしながら、できうることなら、このまままだしばらくルシアスとともにこの冒険の日々を楽しみたかった。
アリアーデ・デル・ヴォイドアーク。
これが彼女の本名である。
ゼーデ・イル・ヴォイドアークは彼女の弟である。
彼ら姉弟は竜族である。
竜族はこの世界の住人ではない。説明が難しいのだが、いわゆる「別次元」の生命体である。この世界には人間が住む世界と平行して、ある特殊な地域において、違う世界が存在している。竜族の住処は、西の最果ての地とされている。その地へは行く手を氷原に阻まれており、人類はいまだその地に足を踏み入れてはいない。ほかにも、これはアリアーデからもたらされた情報であるが、このシルヴェリア王国領内に、妖精族の世界も存在しているという。
ただ、この世界の住人との
もしかしたら、ほかにも人類がまだ知らない種族が存在するかもしれないのだが、それを詮索すると切りがない上に、認知のしようもないことであるのでここでは語らないことにする。
ルシアスとルトがどうして竜族と面識があるのかという点についてだけ補足することにする。
今から10年ほど前のことだ。
竜族の世界で大きな権力闘争が起こった。人類との共存を主張するヴォイドアーク家を首魁とする親人派と、人類をこの世界から排除しようとする嫌人派の対立である。
当時のヴォイドアーク家当主、ゲルガ・レイ・ヴォイドアーク、ゼーデとアリアーデの父であるが、彼は人類とは対話によって平和裏に共存できると主張していた。
たしかに、その知能と高潔さにおいて、竜族に比べればいささか劣るとは言えども、言葉による対話が可能であり、本来は平和な生活を望む性質である人類とは、時間をかければ共存できると確信していたのである。
しかし、嫌人派は下等で下劣な人類はそのうち世界の害悪になると主張して、真っ向から対立した。
そんな中、ヴォイドアーク家当主ゲルガが嫌人派の一部のものによって襲撃され深手を負うという事件が起きる。
これをきっかけに竜族世界を二分する大闘争が勃発した。互いの派閥は一歩も引かず、お互いが徐々に消耗していき、ついには両派あわせても100人を切るほどにまで個体数が減少した。
親人派の首魁ゲルガが深手を負ってしまっている中、ここまで先頭に立って戦い続けてきたのがアリアーデの弟ゼーデであった。
ゼーデは勇猛果敢であり、意志も強かったことから父の負傷後よく派閥をまとめここまで戦ってきた。
しかし、このままでは竜族が絶滅してしまう可能性もある。
そこで、嫌人派に対して一つの提案をする。
一度、人間と話してみようではないか、と。
その対話の内容如何によって、今後の人類の処遇を決すればよいではないか、そう言って、一時休戦ということになった。
そこで、アリアーデは人類代表としてガルシア王を指名する。実はアリアーデは折につけ、これまで人間と接してきていた。人間の街に紛れ、人間とともに働き、人間とともに生きてきた。その生活の中で、先の領土確定戦での采配、その後の王国の繁栄、人民の王に対する風聞などから、実に賢人たるものと見込めると思ったのだ。
両派ともに、それに合意した。
しかし問題は、ガルシア王が応じてくれるかだ。
アリアーデは竜族の使者として初めて、正式に人間と
ある夜、アリアーデはガルシア王の部屋へ忍び込んだ。気配を消して忍び込むなど、アリアーデの魔法によれば造作もないことだった。
そして、フェルト・ウェア・ガルシア2世と対面する。
会談はあっけないものであった。
話を聞いたガルシア王は、開口一番、応、と言った。
ただ一人の従者を連れて参る、というのである。
そして翌朝、ルシアスを連れてアリアーデとの待ち合わせに向かった。
二人はアリアーデの魔法が生み出した「
フェルト・ウェア・ガルシア2世の立ち居振る舞いは竜族を感服させた。その威風は堂々としており、頭脳も明晰、竜族の問いに対して何ら臆することなく淡々と応じてゆく様は、人類の可能性を竜族の者たちに認めさせるに充分なものであった。
そして、最後に彼はこう言い放つ。
「我ら人類は、原則的には争いを好まない。たとえ種族が違えども、対話が可能であるならば、まずはそこから始めるであろう。しかし、ひとたび我らの存在を認めぬという脅威にさらされれば、我ら人類一丸となり、その命と誇りをかけて死力を尽くして戦うであろう」と。
まさに高潔。
この会談ののち、竜族内の意見は親人の方向でまとまることになる。
その後、ゼーデは負傷を負った父に代わりヴォイドアーク家当主となり竜族の長となった。
また、ガルシア国王との間で非公式ではあるが、共栄同盟の約定を結んだ。
アリアーデが
彼女が後を追ってきたことをルトは知らないでいる。
かくして、ルシアス、アリアーデ、アル、レイノルドの4名は、翌朝王城から差し向けられた馬車に乗り込み、エリシア大聖堂に向かった。
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