第4章 邂逅(2)

 聖歴164年8月


 レイノルドを先頭に、左に私、右にルシアス、しんがりはアリアーデの態勢で、魔巣に乗り込んだ。

 部屋の中に入るやいなや、小鬼たちが待ち構えていたように散開する。


「アル! そっち、いっぴきぃぃ!」

レイノルドが左手に向かった小鬼の存在を知らせる。


「オッケー、レイ! とらえた!」

即座に対象を視認し、行く手を遮り対峙する。


「ルシアス! 右から3匹よ!」

アリアーデが後方から叫ぶ。


「見えてる、2匹はいける、1匹止めてくれ!」

ルシアスは慌てず右手に回った3匹を捉えに行く。


「……フリーゼ・バインド!」

アリアーデの魔法が発動する。右手に回った一匹の右足が地面から生えた氷の枝にからめとられた。


「よし、2匹行く!」

ルシアスが猛然と2匹丸ごとを射程に収めて切りかかる。


「止めたやつぁ、俺がいただきますぜ、親分!」

「たのむ!」

正面にいたレイノルドは、体の正面に中盾を構えたまま、足が膠着して動けない小鬼に向かって突進し、盾ごと体当たりを食らわせる。

 小鬼はその衝撃によって頭蓋が破裂。脳漿を飛び散らせてこと切れた。


 私と対峙した小鬼は、小型ナイフの切っ先を私の方へ向けすさまじいスピードで突進してきた。

 いつも思うのだが、この小鬼の突進は本当に速い。さらに、体が小さいというのもあって、タイミングを一歩間違えば、胸を刺し貫かれてもおかしくはない。


 だが、私はここで試してみたいことがあった。


 突進してくる小鬼をよく観察する。右腕をまっすぐにこちらの胸あたりに向けて飛び込んでくる。体は前のめりに伸びている。小鬼は体の大きさの割に手が長いため、ナイフの切っ先から小鬼の体までの距離が人間よりは長い。つまり、懐が深いのだ。

 しかし、その手足は長いだけで強靭ではない。伸びてくる右腕を、胸に命中する瞬間で体を回転させてかわす。

 と、同時に、下からショートソードを振り上げる。思惑通り、剣の刃は小鬼の腕に命中し、難なく切断する。背中から小鬼の体に体当たりし、切り上げた右腕で、小鬼の半分になった右腕を右肩にかつぎ、そのまま体を前方にかがめる。

 小鬼の体は、私の背に乗って、前方に回転させられ、そのまま地面にたたきつけられた。

「グェ!」という悲鳴が聞こえたかどうか、次の瞬間、私の目の前にある小鬼の顔面に左手の掌を当てる。


「……ファイアブロウ!」

 

 たちまち、左手の掌が燃えさかる炎をまとう。小鬼の顔面が炎に包まれ、一瞬にして灰と化した。


「で、できたぁ!」

私は思わず歓喜の声をあげてしまった。


「おまえなぁ、遊んでんじゃねぇよ! ほかに敵がいたらどうすんだよ」

レイノルドが冷やかす。


「あー、それは大丈夫。ほかにいないの、わかってたから」

私は事もなげに答える。


「ふふふ……。レイ、今回はあなたの負けよ、アルにはんだから、仕方ないわ」

アリアーデが私を擁護する。


「ちぇ、ずるいよなぁ、俺だけ見えねぇって、なんとかならないもんですかね、親分?」

レイノルドが不服そうに頬を膨らます。


「ははは。その分お前の装備は俺たちの誰よりも重装備になってるじゃないか。銀製プレートアーマーに、鋼鉄製中盾って、もうどこからどう見ても完全無敵にしか見えんぞ?」

ルシアスが軽くいなす。


 言いながら、魔巣コアをかち割る。


 風が唸るような音がしたかと思うと、「部屋」はかき消え、もといた洞窟のなかの少しばかり広い空間に戻る。


「ふぅ……。一件落着、だな」

ルシアスが安堵の表情で言った。

「それにしても、アル。お前の魔法は素晴らしいな。もう剣士やめて、いっそ魔法士に転換したらどうだ?」


 そういって私をからかうルシアスだったが、その件について私の答えが決まっていることは百も承知だ。


「いえ。僕はこれからも剣士です。魔法は、使ってるだけですから」

 

 そうなのだ、私は望んで魔法の修練をしているわけではない。そうしないと、自分の命が保証されないからなのだ。

 

 私の目標はあくまでもこの、目の前に立つ剣士ルシアスなのだ。彼にいつか認められる剣士になりたいとそう思っている。剣一本で、王国の平和を維持し続けている彼の功績は、今はまだ誰も知りえないところであるが、その功の大きさは、国王の功績にも匹敵すると、心から信じている。

 

 私もいつか彼のように、剣一本で王国を守れるような剣士になりたいと、日ごろから剣の腕を磨き経験を積むことに、とても深い充足感を感じている。


「あらあら、師匠を目の前にして、仕方なく使っているとは、心外だわ」

アリアーデが、すかさずちゃちゃを入れる。


 この、銀髪の美しい女性は、普段はこんななりをしていて忘れそうになるが、その実態は竜族であり、年齢は150歳を超えているという、いわば、怪物である。

 その魔力たるや、すさまじく、普段使っている魔法など、子供のおもちゃ程度のものでしかない。

 それがどうしてルシアスの婚約者なのか?


 いやはや、男と女、いやこの場合、オスとメスなのか、どちらにしても摩訶不思議なものである。


「あ、いえ、そ、そう意味では、あり、ません。すいません!」

私は慌てて訂正し謝罪する。怒らせたら、この後の修行がとんでもないことになるかもしれないからだ。


「ふふふ。冗談よ。それにしても、確かにここまで扱えるようになるとは、ルシアスは思っていなかったでしょう?」


「ああ、正直驚いている。魔法に関していえば、すでに、俺や三大魔法士のうち二人を圧倒的に凌駕しているといえる。超えれてないのは、残る一人だけだろう」


「ああ、あの子のことね。確かにまだその域には達していないけど……。封印解除がなされれば、もしかしたら、超えられるかもしれないわね」


 アリアーデも残る一人のことを知っている様子だ。


 私は、これまでに聞いた魔素や魔法の話の中で、唯一明らかにされていない「その人物」について、この数日後、知ることになる。




 ここで少し、話を中断することにする。

 

 これまで語られなかった部分について、そろそろ補足する必要があると考えたからだ。


 この世界はいくつかの国家に分かれており、そのうちの一つが、シルヴェリア王国である。

 先の領土確定戦によって、互いの国境争いは一旦の終結を見た。その後は各国内政に励み、交易をおこない、共存共栄の道を歩み始めている。

 なかでも、ガルシア国王の統べるシルヴェリア王国は、産業の飛躍的進化を背景に交易での利潤もあって、王国国土は繁栄の気流に乗っている。

 これが、現在の世界情勢だ。


 その世界のすべての生命には、「魔素」というものが秘められており、それこそが生命力の根源といえる。あらゆる生命には多少の違いはあれど、すべて「魔素」が含まれており、それが、体外に放出されることで、死を迎える。


 これについて知るものは、いまだ一般の人民には存在していない。

 というのも、そもそも「魔素」が限られた人間にしか見ることができないものだからである。

 その「魔素」について秘匿し、かつ、研究している機関こそが、エリシア大聖堂である。

 エリシア大聖堂は、もともとはエリシア神をまつる聖堂として建立されたといわれているが、現在においてそれは、表向き、建前と言うものになっている。


 エリシア大聖堂建立の時期は定かではないが、少なくとも前大聖堂大司祭の代からは、王都と連携して「魔素」の研究と、魔法士の育成を行っている。


 つまり、先王ガルシア1世のころには、すでにそのような役割を担っていた。


 この事実は、王都と大聖堂の一部の者しか知らない、極秘事項である。


 現在おいて、この「魔素」という概念について、世界中の人類に周知することは賢明とは言えない。

 なぜなら、先ほども言った通り、一部の限られたものにしかそれを確認するすべがないからである。そのようなものを周知して、理解させることは不可能なことなのだ。

 どうしたって、見えるものとそうでないものの間に軋轢が生じ、少数のものが迫害を受けるか、あるいは、少数の者が選民思想をもってしまう恐れがある。

 いずれにせよ、戦乱冷めやらぬ時期に公表できるような内容ではない。


 現王ガルシア2世は、「見えない側」の人間である。先王もそうであった。

 だが、彼ら親子は、それぞれの経験や体験、かかわった人々から、「魔素」というものの存在を実感させられており、事実、目にしてきている。

 現実として、剣士ルシアス・ヴォルト・ヴィント、大聖堂大司祭アナスタシア・ロスコート、王国参謀イレーナ・ルイセーズ、そして、メイファレシス・ケルティアン、この4人はその「魔法」の力で、王国の危機を救った。


 特に最後の一人、メイファレシス・ケルティアンの魔法はまさに奇跡であった。

 彼女は大聖堂三大魔法士のひとりである。

 彼女が王子ウィリアムの従者になるまでの詳細は今は省くが、その魔法は傷ついた者を治癒し、敵を焼き払い、味方に超常的な身体能力を付し、敵の魔法を防いだ。

 

 かつて、現ガルシア国王の兄、ウィリアム・ヴォン・ガルシアと、ルシアス、メイファレシス、ダジム・テルドール、そして、現王フェルト・ウェア・ガルシアの5人は、当時の国王ガルシア1世の命を受け、ある任務に従事していた。


 そうなのだ。「やつら」の駆逐である。


 現在王国の陰でうごめいている「やつら」であるが、初めてその姿を現したのは、いまからさかのぼること25年程前のことである。


 ある日、王城の地下にある地下水道内で、衛兵一人が消息を絶つという事件が起きた。

 ガルシア1世は、王子ウィリアムとその従者たちにことの真相を探るように命じた。ウィリアムと弟フェルトと3人の従者、ルシアス、メイファレシス、ダジムの計5人は地下水道を探索、ルシアスのその目が「やつら」の痕跡を発見した。


「魔巣」である。


 彼らは、果敢にもその中へ飛び込み、魔巣の内部の敵と戦闘を繰り広げた。「魔巣」の階層は、実に、5層にも及んだ。

 各階層のコアを破壊しても、魔巣の消滅は起こらず、次々と転移を繰り返した。

 戦闘は凄惨を極めたが、メイファレシスの回復魔法と支援魔法が功を奏し、果たして、最後のコアを破壊し、魔巣を消滅させた。

 

 王子ウィリアムはことの次第を父王に伝え、自身の従者たちの特別な能力についてもすべて話した。


 ガルシア1世は、とくにメイファレシスの能力とエリシア大聖堂の研究のことに深い関心を寄せ、即日、当時の大聖堂大司祭を呼び寄せ、メイファレシスの能力と「魔素」についての報告を聞いた。


 その際、大聖堂には、わずかではあるが「魔法」の才があるものが、他に二人いるということも報告を受けている。アナスタシアとイレーナのことである。


 国王はその後、王国中に捜索をさせたが、「魔巣」の発見はおろか、「やつら」がどのようにして現れたのか、もしくは、生み出されたのかについて、結局、皆目見当がつかなかった。

 

 そうこうしているうちに、戦端が開かれた。隣国のレトリアリア王国が南から攻めてきたのだ。

 

 先王とウィリアム王子はこの戦で、残念ながら、命を落とすことになる。


 そして、その後の顛末は、先に述べたとおりである。

 

 


 いや、一つ言い忘れていた。

 

 メイファレシス・ケルティアンのことである。

 彼女は、先の「魔巣」駆除において、「魔素」の消耗が激しすぎた。一時期その生命が危ぶまれるところまで来ていた。回復には相当の時間がかかり、レトリアリア王国の侵略の際には、ウィリアム王子とともに戦地には立てなかった。

 かくして、王子ウィリアムは戦場に散り、メイファレシスは王都から姿を消した。    

 そしてこの時から、彼女の魔法の影響力に配慮して、その名は伏せられることになった。

 

 領土確定戦後、王国軍司令を打診されたルシアスはこれを拒否、せめて叙勲は受けてもらわねば、示しがつかないというルトの言葉と立場に配慮して、公爵位を受けるも、所領は拒否し王国お抱え剣士となったのは先に述べた。

 次いで、ダジム・テルドールに打診するも、ダジムはメイファレシスを追うと言ってこれも辞退した。


* * *


「そう、そう。あの子の魔法力は人間の枠を超えていたわね」

アリアーデが言った。

「私のところに来たのは、王都から失踪した後だったのね」

 

 彼女が、テルトー村に寄ったとき、私の魔素に気づいてしまったの。で、対峙したというわけ。私はただ眠っていたかっただけだから、ほっといてくれれば何もしないわよと言ったの。彼女は、こう言ったわ。だったら、見逃してあげるけど、そのうち私の仲間があなたと出会うことがあったら、彼らを助けてあげてちょうだいね、って。私の方が断然年上だっていうのに、彼女ったら、ほんとにお姉さんぶって。

 あの時の彼女の笑顔を見たら、何も言えなくなってしまったわ。


「……で、その後、ルシアスと運命の出会いをすることになるのよ」

そう言って、アリアーデはルシアスに寄りかかろうとする。


 私たちは、つかの間の休息を楽しんでいた

 レッド・ジュース・ダイニングフランシスの酒場のエールジョッキがテーブルに8つほど並んでいる。テーブルの中央には、コッコ鳥のロースト、プレーンオムレツ、紫レタスとトマトのサラダ、ランデル肉のシチューなどが並んでいる。


 私は話を聞きながら、先ほどからどうしても確認したいことが一つある。

 私の名は、アルバート・テルドールだ。

 話中に出てきたダジム・テルドールこそ、私の父だ。


「ルシアス、一つ聞きたいのですが……、その、メイファレシスって、もしかして……」

私は、ためらいながらそっと質問してみる。


 

「あれ? そう言えば言ってなかったか? お前の母親だよ」



――――――――


作者註:話の流れの中で修正しなければ整合性の取れない箇所が発見されましたので、訂正いたしました。

 旧版において、南から侵略してきた国の名前が、「デルミント公国」となっていましたが、本編においてこの国家は登場することがなく、南の国家は「レトリアリア王国」でありますので、こちらに訂正いたしました。

 発見が遅れたことお詫び申し上げます。2022,6,10永礼経







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