第4章 邂逅(6)

11

 とりあえず、皆がテーブルに着いた。


 まずはアナスタシアが切り出した。

「遠路はるばるお越しいただき、お疲れ様です。王都への書簡にも記しておきましたが、こちらのヴォイドアーク公がガルシア王への謁見をお求めになっておられるということです」


 そのあと、アナスタシアはこれまでの経緯をルシアス一行に話した。


「――という事情です。昨晩、ヴォイドアーク公からお聞きしたのは、自国が侵略を受けているためガルシア王に謁見し、助力を仰ぎたいという事のみで、それ以上はお話していただけませんでした。このことは今の今まで誰にも伝えておりません。ヴォイドアーク公のお国とはどちらかすらお答えいただいておりません」


 なるほど、とルシアスは頷き、


「そうだな、それ以上は答えられぬのもいたしかたないだろう。それより、ゼーデよ、久しぶりだな、あれ以来だから、もう10年程になるのか?」


 そう投げかけられたゼーデは、


「そうだな、あの折は世話になった、父はその後おさの座を退き、私がその後を継いでいる」

と答えたまま、口をつぐんだ。


「ふむ。その件はアリアーデからも聞いている。その後は親人派でまとまって落ち着いたのだろう? 侵略を受けているというのは本当か?」

ルシアスが構わず問う。


 ゼーデはここで答えてよいものか、思案している様子だ。


「ゼーデ、大丈夫ですよ。少なくとも私と共に来た仲間たちは私が何者かを知っています。ルシアスがこの場で聞いているという事であれば、こちらの聖堂の方々も信用が置ける方々という事でしょう」

なにがあったのか話しなさい、とアリアーデが促した。


「そうだな……。私は竜族の長、ゼーデ・イル・ヴォイドアークと申す。そこのアリアーデは私の姉だ……」

そう言って重い口を開き始めた。


 ゼーデの話はこうだ。


 竜族はこの地の西の果て氷原の向こうに生息している種族で、いまのところ、人族との公式な交流はない。

 10年ほど前、竜族と人族との関係がどうあるべきかで種族内が二つに分かれて争う内紛があったが、それは、ガルシア王との非公式な会談によって終結を見た。

 その時重い負傷を負った先代竜族長の父は退陣し、かわって私がその任につくことになった。

 その後竜族は未だに人族との公式な交流はないが、いずれ邂逅するときには、互いに友好な関係を築くように努めるということで意見はまとまっている。


 それから、10年余り、目立った紛争もなく穏やかに暮らしていたのだが、ついひと月ほど前に、どこからやってきたのか、異形の軍勢が押し寄せた。

 竜族は団結してこれに対抗したが、個体数で遅れをとるわれらは徐々に押し込まれていった。


 それでも、前線を維持し続けたのだが、3日ほど前に突然私のもとにやつらの一人が侵入した。

 不意を突かれた私は、そいつに呪詛の魔法をかけられてしまった。

 護衛の仲間が反撃をして、なんとか一瞬の隙を作ることに成功したが、魔素量はすでに消耗しており、それ以上対抗することが難しくなった私は……、


「その場から、次元門ゲートを開き脱出するのがやっとだった……。そこから先は、魔素が集約しているこの聖堂を目指して何とかここへたどり着いたのだ……」

ゼーデは口惜しそうにそこで言葉を切った。


「ゼーデ、あなた! 逃亡してきたってこと? なんと情けない……」

アリアーデが両手で顔を覆って伏せてしまった。


「いや、賢明な対応だといえよう。おそらくその護衛の者たちもそれを望んでの行動だったろう。いい部下を持っておいでだ。そなたも口惜しかろうが、よく決心なされた」

ルシアスがその場をとりなす。


 実際、ルシアスの言う事が正しかろう。その護衛の者たちの望みはまさしくそれであり、この男、ゼーデが生き抜けばこそ、反撃の狼煙もあげられるというものだ。


惻隠そくいんの情、いたみいる……」

なればこそ、即刻ガルシア王に謁見しご加勢を願いたいのだ、とゼーデは拳をたたいた。


「なるほど。しかしながらそれはおそらく難しい、と言わざるを得ない。出来得るとすれば、残った竜族の救出、そこまでであろう」

ルシアスがきっぱりと言明げんめいする。


「それは……、百も承知だ……。我々竜族と人族の世界は地続きではない。次元門ゲートという特殊な移動方法でしか往来は不可能なのだ。この世界から送れる軍勢は限られたものになってしまう。その数ではやつらに対抗できないのだ」

ゼーデは現実と向き合いながらその苦しい胸中を懸命にこらえている。


「では、我々人族に何を求めておられるのだ?」

ルシアスが核心を突く質問を投げた。


「世界を、救わねばならない……」

ゼーデは真剣なまなざしでルシアスを直視した。



12

 彼ら竜族の存在は世界を護るためにあるのだと、ゼーデは言った。


「我ら、竜族にはいにしえよりの使命が課されている。そのための能力、そのための長寿であるのだ」

ゼーデの話はにわかには信じがたい、というより、いまいち的を得ていない。


「ゼーデよ、貴殿の話がよく理解できんのだが、竜族が世界を護っているとはどういう意味だ?」

ルシアスもその点は初耳だったらしく、珍しく釈然としないようすだ。

 

「『世界の柱』……」

アリアーデがこぼした。

「竜族の使命は、『世界の柱』を護ること。ゼーデ、その異形の軍勢の目的は『世界の柱』なのですね?」


「ああ、そうだ。『柱』の破壊、つまり、世界の崩壊がやつらの真の目的だ」

ゼーデは深刻な面持ちで絞り出した。


 俺の元に現れたその異形の一人がそう言った。『世界の柱』はどこにある、と。

 おそらく、私に呪詛魔法を施し、口を割らせるつもりだったのであろう。そこへ我が仲間たちが一瞬の隙を作ってくれたため脱出したというわけだ。

 しかし、『柱』の在処ありかを知るものは竜族には私以外にもう一人いる。


「父、ゲルガだ」

さらに続ける。

 父は先の紛争の折深手を負ったことはご存じの通りだ、その傷を癒すため、ある場所で静養している、遅かれ早かれ、やつらは父のいる場所にも到達するであろう。

 今の父の状態では、あの呪詛魔法に対抗できない。

 父のもとにたどり着いたやつらは『柱』の在処を知ることになるだろう。と。


「なるほど、で、その『柱』を破壊されると世界が崩壊するというのはどういうことなんだ?」

ルシアスが核心を突く質問を投げる。


「『柱』はその言葉通り、世界を支えているのだ。神話世界より竜族にその護衛の任が課されている。世界を創造したエリシア神との約定によってな。『柱』の崩壊はそのまま世界の崩壊を意味する。支えを失った世界は崩れ去る、消失するということだ」

ゼーデの言葉には虚言を言っているような響きは全くない。しかし、そんなことで世界が崩壊するというのを信じる方が難しいというのも事実だ。


「ふむ、その話あまりに唐突すぎて我ら人族にはにわかに信じがたいのだが……」

と、ルシアスが言うのを遮るものがあった。


「『世界は一つではない。世界は幾重にも折り重なって存在する。各々の価値は等しく、各々の存在も等しい。各々が互いの均衡を担う。柱はこれを支える』」

アナスタシアだった。

「エリシア聖典の一節です。聖典は古来より伝わるいわばおとぎ話のようなもので、その信ぴょう性は今となっては疑われております。我が大聖堂においても、すでにその教典という資格はとうに失っておりました」

 なので、現在の世界の人々がこのお話を知らないのも頷けます。

「あれは、本当のお話だったのですね……」


「人族の寿命は我々よりはるかに短い。古来よりの常識も時が経ち、世代が移り変わるごとにおとぎ話となって、いずれ忘れ去られてゆくのもいたし方ない。我ら竜族であっても、古来より言い伝えられているから護っているに過ぎないのだ。実際のところ、『柱』が破壊されたことは一度たりともないのだからな」

ゼーデはそう言って、自身の言葉の信ぴょう性すら怪しいことに唇をかむ。


「わかった。ところで、その『柱』というのはどういうものなのだ?」

さらにルシアスは質問を重ねる。 

 破壊を防ぐことはできるのか? その方法は? 

 あるいは、移動させたりできるものなのか?

 そして、

「どこにあるのだ?」


「『柱』の在処はさすがに説明が難しい。だが、竜族の世界で厳重に保管されている。在処を知るのは私と父の二人だけだ。護衛や兵が配置されているわけではない。何度も言っているように在処は私と父だけしか知らない、長だけが知る場所なのだ。私も長を引き継いだ時にその場所へ連れられて知らされた」

父ゲルガはその重い傷を負いながらもそこへ私を連れてゆき、この任を引き継がせた。

「幸い我ら竜族は、その生命力に関しては、おそらく、世界最高と言える種族である。どんな攻撃やダメージを負っても、即死はしない。例えば人族のように首を落とされたり、頭をたたき割られたりということがないのだ。我らの体はそのようにできている。これは、ある意味諸刃の剣でもある。致命傷を負った竜族のものはそのうち動けなくなり、その痛みを死ぬまで長い時間味わうことになるのだからな」

そして、父ゲルガもその状況にある。


「話はそれたが、『柱』の形状なら伝えられる。『柱』は宝珠の形をとって存在している」

ゼーデは隠さずに打ち明けた。


「つまりその宝珠を、破壊される前に安全な場所、こちらの世界へ避難させればよいということか……」

ルシアスがすべて合点がいったというような表情で言った。

「ところで、その宝珠は世界をまたぐことはできうるものなのか?」


「わからない……」

だが、そうしなければやつらの手に渡るのもまた事実だ。口惜しいが、我らの住む世界はすでにやつらに侵略されてしまった。おそらく、もう、奪還はできないであろう。その上『柱』までやつらの手に渡れば、各々の世界の命運もやつらの牛耳るところとなる。それだけは避けねばならない。

「『柱』を確保できれば、いずれはこちらの世界にもやつらは現れるだろうが、それまでにはまだ時間はあるように思える。その間に対抗策を講じることができるかもしれぬ、今は何よりも『柱』の確保が最重要だ」


 ゼーデの話はこれですべてのようだ。


 ルシアスはこれに対してしばらく考え込んでいたが、ついには口を開いた。

「話は分かった。それで、ゼーデよ、その異形の者たちが『柱』にたどり着くまでにはどれぐらいの時間があると見る?」


「『柱』は竜族の呪法による多重結界が施されている。たとえ発見されても、それを破るにはやつらと言えども相当の時間を要するはずだ。ただ、保って1年というところが限度だろう」









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