第3章 ルーキー(5)

8

 洞窟の階段はらせん状に上りになっていた。


 2周ほどしただろうか、ついに登り切ったところは、広いドーム状になっている。


 5メルほどの高さのドームの天井の中心あたりから水が真下に落ちている。その水はドーム中心にある泉に落ちており、泉からドームの端へと川となって流れている。ドームの端から端までは20メルほどか、結構広さがある。川はドームの壁にある穴の中へ流れ込んでいるようだ。川の広さは1メルほどで、深さは20センぐらいだろう、この川が先ほど見た滝へと続いていると推測できた。

 

 ドームの中にはところどころに篝火がかかっており、天井の水が落ちてくる場所は穴が開いているので、日光が差し込んでいる。 結構明るく、壁面もはっきりと視認できる。


 とても神秘的な場所だ。


 滝となって泉に降り注ぐ水が水煙を巻き上げており、ドーム内はすこしひんやりしている。


 私はふと、不思議に思った。ここが行き止まりだとしたら、そこにいるはずの人物が存在しないのだ。それとも私が見えていない通路がまだあるのか。


 私は目当てのものを見つけようと、あたりをぐるりと見渡す。しかし、やはり誰もいないし、今来た道以外ほかに通路も見当たらない。


 ルシアスはためらうこともなく、中心の泉の方へと進む。


 泉自体は直径3メルほどなので、それほど大きいものではない。部屋の端から5、6歩ほど進めば、もう泉の端へ到達する。


 3歩ほど進んだところで、ルシアスは右手を横にのばし、私たちに停止するよう指示を送った。そして、ルシアスだけが泉に向かう。


 ルシアスが泉に到達したその時だった。


 中心の泉の水が急に吹き上げた。


 水は天井の穴より高く吹き上げ、ものすごい轟音を立てる。



 その吹き上げる水の中に何かが見えた。なんだろうあれは?


 そう思っているうちに、やがて、吹き上げる水の勢いが弱まり、吹き上げがとまったとき、私は目を疑った。



 何だあれは?



 そいつは、泉から首を伸ばしてこちらを凝視している。首はうろこでおおわれており、その先端には頭がついているのだが、その頭はまるでトカゲのようだ。いや、トカゲとはまた違う。耳が立っているのも確認できた。トカゲに耳はついていない。その目はギラギラと赤く輝いており、首の長さはおおよそ2メルほどはあるだろう。




「よぉ! アリアーデ! しばらくぶりだなあ!」

ルシアスは臆せず、そいつに語り掛ける。



「ゴァァァァァァァァァ!!」

そいつが不意に唸り声をあげた。




 そして、またさっきのように頭の中に声が響いてくる。




「ルシアァァァァス! よくも顔を見せられたものだな! 私の大事なものを奪っておいて、もう、8年だぞぉぉぉ! 8年も待たせるとは、どういうつもりだぁァァァ!」



 あきらかにこの「声」はそいつから発せられているのは間違いない。



「当然、約束を果たしに来たのであろうなぁぁァァァ!」

さらに声が響く。



 さすがに、この声をいつまでも聞いているのは、堪えがたい。


 私は耳を覆って、しゃがみ込みたくなったが、ルシアスとそいつが対峙している以上、なにが起きるかわからない。隣を見ると、レイノルドもさすがに驚いたと見え、自分の腰の剣の柄に手をかけて固まっている。



 私も、思わず剣の柄を握ってしまっていた。


 いつでも指示あれば、切りかかれる態勢を取らなければ……。



 そう思い、腰を低く構えようとしたときだった。


 ルシアスが不意にこちらにくるりと向き直って、私たち二人に信じられない言葉を投げた。



「びっくりしただろう。こいつがアリアーデ」


 さらに続けてこう言ったのだ。



 俺の婚約者だ、と。





9

 ルシアスは、アリアーデに向きなおって続ける。


「アリアーデ。すまないが、まだ約束は果たせそうにないんだ。それよりも、おまえ、3日ほど前にやらかしたろう?」



「な、なんのことを言っておるのだ、わ、わたしは、なにも、して、いない……」



 ん? なんだか、声に威圧感がなくなったぞ?


 先ほどの押しつぶされそうな圧倒的な圧力を今は感じない。


 それどころか、どちらかと言うと、親に叱られた子供のようなしおらしさがあるように思う。


「やっぱりな。怒らないでやるから、正直に話せよ?」

まるで、失敗をした子供をたしなめるようにアリアーデに語りかける。


「う……。」

声を詰まらせると、泉から生えている首が、ぞぼぼぼっと泉の中に消えていった。


 そして、数秒後、その泉から、また何かが現れる気配がする。


 水面が小さく波打ち始めると、すぅっと泉から「人」が現れた。


 白い布製のドレスを身にまとった女性が、そこ、泉の水面に立っている。泉から出てきたばかりなので、そのドレスからは水が滴っており、体型がそのままあらわになっている。


 美しい……。


 さすがに今は修行の身で、女性に興味はないと言えども、その美しさは想像を絶する。


 顔立ちは端正。肌は真っ白で透き通るようだ。髪は銀髪で腰のあたりまでまっすぐ伸びている。唇は薄く線を引いたように横一文字に切れている。透けて見えるその体の曲線は優雅にカーブを描いており、手足は細くしなやかに伸びている。


 人間としてみるなら、年齢は、20代前半というところか。


「じ、じつは、わたし、ちょっと失敗しちゃって。あまりにも退屈なものだから、星に向かって、強く念じたの。ルシアスに会いたいって」



 その女性が、か細い声で話し始めた。そう、はっきりと「音声」として話し出したのだ。



「そうしたら、これまでに溜まっていた魔素が少し漏れ出してしまって……」

女性は、しおらしく目を伏せて押し黙ってしまった。



「やっぱりな。とんでもない発光があったと報告を受けたとき、お前の仕業だとすぐに思ったよ。で、それを確認に来ただけなんだ。まあとにかく、ほかに異常がないのならそれでいいんだ。元気ならそれでいい」

ルシアスはあやすように言葉をかける。



「それよりも、だ。ちょっとこいつを見てほしいんだ、アリアーデ。多分お前も驚くと思うが、俺にはよく見えないんでな」

そう言って、ルシアスは私の方に手を伸ばす。


 アリアーデと呼ばれたその女性の目が私の方に向けられる。



 やはり、彼女がさっきの怪物なのだ、と改めて認識するが、美しい女性に見据えられるというのは、なんとも気恥ずかしいものである。

 ほんの2、3秒ほどであったろうが、私には時がとまったかと思うほどの長い時間に感じられた。


 そして、彼女はこう告げる。


「封印ね……。それも、とても高度な術式がかかっているわね」



 封印?


 なんの封印だ?


「やはりな。はじめて、こいつに会った時から、少し気にはなっていたんだが……。間違いなかったようだ」

ルシアスが続ける。


「アル、お前の魔素は封じられているんだよ」



 何を言っているのか、私には彼の言っていることがよくわからないままでいる。


「アル。魔素というものについて、詳しく話す必要がありそうだ。それに、封印がかけられているとなれば、それも解決しないといけなくなる」


 相変わらず私は、ルシアスの言葉が理解できていない。



「で、アリアーデ。封印を解くことはできるのか?」


「ええ。できるでしょう。けど……」


 それを今やったら、この子の命ははじけ飛んでしまうわね。




 なんだって? 


 封印を解くことはできるが、封印を解くと私は死んでしまうという事、なのか?


「ううむ……。やはり厄介なことになっているなぁ。どうにかしないといけないんだが、何か方法はあるのか?」

ルシアスがさらにアリアーデに問う。


「あくまでも、『今は』、どうしようもないわ。でも、時が来れば、なんとかできると思う。でも、それがいつ来るかがとても重要なの。その時期が遅すぎると、間に合わなくなるわね」

アリアーデがまるで人ごとのように言う。いや、人ごとなのだから、それであっているのか。


「こいつのことは俺が預かってるんでな。このまま放置して手を打たないというのは、こいつの両親に顔向けができないんだよ。どうすればいい?」

ルシアスがアリアーデに懇願する。


「いいわよ。何とかしてあげる。でも、条件があるわ」



 私もあなたたちと一緒に行く、それが条件よ。


 そして、私の方を見つめてこう言った。



 それから、ルーキー見習いさん


 あなたは私の弟子になるのよ。


 

 これから、魔法の修練も行ってもらうわ。

 あなたの命を救うには、あなた自身がその魔素に耐えられるようにならないといけないの。

 封印を解除したときに、魔素に取り込まれないように、魔素を制御できるようにならなければならない。


 その為には、なんとしても、習得してもらわなくちゃいけないわ。


 魔法士でないものが魔法を習得するのは至難の業よ、でも、やり遂げなければ、命は救えない、生きたければ、私の修行に耐え抜くのね。


 


 なんという事だ。


 私はまた、なにか重いものを背負ってしまったようだ……。










第3章 ルーキー 完


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