第3章 ルーキー(4)
7
翌日の朝、朝食を取った後、私たちは宿屋を出て、村の東方面に向かう。
この村の東には、昨日の夕飯で食べた「アルティベリ」が生息している湖がある。
ルシアスは、その湖の中心にある島へ行くと言った。島までは、ボートを漕いでいくことになる。ボートはドルレアンに使用の許可をもらってきている。
村の東端まで来ると、澄みきった水をとうとうと蓄える湖の岸辺に出た。
春の午前中の太陽の光を受けた湖面がキラキラと輝いている。湖の先に目をやると、なるほど、中央あたりに島が見えた。島は木々に覆われていているが、こちら側から見ただけではどれほどの大きさかはわからない。
すでに湖面に浮いている漁船の大きさから推し量ると、島まではそれほどの距離ではないようだし、湖面は静かにきらめいているので、ボートで行っても難なくたどり着けるだろう。岸からの距離は、せいぜい1キリぐらいだろうから、10分少々漕げばたどり着くだろうか。
3人はドルレアンのボートを岸辺の停泊所から見つけだし、湖に浮かべ、船主側に私、船尾にルシアス、漕ぎ手はレイノルドという形で乗り込む。
こういう時レイノルドは役に立つ。彼の出身はポート・アルトだ。ポート・アルトは港町なので、彼は幼いころから船に親しんでいる。小型帆船程度なら操船できるほどの技術を持っている彼からすれば、湖のボートなど取るに足らない。
ボートは湖面の上をほぼ揺れることなくすぅっと滑ってゆく。舷から湖面を覗き見ると、水の中に大小さまざまな魚たちの背中が見えた。水の透明度が非常に高いので、まるで空を飛んでいるかのような錯覚すら覚える。風も心地よい。
3人は特に話すこともなく、10分少々の船旅を満喫した。
島に上陸した私たちは、ルシアスを先頭にして島の奥へと歩みを進める。
島に近づく途中発見できた、テルトー村の住人がごくたまに使用するのであろう簡易的な停泊所にボートはくくり付けておいた。
島には停泊所から奥に続く小道がある。道は一本道らしく、ルシアスは何もためらうことなく進んでゆく。私たちもそのあとに続いた。
しばらく一本道を進むと、振り返ってももう、湖面は木々に隠れて見えなくなった。日差しは相変わらず降り注いでいるが、木々で覆われた島の中心部に近づくにつれひんやりと肌寒く感じられる。空気が森の香りで満たされてゆく。
先ほどから、水が落ちる音が聞こえ始めている。近くに滝があるようだ。進むにつれて徐々にその音が大きくなっている。
そうしているうちに森の広場に出る。少し開けたその場所の中心に、小さな滝が落ちていた。さっきからの水音はこの滝に違いない。滝の高さは3メルほどなのでそれほど大きくはない。滝の奥はまた森の木々が生い茂っていて、その先は隠れて見えない。
滝の左側に小道は続いていて、少し上り坂になっており、滝の上部へと続いているようだ。
不意にルシアスが歩みを止める。
そのまま滝壺の方へとまっすぐ進み、水際まで達すると、片膝を折ってかがみこみ、左手で拳を作り、右手でそれを包むようにして額の前あたりで手を合わせる。
どういう意味かは不明だが、私たち二人も彼にならって、ルシアスの一歩後ろで同じく膝をつく。
数秒後、ルシアスが立ち上がって、
「さて、もうすぐそこだ。滝の上に祠があってな。目的のやつはそこにいる」
そう言って、滝の左手の小道に足を向けた。
滝を見下ろせるあたりまで来たとき、滝の上のすぐ先に小さい祠が見えた。石を積み上げたような簡素な作りで、入り口の大きさは、大人一人が通れるほどの大きさのようだ。祠の背面は岩壁になっており、岩壁と祠が一体化している。おそらく、その岩肌に貼り付けるような形で祠が建てられているのだろう。
ためらうことなくルシアスは祠の前まで進み、祠の扉を開ける。扉にカギはかかっておらず、なんの障壁もなく、すぅっと開いた。
中は空洞になっており、驚いたことに、奥へ続く洞窟になっていた。洞窟があったところの入り口に祠を建てたのだろう。そうして、洞窟の入り口を扉でふさいでいるという感じだ。 先の方までは光が届かず闇になっている。
洞窟の入り口付近にはたいまつが壁に掛けられていた。火はついていない。
その時、私の頭の中に直接、声が響いた。
洞窟の奥から音声として聞こえてきたのではなく、直接頭の中に、だ。
「ルシアァァァス! よくこれたなぁぁァァァ……!」
声はとてつもない怒気をはらんでいる。
私だけに聞こえているのか?
私は両手で耳を覆って、あたりをきょろきょろと見まわす。私たちのほかには誰もいない。
レイノルドには聞こえてないようで、私の方を見て、怪訝な顔をしている。
「よぉ、アリアーデ! 久しぶりだな! ちょっと邪魔するぜ?」
ルシアスは相手の剣幕など気にも留めず、いつもの調子で応える。
そう言ってから、私の方を見やる。
「アル、お前には聞こえたようだな?」
ルシアスが私に声をかけた。
「え、ええ。なんなんです、これ?」
私は、まだ耳鳴りがする気分を引きずりつつ返す。
「んん、魔法の一種だな。レパスという。少し離れた相手に声でなく魔素を利用して伝達する。但し、発信側にも受信側にもそれなりの魔素量が求められる。」
ルシアスはそこで言葉を切って、たいまつを手に取った。
彼はそのたいまつを左手に持ち、先端に右手の手のひらをかざす。
ぽぅ、と手のひらとたいまつの間に淡い光が発したかと思うと、たいまつの先端が、ぼうっと発火する。
本来、火をつける時、私たちは「火打石」を使う。手のひらサイズの金属性の板と少し硬めの石を打ち合わせることで火花を発生させる。その火花を引火させることで火をおこす。
当然のことであるが、私も装備の一つとして携帯している。
しかし、ルシアスにそれは必要ない。
いや、さすがに彼も人前ではやらないので、当然「火打石」は持っているのだが、彼の魔法のことを知るわずかな者の前では、いつもこうやって魔法を使って発火させている。とても便利なことだが、人前で使えないというのは、とても残念だ。
ルシアスがいくらか魔法を使えることは、もう知っているが、彼の魔法はそれほど強力というものではない。
例えば、切り落とされた腕を再生したり、失った命を蘇生させたり、病気を完治させたり、 大きな火の球を作り出したり、かみなりを相手に落としたりなどという、そういう超常的な魔力ではない。
なので、戦闘につかえるというほどのものではない為、彼は本来「剣士」なのだ。
要するに、彼の魔法というのは、手のひらに集中させた魔素を何らかの「力」によって、発光させる感じに見える。それが彼の「魔法」なのだ。その発光によって少量の熱量を生み出すことができるらしい。
父が腕を失くした際に止血した方法も、この熱量によって傷口を「焼いた」ことによるものと言える。
たいまつに火が入ったことであたりが明るくなった。
これまで、扉についているわずかな格子から入り込む外の光に照らされていた周囲が、はっきりと見渡せた。
私たちの数歩先に上に上がる階段が見えた。少し登ったその先は右向きにらせんを描いてるように曲がっている。
ルシアスが歩みを始める。
「さっき何の話をしてたんだ? 俺にも説明しろよ?」
レイノルドが後ろから小声で私に問いかける。
私は直接頭の中に響いた声の話をレイノルドに伝えた。彼には聞こえなかったらしい。
「ちぇ、いいなぁ。俺もそういうのほしいなぁ」
そう彼は不服そうにつぶやいた。
が、私も初めてこんな体験をしたが、これはこれで少々厄介だ。結構気持ちが悪い。
と、そこで私はあることに気づく。
そうなのだ、魔法が使えるルシアスですら、このレパスという方法で私に語り掛けたことはない。なぜなら、私がこれを体験したのが、今日が初めてだからだ。
このような能力が使えるというなら、これまでの戦闘や作戦行動時においても利用可能な状況というものがあったはずである。
なのにルシアスの指示は常に、「声」によるものだった。
それにもし仮に、私にその受信に必要な魔素量が備わっていたとしたら、これまでにもレパスを感知していてもおかしくはない。
先ほどルシアスがこの声に返事を返した時も「声」で返していた。
そのことから察するに、ルシアスはレパスを使えないのではないだろうか。
つまり、さっきの声の主側の魔素の量が、ルシアスよりも上だということになる。
私は少し身震いをした。
いったい、この先にどんな人物がいるというのか?
ルシアスは、「いずれお前に会わそうと思っていた」と言っていた。
彼は私と「声の主」を会わせて何をしようというのか?
少々不気味に感じながら、彼の後に続いた。
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