第3章 ルーキー(2)
3
食事を終えた私たちは、
王都シルヴェリアは、王城のまわりを取り囲むように市街区域が広がっており、その外周は高い城壁で囲まれている。いわゆる城塞都市である。
王都には東西南北、四つの大城門と、その中間部にある四つの小城門の計八つの城門があり、それぞれに城門衛士が配備されている。
ルシアスの邸宅は、北西門をでて、街道沿いの丘陵に立っている一軒家だった。この街道はテルトーの村へ通じており、そのさらに先には我が故郷のソルスがある。
ルシアスほどの稼ぎがあれば、王都の中心街区に大邸宅を構えられるほどであるだろうが、この男の変わったところはこういうところにも表れている。
「俺は、ああいうごちゃごちゃして空が狭いところはご免なんだよ。それに俺一人だと、大きい屋敷は手に余る。寝れて、飯が食えればそれでいいのさ。」
ということらしい。
手に余るというなら、使用人の数名でも雇えばいいだろうし、中心街区でも、屋敷の敷地面積が広く、隣の屋敷との距離も充分なものもある。空の広さなど、特に気になりもしないと思うのだが、どうにも、人を寄せ付けない雰囲気というものもある。
「親分。さっきの話の続きだけど、その面倒な依頼ってのは何だい?」
この男、レイノルドは、そのルシアスの雰囲気というものを全く感じていないようだ。何の躊躇もなく、さらりと質問をする。
「それなんだがな」
そうルシアスは切り出した。
ルシアスの話はこうだ。
シルヴェリア王都から西へ約40キリのところに、ヘクトル監視塔がある。王都からは、徒歩で約半日というところだ。先日のことだが、その監視塔から奇妙な報告が入ったという。
ヘクトル監視塔は王都の西に連なるヘクトル山脈の中腹に建造された塔であり、そのてっぺんの高さは標高で言うと150メルほどになる。塔自体の高さは約30メルというから、シルヴェリア王城の尖塔よりまだ高い。
その監視塔からは王都の全容と、さらにその先のオーヴェル要塞までもが見渡せる。北はテルトーの村までの街道が一望できるし、西には、山脈のさらに先、エルシリアの町、そして、エリシア大聖堂のあたりまで見ることができるらしい。
ここルシアスの邸宅からも塔の先端を確認できる。
その監視塔からの報告はこうだ。
つい2日ほど前のことだが、その夜半過ぎ、テルトー村の東の森に奇妙な発光を確認したという。ヘクトル監視塔からテルトー村までの距離は結構あるため、視認できる光源というのはほとんどあり得ない。
夜中ともなれば、基本的には、王都のぼんやりした明かりぐらいしか見えず、オーヴェル要塞までは当然見えないし、ましてやテルトー村などはどこにあるのか確認も難しい状態になる。昼間であればこそ、その村の存在が確認できるのだ。
ところがその日は、はっきりとテルトー村の東の森で発光があったと確認できた。つまるところ、それほど強い発光であったということだ。
テルトー村で何か異常があれば、村長から王城へ報告が入るだろうが、それもない。
そこで、今日あたり俺が戻ってくるだろうからと、ルト(国王フェルト・ウェア・ガルシア2世)から直接の依頼となったというわけだ。
「まったく、少しぐらいのんびりさせてくれって話だよ」
ルシアスはやや面倒そうに愚痴ったが、これがこの男の本心でないことは、私は百も承知している。
「その発光の原因調査のため、明日昼前にはここを発つ」
そして、こう付け加えた。
「今回の件は、大方察しがついている。テルトーにはあいつがいるからな。おそらくは何か関係してるのだろう。お前たちは初めて出会うことになるだろうから、先に言っておくが、信じられないものを見て腰を抜かさないように心積もりをしておいてくれ」
そのあと、レイノルドに、ちゃんと今晩はフランシスに尽くせよ?と軽口をたたいた。
4
その会合の後、私は自身の部屋へ戻るべく王都の町中を歩いていた。
私の部屋は、北門からすぐのところにある、道具屋の2階である。ここの主人は早くに夫を亡くし、今は娘と2人で道具屋を営んでいる。娘は18歳というから、私と同い年ということになる。
年頃の娘がいるというのに、私を2階に住まわせてくれているのには、理由があるのだ。
実は、この女主人、ルシアスと同郷という事らしい。ルシアスとは若かりし頃から付き合いがあるらしく、数か月前に私を連れて王都へ来た際、ここの2階の部屋を私に使わせてやってほしいと
女主人メルデは、なんともおおらかな人柄で、二つ返事で了承してくれた。娘のヘラも、母親に似て気立てのよい感じで、警戒すらせず、むしろ、弟ができたと、自分で部屋を案内するほどに歓迎してくれた。
同い年なので、「弟」というのはやや抵抗があったが、彼女からしてみれば、いわゆる「男」という見方はない、という事なのだろう。その理由は後でわかることなのだが、今は置いておく。
ルシアスの邸宅から部屋までは、一旦北西門から王都内に入り、中心区へ向かう街路を少し歩いたのち、いくつかの商店が立ち並ぶ商店路地へ左折れする。この商店路地は軽く右へ弧を描いて北門から中心区へと向かう街路にぶつかる。メルデ道具店はその交差点のすぐ手前だ。
商店路地へ入るためその角を左折れしたとき「そいつ」は現れた。
時間はもう真夜中になりかけているころだ。こんな時間にこの路地に人がいることはほぼない。昼間はメルデの店のほかにも数件の商店があるため、買い物客が数人はいてもおかしくないところであるが、それも店が閉まるまでの間のことだ。
店が閉まった後、この路地に用のあるものはいなくなる。産業が発展しつつあるとはいえ、王都であっても、酒場も夜が更けきる前には店を閉じる。みな、自分の家や部屋に戻って灯りを落とし寝入るころだ。
私が路地に入るとすぐに、背後から声がした。
「あんちゃん、冒険者だろ? 悪いことは言わないから、有り金全部おいていきな……」
そいつは、低い声で脅しを効かせたつもりだった。
が、声色は言葉とは裏腹に、やや高い音域で響いてくる。
女だな、と私は即座に感じ取った。それも、結構若い。というよりむしろ……。
私は向きなおろうと後ろを振り返ろうとしたが、即座にその声が制止する。
「おっと! こちらを向くのはやめた方がいいぜ。後悔することにな……」
そいつが言い終わるより早く、振り向きざま剣を抜き放ちながら、回れ右をして振り返る。抜き放った剣は正確な軌道を描き、振り返りながら確認したそいつの首筋でぴたりと止まる。
「ひぃ!」
そいつはこちらの無駄のない動きに反応できず硬直して声を上げた。
「残念だったな。相手が悪すぎる」
言いつつ、私は、そいつを見る。
背丈は150センほど、小柄でフード付きのローブ、下は、短い皮の短パン、素足に皮の編み上げ靴……、手には小型のナイフを一応握っていた。
が、悲鳴を上げた瞬間、そのナイフをそいつは恐怖のあまり放してしまった。カラン、と音を立てて今は地面の上だ。
「ったく、追いはぎするつもりで相手に背後から声をかけておいて、相手が振り返るのに対応できず、なおのこと、驚いて武器を落とすって……。おまえ、本気で襲う気あったのか?」
動くなよ? 動いたら首が落ちるぞ、と脅し文句をかけておいて、剣の先でそいつのフードを頭からはがす。
やはり……。
思った通り、子供だ。年のころは12、3歳というところか。栗色の短髪、頬は少し汚れているが、女の子に違いない。
「はぁ。もういい。俺は、もう眠いんだ。お前もとっとと帰って寝ろ。追いはぎなんてもうするんじゃないぞ。そんな腕じゃ、次は俺じゃなくても首が落ちるぞ? お前今回が初めてだろ?」
じゃあな、と言いながら剣を鞘に納めて、踵を返し、部屋へ向かって歩き始めた。
そいつは、しばらく固まっていたようだが、そのうち気配も消えた。
メルデ道具店の表扉は当然鍵がかかっている。私は、裏口から入るために、店の脇の細い路地へ入る。裏口の鍵は預かっているので、それで開錠し、中へ入る。入ると正面に2階へ上がる階段、階段の右手に奥へ続く通路と壁、その壁には店内へ通じる扉がある。
階段へ向かって2階へ上がろうとしたその時、通路奥の扉が勢いよく開け放たれ、一人の女性が姿を現す。
「アル! いつまでほっつき歩いてんのよ! 王都に帰ってきたらまず、報告しなさいよね!」
ヘラだった。
言葉はいささか乱暴な感じがするが、その表情は柔らかい。言い終わるが早いかどうか、その勢いで彼女は駆け寄ってきて、思いっきり抱きついてくる。いつもこれだ。
こうなるから、黙って帰ってきたというのに、この人は、どうしてこんな時間まで起きてるんだろう。
まったく、不思議な人だ。この人には、昔からの想い人がいるというのに、同い年の男に平気で抱きつくとは。
彼女は私のことを本当に弟だと思っているのだろうか。さすがに、それはないとしても、出会った時からそうだったが、私を男とは思っていない節がある。
私の方はと言えば、残念ながら、この人に対していわゆる男女のそういった感情はいだいていない。こちらとしても、その方がいろいろと都合がいいのだ。
だってそうだろう?
もし、そういう感情を持っている男女が同じ家に住んでいたら……、結果は言うまでもない。
だが私には、今はそういうある意味「拘束」は必要ない、というか、邪魔になるだけだ。私にとって今は、ルシアスと行動を共にし、学び、修練し、「奴ら」を排除できる力をつけることこそが第一なのである。
そういう意味では、彼女のこの行動も、気持ちも、気兼ねなく接することができるという意味で、とても助かっている。
「やぁ、ヘラ。まだ起きていたの? さっきまでルシアスたちと一緒だったんだ。次の依頼が決まった。明日の昼前にはまた発つ」
そう返して、彼女を押しやる。
えー!? もう、すぐ出ちゃうの? せっかく、明日あたりルシアスのとこへ焼き菓子でも持っていこうと思っていたのにぃ……。などと、口をとがらせるヘラをかわして、2階へ上がろうとする。
ヘラは、上がりかけの私に向かって、ねぇ、私も明日あなたと一緒にルシアスのとこまで見送りに行くわね、と念を押した。
これには、断る理由も、勇気も持ち合わせていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます