第3章 ルーキー(1)
1
物語は少しさかのぼる――。
聖歴164年4月下旬
爽やかな風が頬を撫でた。風に運ばれてくる草花の香りが豊潤さを増してきている。はるか彼方まで広がる草原には、視線を遮るものはなく、色とりどりの草花がそこかしこで春を謳歌している。
西のほうにうっすらと見える白銀の塔に、太陽の光が反射して、時々その光が目の中に飛び込んでくる。
――王都シルヴェリアの東に広がるヴェルデ草原。
一行、ルシアス、レイノルド、そして、私の3人は西にあるオーヴェル要塞から王都へ戻る途中であった。
「アル! 今夜はお前のおごりだからな! フランシスの店で一杯やるんだからな、逃げるなよ?」
レイノルドが声を張り上げる。
私は、やや煩わしさを込めて、
「何回も言わなくてもわかってるよ。たまに勝ったからって調子に乗りすぎなんだよなー」
と返す。
「へへっ。たまにしかないから、言いたいだけ言わせてもらうさ! ですよね? 親分」
レイノルドは悪びれもせずに受け流す。
「親分はやめろと何回も言ってるだろう。でもまぁ、今日一日は仕方ないさ、アル。こいつがお前に勝つことなんて、ひと月に一回もないことなんだからな」
ルシアスはややほくそ笑みながらレイノルドを擁護する。
「あー、ちくしょう! なんであのタイミングでオーラットが飛び出てくるかなぁ。あれがなけりゃもう2体は行けたのに!」
私は、気持ちのぶつけどころがなく、あの時、脇から飛び出てきたオーラットに怒りを向けた。
あれは不運としか言いようがなかった。
私たち3人は要塞地下墓地の探索依頼を受け、オーヴェル要塞地下墓地で、魔巣を発見した。今回の獲物はスケラト数体で、それを殲滅し魔巣コアの破壊にも成功した。任務は滞りなく達成された。
スケラトというのは、主に人の人骨に取り付いて人や動物を襲うモンスターである。その性質上、墓地や戦場あとなどに出現することがある。こいつの本体はとりついた幽気体型のモンスターなのだが、とりついた骨そのものとの結合が強いため、骨の大きさがそのモンスターの強さと比例する傾向がある。 しかしながら、この結合の強さがこいつらの弱点でもある。その結合の強さゆえに、骨そのものにダメージを与えれば、結果、本体である幽気体型のモンスターにもダメージが入る。つまり、物理攻撃が有効なのだ。
話しを戻す。
私とレイノルドは、依頼のたびに、お互い何体討伐したかを競っている。
いや、それもこちらから言い出したことではないのだが、とにかく、レイノルドは競争心むき出しでなにかにつけて私に勝負を挑んでくる。
今回は、どちらが多くのスケラトを始末するか、の勝負だった。いつもなら、2、3体は多く片付けて遅れを取ることのない私だが、今回は1体差でレイノルドの勝ちとなった。
普段なら私の勝ちで、レイノルドがあぁだこうだと言い訳をしているのだが、今回はその役割が私に回ってきているというわけだ。
「運も勝負のうちだぜ、アル! 何言い訳しても無駄だからな。勝ちは勝ちだ、ははは」
レイノルドが勝ち誇ったように笑う。
ソルスを出てから、すでに7ヶ月以上が過ぎている。
それから現在までの間に起きたことや、出会った人などについては、また話す機会もあるだろう。ここではいったん割愛することとする。
ともあれ、私はあれからルシアスと行動を共にしている。ルシアスは、いわば王室ご用達のお抱え剣士と言ったところで、事あるごとに王城に出向いては、各地で起こっている奇怪な事件の捜査と報告を
王城に行って出会っているのは、なにを隠そう、シルヴェリア王国現国王フェルト・ウェア・ガルシア2世である。
ルシアスとガルシア国王、そして、私の父と母は旧知の中であった。
彼らはかつて、領土確定戦の折、その最前線において、ガルシア国王の側近として、戦功をあげたとのことだった。
ルシアスも多くを語らないため、それ以上の詳細は今もって不明である。
そんな王の側近だった人物が、どうしてあんな田舎町の農夫をしているのか。
そのいきさつについては、ルシアスも口を濁し、まぁまたそのうち話す機会もあるだろう、と答えるのみだった。
ルシアスと行動を共にしつつ、彼に剣術の基礎を教わった。
あの日私が初めて装備した「木の短剣」は、もうすでに武器としての用は足さないまでにぼろぼろになっている。ルシアスとの稽古の中でそれを使用していたのだが、彼の打ち込みをさばいているうちに「
装備自体は、王城からの依頼報酬などを使って今ではそれなりのものを身につけられている。
しかし、あの「木の短剣」には父の思い出が詰まっているため、手放すことはできないまま、王都の自分の部屋に今も大切に保管している。
あの日、父の腕が切り落とされた日、自身の不甲斐なさに落胆していた私だったが、ルシアスと両親は、それにとらわれている時間を与えてはくれなかった。
次の日には、私はルシアスとともに王都へ旅立つことが決まり、そこから今まで、ルシアスのもとで修行しつつ、王都の依頼をルシアスとともにこなしてきた。
レイノルドは、王都近衛兵の一人だったが、3か月ほど前にひょんな出来事があり、それから行動を共にしている。
魔巣に関する事件はまだ多くはなく、奇妙な事件のたいていの場合は人間によるものであったが、それでも、最近少しずつ増えているような気がする。
今回も、地下墓地において失踪事件が起きたことから、王都への急報を受け、ガルシア国王から探索依頼がルシアスに回ってきた。そして案の定、地下墓地にて魔巣を発見、これを破壊したというわけだ。
王都に戻ったら、ルシアスは国王へ報告に向かうだろう。私たちはその間、王都の酒場で食事をとり酒を飲みながら、ルシアスの帰りを待つというのが、毎度の流れであった。
この時、私は18歳。レイノルドは23歳。ルシアスは46歳である。
ルシアスはもういい年ではあるのだが、いまだ現役の傭兵として国王に仕えている。というよりも、どちらかと言うと、国王のほうがルシアスをいろいろな状況を探らせるのに重用しているという方が正しい。
ルシアスがわずかながらではあるが「魔法」を使うことができるのは、もうすでに述べているが、ルシアスが重用されている理由は、むしろそこではない。
ルシアスには「魔素」が見えるのである。
「魔素」があらゆる生命体の中に宿っていることは前の章でも述べているが、彼はその「目」によって、魔巣を発見し、コアを破壊するのに適任であるのだ。
もし仮に、魔巣がらみの事件だった場合、現段階で、王都でこれに対応できるのはルシアスをおいてほかに存在していないからである。
現在王国で「魔巣事案」に対応できるとすれば、ルシアスのほかにもう二人存在する。
一人は、王国参謀イレーナ・ルイセーズ。もう一人は、エリシア大聖堂大司祭アナスタシア・ロスコート。
二人とも、エリシア大聖堂出身であり、エリシア大聖堂出身「魔法士」の3人のうちの2人である。もう一人は現在行方不明で名前は明かされていない。
いずれにしても、
そういうわけで、
ルシアス自身はどう思っているかだが、彼が言うには、
「好き勝手にふらふらしていながらも、王城の依頼とあればその旅費から何まで気にする必要がない。俺はそもそもルト(国王の愛称らしい)の下につくつもりもないしな。対等な立場で、あいつの役に立てて、なお、好き勝手に放浪もできるなんて、これ以上ない贅沢ってものだ」
とのことらしい。
我々一行は、その日の夕刻には王都に帰還した。
2
日が落ちると人々は仕事を終え、それぞれ思い思いの場所へ向かう。
ここ、レッド・ジュース・ダイニングもその一つだ。
店内は、仕事帰りに一杯やるのが目的の労働市民たちでごった返している。
その一角のテーブルに、一際場違いな風貌の男二人が座っている。
一人は足元に中型盾を転がし、テーブルに鉄槌を立てかけて、目の前の若者に調子よさげに息巻いている。
そしてその前に座る若者は、ただ、銀色の鞘に納まった一振りの短剣のみを腰に差したまま、厚手の革製のスーツとズボンを身に着けており、目の前の男に煩わしそうな態度で応対している。
レイノルドと私だ。
まわりの人々は商店街の商人や工房の職人などで、皆、布製の上着やズボン、スカートなどを着ている。いわゆる作業用の服装だ。
作業用の服装なら、軽くて動きやすいほうがいいので、おのずと布製になる。革製の上下なんて着て、仕事などできない。暑いし、重い。
その中にそんな成りの男が二人いるのだから、明らかに「場違い」である。
「おぉ? これはこれは冒険者様方じゃないですかぃ。今日の獲物は鹿ですかそれともネズミ? ハハハ――」
「今度うちの女房の浮気調査でもお願いできませんかね? へへへ」
などと、絡んでくる。
そうなのだ。誰も魔巣や奴らのことを知らないのだ。
普段我々が何と戦っているのか。それは絶対に口外できない。
そのせいで、私たちのような風貌で、定職(つまり労働職)についてないような者は、彼ら労働者たちからは特異に見えるのだ。
彼らから見れば、定職にも就けない浮浪者で、いわゆる汚れ仕事を請け負っている奴らというふうにしかみえないのだ。
「あぁ、そうさ。今日は明け方まで地下墓地の大掃除だったよ。あそこの葬儀はまだ埋葬だから、臭くて臭くて仕方ねぇって感じよ。ほれ、まだ死臭が取れてねぇ。匂ってみるか?」
と、レイノルドが大声で言い返した。
そう聞くと、周りの者たちは私たちから距離をとって違うテーブルに移っていった。
「ハハハ、あいつら逃げていきやがったぜ? これで、静かに飲めるってもんだ。フランシス! おかわりをもらえないか――?」
レイノルドは3杯目のエールジョッキを追加注文する。
「おいおい、ルシアスが戻るまでつぶれないでくれよ? あんたがつぶれると、めんどくさいんだよ」
私はそう軽口をたたきながらも、軽く微笑む。
私はレイノルドのこういうところが好きだ。
周囲の人たちにあからさまな敵意を向けずに、うまく遠ざける。
こういう場合、私などは何も言い返すことができず店を出ることになるだろうが、この男のおかげで、そういう思いはせずに済んでいる。
「レイ! そういう事大きな声で言わないで! お客さんが帰っちゃうでしょ!」
この店の女将のフランシスだ。口ではそういいながらも、彼女の表情は柔らかく微笑んでいる。
「アル、ごめんなさいね。この人がいつも面倒掛けてない?」
そう言って彼女は私に声をかけた。
レイノルドと彼女は実はそういう仲なのである。彼らが恋仲なのはもうずっと前かららしい。彼ら二人は、エリシア大聖堂の北に位置する港町ポート・アルトが出身だ。そこで二人は幼少期を過ごした。その後、レイノルドは王都の衛士に志願した。フランシスは彼とともに上京し、この酒場で働くことになった。それから数年たって、この酒場の前の女将が高齢であることを理由にフランシスに跡を継がせたというわけだ。
「あぁ、それはもう、いつもいつも面倒ばっかり掛けられてるよ。昨日なんか、いざ地下墓地に入るぞって時になって、背中になんか虫が入ったとか言って、急に上着を脱ぎだしたんだよ? で、アル! アル! はやくとってくれぇぇ! ってもう今にも泣きそうな声で……」
私がそこまで言ったとき、レイノルドが叫んだ。
「あー! あー! それは内緒だって、言ったのにぃ!」
さらに続けて、
「だって、お前何が入ったと思う? ゲジヒルだぜ? もうぞわぞわ、ぬるぬる気持ち悪いったらなかったんだよぉ」
ゲジヒルとは、湿地や地下水道などに生息する多足動物で、大きさは人差し指ぐらいの生き物だ。日本でいうところのフナムシに似ている。
「あんた、仕事中でもそんなことになってるのかい? あんたの虫嫌いも筋金入りだからねぇ」
と、フランシスは相変わらずの笑顔である。
そんなことを話しながらフランシスが運んできたエールやら、ランデル肉のソテーやら、コッコ鳥の卵のオムレツなどをつまみながら食事を進めていた時、酒場の玄関が開いて、見慣れた顔が入ってきた。
「親分! こっちだぁ!」
いち早く気付いたレイノルドが声を張り上げる。
「ふぅ。ちょっと面倒な依頼が入った。あとで話す。まずは何か食わせてくれ」
ルシアスはそう言って、
「フランシス! 俺にもエールとソーセージをくれないか?」
そう言い終わると同時に私の隣に腰を下ろした。
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