第5話


 登録にやや時間がかかるということもあり、兵士さんの詰め所と思しき扉とは別の扉から、外壁というか建物というか……門の中へ案内された。門に向かって左手側、つまり飛動船を止めた側の外壁近くにあった入り口から中へ入ると、少し広い空間と、向こう側にも扉がある。また、さらに左手奥にちらっと石階段も見えたが、ひとまずはここでクオンさんを待つように言われた。クオンさんは飛動船を所定の位置に片づけてくるとのことで、あとからやってくるらしい。

 大きな四角い長方形の、飾り気のない木製のテーブルと、同じく簡素な木製の椅子が6脚。左の手前側には間仕切りも置いてあり、右手側には棚もいくつか設置されている。こちらや奥の扉と別に、明り取りだろうか、窓も大きくとられた部屋だった。


「おかけになってお待ちください」


 兵士さんにそう促され、ひとまず近い方に、あたし、久美子、和也の順で三人並んで机にかける。久美子は斜め掛けのショルダーバッグを抱え、和也はボディバッグをそのままに座った。あたしは、お土産でもらった紙袋と自分のカバンをまとめて机の端に置いて座る。ただの木の、クッションも何もない椅子は、長時間座っていたらお尻が痛くなりそうだった。

 そのまま兵士さんは奥の扉の近くに立ち、直立したまま黙ってしまう。

 そういえばさっきの飛動船の椅子は材質何だったのだろう。普通にシートのような、クッションがきいた椅子だったなあ、なんて考えていると。


「待たせたな。始めようか」


 比較的すぐにクオンさんがやってきた。

 あたしたちの向かいに座る前に、案内してくれた兵士さんに目をやり、


「悪い、4人分の飲み物と……軽食か何かつまめるものを頼めるか」


 そういって、チラリ、とこちらを見る。

 すーっごい恥ずかしいからそういう気づかいしなくていいですホント!


「なんかスミマセン……」


 顔が熱いのを自覚しつつ、机に伏したくなる衝動をこらえる。


「いや……まあ少し時間がかかるものだから、そういう場合にはたまにある。気にしなくていい」


 クオンさんが久美子の向かいに腰掛けつつ、至極真面目な顔でそう言った。余計になんだか恥ずかしい気がするんですけど!


「承知しました」


 兵士さんはそのまま奥の扉から出て行ってしまい、部屋にはあたしたちとクオンさんの4人だけが残される。

 クオンさんはこちらに改めて向き直ると、さて、とあたしたち三人をゆっくり見渡して言った。


「荷物を改めさせてもらうのはあとにして……まず、登録の方から行いたいんだがいいか?」


 言いながら、透明ないびつな楕円形の、水晶のようなものを机に三つ置く。大きさは長いほうが3センチほどの小さなもので、厳密には円というよりは不規則な角の丸い多角形型で、机の上で転がるようなことはなさそうだ。続いてさらに、A5サイズほどのつやのある紙と、1本のつけペンと小さな蓋のついた瓶も取り出して、先ほどの水晶の隣に置いた。


「登録書類はこれで記載してくれ。あと、登録料は1人につきユグ大銀貨1枚になる。えーと、手持ちがないんだよな? 払えない場合、買取できるものがあれば買取での差し引きでの支払いを行うか、借金奴隷として規定期間の労働を行うか……まあ中に入るのを諦めるという場合もあるが、大体はどちらかになる」

「どっ……奴隷っ……?」


 淡々とクオンさんが説明してくれた内容に、和也がぎょっとした声を上げた。


「ああ。と言ってもソアルトの奴隷制度は、犯罪奴隷でもない限り、通常は契約奴隷になる。そっちの選択肢を選ぶなら詳細も説明するが……」


 クオンさんが和也を見ながら、さらに淡々と続けるが、もちろんそんな選択肢を選ぶつもりはない。


「いえっ! 可能であれば、買取の方でお願いしたいんですがっ」


 あたしが全力で買い取りの方を希望すると、クオンさんは頷いた。


「そうか。まあそうだな、その方がいいだろう。物はどうする?」

「先ほどアレンさんがー、私のピア……イヤリングをー、評価してくださいましたけどー……例えばこれでも買取に出すことはできるんでしょうかー?」


 久美子がそう言いながら、髪を耳にかけピアスを触って見せる。余談だが、装飾品そのものをピアスと称するのは日本独自の習慣なので、久美子はイヤリングと言い直したのだろう。


「もちろん可能だ。そういったもの以外でも、大抵のものは買取を行えると思う。査定する必要はあるし、金額の大小ももちろんあるが」


 クオンさんがちらり、と机の上に乗せた荷物を見てから続けた。


「ちなみに、買取は一般的な冒険者ギルドや商業ギルドでの相場通りの金額になる。地域ごとの産出量の差や一時的な供給の増減による相場変動は対応していない。もともとの規定価格ってことになるから、レア商品以外の方がいいと思うぞ」

「とは言っても……相場がわからないんだよな……」


 和也がそう言って、腕を組みうなる。


「その、大銀貨1枚? がどのくらいのものと等価なのかっていうか……貨幣価値もよくわからない。買いたたかれてるのかそうじゃないのかの判断はもともとつかないからなぁ」

「貨幣価値が……わからない? ……えーと、申し訳ない。そんなその……田舎から出てきた……のか?」


 クオンさんが明らかに言葉を選んで聞いてくるが、信じられないというような目で和也を見た。

 いや、田舎というか……と、なんて説明したらいいのか逡巡していると。


「……なら、手続きの前に荷物を改めた方がいいか?」


 まだ少し訝しんだ瞳の色を消さぬままで、それでもそう、クオンさんが提案してくる。


「そちらの荷物で、価値が知りたいものがあればざっくりこたえられる範囲でなら答える。それを参考にしてもらって、どうするか決めるといい。

 もともと商売の荷物というわけではなさそうだから、そこまで時間もかからないだろう」

「いいんですか?」

「ああ。…………まあ正直言うと、見た目からしてあまり覚えのないものなんでな。俺も興味がある」


 そう言って、クオンさんは苦笑した。


「一応、治安維持のための荷物検査ではあるが……君たちの言を信じるなら、魔道士や商人ではないということだし……別に街を荒らしたり騒ぎを起こしたりするつもりはないんだろう?」

『それはもちろん!』


 あたしたちが全力で頷くと、クオンさんも一つ頷いて、


「なら、それほど厳しくするつもりもない。それに、登録したら騒ぎを起こせばわかるしな」


 そう言うとクオンさんの前に置いていた水晶3つと紙、ペンと瓶を横によけ――……手を止めて、こちらをうかがい見て、


「……ちなみに、文字は書けるか?」


 そう聞かれて……気づいた。

 そうだ、言葉がそもそも違うんだった! 文字も間違いなく日本語じゃないわ!!

 すっかり失念していたそのことに、あー……と声を上げつつ、和也と久美子を見る。二人も、すっかり忘れていたようで、同じような苦笑いを浮かべつつ肩をすくめてみせる。


「その……あた……いや、私達の言葉……ええと、これ? を付ける前の言葉なんですが」


 言い、借りたサークレットを示して続ける。


「日本語っていうんですけど……その言語であれば書けるんですが……あ、あと英語なら少し……」


 言いながら、趣味方面のアレコレも分かるけどと思い当たるが、まあノーカンだよね、うん。


「ニホンゴ……すまない、聞いたことがないな。となると……名前以外はこっちで……」


 クオンさんが言いかけたところで、奥のドアがノックされ、先ほど出て行った兵士さんが入ってきた。

 片手には大き目のバスケットを持っている所を見ると、先ほどクオンさんが言っていた飲み物等なのだろう。


「失礼します。閣下、軽食をお持ちいたしました」


 ぴしっ、と一度直立し、空いている右手を握り、胸の前に一度構える。

 ここについたとき似たような動作を、ほかの兵士さん達がクオンさんに向かってしていた気がする。おそらくこれは敬礼の一種なのだろう。


「ああ、ありがとう」


 クオンさんが答えると、兵士さんはバスケットを机の上へと置いた。そしてそのまま、扉の横に待機しようとするが。


「いや、下がっていい。何かあれば呼ぶ」


 クオンさんはそれを見ると、そう下がるように兵士さんへ言った。


「し、しかし……その……」


 兵士さんが、ちらり、とこちらへ視線を向けると、お一人では危険かと、と続けた。

 ……まあ、怪しいよね。その気持ちはわからんでもない。


「問題ない。」


 しかしクオンさんはそれを意に介さず、こともなげにそう、兵士さんに告げる。


「室内なら、一人の方が身軽だからな」


 クオンさんがそういうと、兵士さんははっとしたように、失礼しました、と敬礼を返しそのままドアから外へと出て行った。

 ……えーっと。これはつまり……クオンさんはたぶん、一人であたしら制圧できるくらい強いっていう信頼が兵士さんたちにある……と考えて間違いないだろうなあ。

 いやまあね、話の感じから、ただものじゃないだろうなとは思っていたけども。つくづく最初に出会ったのがクオンさん達でラッキー……だったのかな、多分ラッキーだろう。そういうことにしておく。


「さて……」


 クオンさんがバスケットをあけると、中には布が敷かれ、あたしの握りこぶし二つ分ほどの大きさの、布で軽く包まれたものと、つややかな木製の皿とコップ、丸いフォルムのコルク栓の白っぽい瓶。瓶以外は全部4つずつ入っていた。


「まずは食べるか」


 クオンさんが言いつつちらり、とこちらを見る。

 だからほんとそういうところなんですって!

 空気を読まない腹の虫のことなんて気にしないでいいんですから!!


「……すいません……」


 それ以外に何が言えよう。


「いや、俺も小腹がすく時間だしな」


 コルク栓をあけつつ、クオンさんがそう言ってくれるが、もうなんか気を使われてる感がすごい。

 皿にひとつずつ包みを乗せると、それぞれに配ってくれた。どうぞ、と言われ包みをあけてみると綺麗なきつね色のミニバゲッドのサンド。飛び出して見えるのは瑞々しい緑の葉っぱ。スライスされたお肉も見える。

 コップも置かれ、中には薄い茶色の液体が注がれた。香りからすると紅茶か何かのようだ。

 ちらり、と久美子と和也の方を見ると、二人も戸惑いながらこちらを見てきた。どうぞと言われてもすぐに手を出せないというか。あるよね?


「苦手なものがあったらすまないが」


 一口コップに口を付けたのち、クオンさんがミニバゲッドサンドにかじりつく。お上品に、とは考えなくてもよさそうである。


「い、いただきます」


 せっかく気を使っていただいたので、腹をくくった。

 まあね、しかたないよね。見た目からしてとてもおいしそうなんだからしかたない、うん。

 だいたい、出されたものに全く手を付けないなんてそんなこと、さすがのあたしもできないのですよ。

 手に取ってよくよく見てみるが、まあいたって普通のバゲットサンドにみえる。ファンタジーなあれこれが色々と立て続けだったが、食糧事情はそこまで変わらないのかもしれない。少なくても、あたしの目にはレタスとトマトとベーコンと紫玉葱が挟まった一般的なサンドウィッチだ。

 一口、かじる。

 ……うん?

 コップにも一口、口を付ける。

 ……うーん?


「? 苦手なものでも入っていたか?」


 一口ずつ口を付けて……おそらく顔に出してしまったのだろう、クオンさんがそう聞いてくる。


「あ、いえ。大丈夫です、ちょっと思った味と違ったっていうか……」


 急いで笑顔を作り、ちらりと横を見たら、久美子は同じく少し首をかしげていた。和也は特に気にする様子もなく、サンドウィッチにかじりついている。

 なんとなく久美子と笑みを交わし、二口目をかじった。……うん。

 イマイチ、おいしくない。たぶん、日本食に舌が慣れているせいだろうな、と思うことにする。そういえばパン一つとっても唾液量が違うから好みが違うって話をどこかで読んだ気がするし。

 ちょっともそもそするやや硬めのパンと、少し辛みが強いオニオン。ソースの類は特になく、たぶん塩コショウ? での味付け。レタスはシャキシャキで、トマトも瑞々しく硬めだったが、それぞれ知っている味とはちょっと違う気がする。香辛料がよくきいたお肉もちょっと硬めで、全体的にこう、顎が強くなりそうだな、なんてことを考えながらゆっくりいただく。それぞれの素材の味は悪くはないんだけどなあ。

 お茶はアールグレイのような香りだったが、味は麦茶に近い。不思議な感じだ。


「ごちそうさまです」


 先に食べ終わった和也がそういって、お茶を飲みつつ、そういえば、と首を傾げた。


「クオンさんは……えーと、自衛官とか近衛とか、そういうお仕事なんですか?」

「あー……一応騎士団にも協力はしているが……まあ近いといえば近いか……?」


 苦笑交じりにコップを置いて、クオンさんはそうだな……と少し考えるそぶりを見せると、俺は基本的には魔道士だ、と教えてくれた。


「ソアルト国の魔道士団の一員として所属している。縁あって騎士団で仕事をすることもある。

 一応、国の所属なもんでな、こういった手続きの手伝いもするし、治安維持のために駆り出されたりもする」


 まあ雑用係みたいなもんだ、というと、クオンさんがあたしたち三人を一度ゆっくり確認し、こちらからも聞きたいことがある、と続ける。


「仕事柄、いろんな人種と関わることもあるんでな。君たちが人族だとすると、おそらく年齢的にも俺と大差ないか少し若い程度だろう? 冒険者でもなさそうだし、そもそも魔法も通貨も知らない、という。その年までそんなに隔絶されたところに居たのかと考えるには、身なりが整いすぎている。

 ――……君たちは、どこから来たんだ?」


 じっ、と見つめられ、答えに窮した。それを説明するには、今のあたしには、情報が足りな過ぎる。


「どこ、と言われても……馬車で話した通り、日本ってとこからきたんですが……」


 和也が少し考えながら口を開く。


「ちょっと突飛なことを言わせてもらうなら……たぶん、世界が違うんじゃないか、と俺は考えてます」

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