第4話


『――…・……―・・-!!』


 塀の近くまで来ると、塀の一部に門がつけられており、その門の左右には塔のような建物が塀と一体でくっついているということが分かった。今進んでいる道はその門にまっすぐつながっており、そのまま塀の中へ入るルートらしい。一応門の手前が少し広い広場のようにもなっており、そこから左右に塀に沿っても道が続いている。

 広場らしきところの片側、こちらから向かうと右側には、塔の一部として突き出した形で、詰所のような作りも見える。木製のドアやカウンターテーブル的なものもある。おそらく、関所のようなことを行えるようになっているのだろう。

 門の間近には、数人の……兵士さん? 兵隊さん? が待ち構えていた。

 クオンさんがその兵士さんの近く、道の脇あたりにゆっくりと飛動船を停止させると、彼らは直立し、あたしたちにはわからない言葉で……おそらく、挨拶をしているのが見える。目はまっすぐクオンさんを見ており、友好的な感じである。

 …………明らかにこの対応って、一般じゃない、よなあ…………。

 そんなことを考えながら、アレンさん達に促され、おっかなびっくり飛動船を降りる。彼らもここで降りるようだ。

 兵士さん達の向こう側、門の方を見れば、大きな馬車がちょうどこちら側に出てきたところで、止まったあたしたちの横をゆっくりと通過していく。

 そのさらに向こう側、門に向かって右手側の外壁近くでは、5人ほどの大きな荷物を背負った人々と兵士さんが、机を挟んで何やらやり取りをしている。おそらく彼らが入る手続き的な何かをしているのだろう。

 ただ、基準はよくわからないがそこを経由せずに何かを見せるそぶりをしたり、そのままで普通に中に入っていく人々も見受けられる。何か条件があるのだろう。

 出入りの人数もぎゅうぎゅうになるほど、というレベルでは多くはなさそうだが、このタイミングがそうなのかもともとなのかはわからない。門そのものはかなりの大きさだった。門の入り口と出口までにも結構な距離がある。そもそもこの外壁自体が大分分厚い……というか、城のような作りだ。


「―…――・…-……!」


 兵士さん達の中から一人が一歩こちらに進み出、最後に降りたクオンさんへ何か言葉をかけ。そしてちらり、とこちらへ視線を投げ、クオンさんへ視線を戻す。

 そのまま、あたしたちにわからない言葉で何かを言っているのだが……ああもう、言葉がわからないというのは本当に不便だ。これは覚える必要があるかもしれない。


「ゆいちゃん……どうしよう、何言ってるか本当にわからない感じ…………」


 久美子が苦笑して、それでもさっきよりはかなり落ち着いた様子で、こちらを見た。和也は周囲を確認したのち、うん、知らないところだな! と一人謎の納得をしている。


「まいったなぁ……あたしもこの言葉はわからない。今んとこ話が通じるアレンさん達に、もう少し何とか頼らせていただけると助かるんだけど……どう思う?」

「うん、私もそう思う。ちょっと申し訳ないけれど……私たちの常識とはすこーし、違う場所って感じよねぇー」

「金の問題もあるしな……今見てたら、あそこの机でコイン? みたいなのを払って中に入ってる集団もいたから、もしかして入国料とかかかるんかな…………」


 和也がそう、先ほどの集団……中に入っていった……を見てそう言った。


「マジかー……まいったな、換金先にできるかな? すぐ帰れる感じじゃなさそうだし……スマホも電波着てないから連絡もできないしなあ。電話とか……ある感じに見えないんだよね……」


 うーん、と思案していたところに、兵士とやり取りをしていたクオンさんがこちらを振り返り……


「アレン、エミも。あと……」


 そこで止まる。こちらをじっと見つめたまま。

 ……ああ、そういう。


「たぶん、あたしらも呼ばれてる。」


 久美子と和也にもそう言って、クオンさんの方へ近寄った。

 おそらく名前を忘れたのだろう。そんなにひたすら見つめないでほしい、頼むから。


「とりあえず、だ。話が通じないから、これを貸す。まだあまり数がないから、俺のと二人のを受け取ってつけてくれ」


 クオンさんはそういうと、自分の額から先ほどのサークレットを外し、あたしに手渡してきた。


「えっ? つけるの? どうやって!?」

「…――…-…・-…」


 反射的に受け取ったが、意味が分からずクオンさんとサークレットを見比べながらそう言ってしまう。が、返ってきた言葉はやはり、わからないものだった。

 同じようにエミリアさんとアレンさんから、それぞれ久美子と和也もサークレットを受け取っている。そして、同じように戸惑いを見せて、あたしたち三人は顔を見合わせた。


「つける……って、どうやって? これどうやってつけるんだ?」

「わかんないけどー……でもさっきの見てた感じと形状から……おでこにこの前のやつが来る感じで頭にかぶせる……のかなー?」

「ってことは……くみ、ちょっと見てもらっていい? えーとこういう感じで……これで前かな? ……うぉっ!?」

「ゆいちゃん大丈夫!? どうかした!?」


 久美子に確認してもらいつつ、受け取ったサークレットを頭に乗せ、前に当たる装飾部分と額の位置を確認して……少し緩いかな? と思ったら突然、張り付くように大きさがジャストフィットになったのだ!

 なんだこれ!? 伸縮自在なわけ!?


「だ、大丈夫……くみ達もとりあえず言う通り……」

「う、うん……」


 ひとまず害はなさそうなので、久美子たちにも促すと、同じように頭にのせて……


「うおお!?」

「ひあっ!?」


 同じような反応を見せた。

 なるよね。驚くよね。これ孫悟空の輪みたいに頭しまったりしないよね……?


「できたみたいだな?」


 あたしたちの様子を見ていたクオンさんが、そう声をかけてくる。言葉は再び理解できるようになっていた。


「はい……たぶん、大丈夫です」


 髪を直しつつ答え、クオンさんとその向こうの兵士さん達へと向き直る。


「問題なさそうだな。貸しておくから、手続きをそれで……あーいや、少し待っててくれ。先に……」


 クオンさんが言いかけ、思い直したようにアレンさんとエミリアさんを見て、


「私達がご案内いたします」


 引き継ぐように、後ろの兵士から二人ほど進み出てくる。

 クオンさんが一つ頷いて、荷物はあとから俺が届ける、と続けた。


「入ったところに馬車待たせてるらしいから、二人はそれで先に戻ってくれ。俺は明日の……そうだな、昼過ぎにそっちに行くから、荷物はその時になるが構わないよな?」


 アレンさんとエミリアさんにそう告げてから、兵士さんにも少し話しかけている。

 その間に、アレンさんとエミリアさんがこちらに話しかけてきた。


「それじゃあ、私達はこれで。縁があったらまた会えるかな?」


 エミリアさんがそう笑いかけてくれる。


「クオンに任せておけば問題ないと思うから、困ったことがあったら言うといいぞー」


 アレンさんがそういって、クオンさんを示す。


「一応あれで、この国じゃあ結構顔もきくから、さっきの資金の話も多少融通してもらえると思うぜ」


 にやり、としか言い表せないような笑いを浮かべる。

 まぁ、なんとなくそうだろうなとは思ったよ。この兵士さん達の対応といい、お迎えが出ていることといい……詮索したら怪しまれそうだから何も言わないけど、おそらくこの二人もそれなりの重要人物なのではないだろうか。


「色々と、ありがとうございました。ここまでご一緒させていただいて助かりました」


 頭を下げてこちらも挨拶を返す。久美子や和也も同様に頭を下げつつ、お礼を述べている。

 顔を上げると、アレンさんとエミリアさんはちょっとびっくりしたような顔をしていたが、すぐに笑顔になり、それじゃあ、とこの場を離れていった。もしかしたら、お辞儀の習慣がなかったかもしれないな、なんてことに気づいたのは、二人が去った後だった。

 ともかく、さすがにそろそろ情報過多すぎて整理する時間が欲しいし、久美子や和也と相談する時間も欲しい。が、この門を越えねば落ち着ける状況にはならなそうな気もする。

 時間的にはまだ……目覚めてスマホを見た時の時間がそのままの時間だとしたなら、あれから1~2時間程度といったところだろう。おそらく15時~16時あたり、といったところか。

 ああ……お昼食べようって集まったところだった気がするんだよなあ……おなかすいたなぁ……なんて考えつつ、アレンさんとエミリアさんがくぐっていった門を見上げ、改めて周りを確認する。

 高い壁で囲われた街だ。壁の高さは……4,、5階建ての建物ほどだろうか。そこの一部がぶった切られ門の機能がつけられた作りになっており、門の向こう側、出口を出たところからすぐに木造の橋が架かっていた。こちら側と外壁は地続きだが、向こう側は大きな堀のようなものがあるらしい。橋の先まではここからでは確認できないが、この門自体もその奥の橋も、横幅もそれなりにあり、先ほど通過したような大きな馬車でも問題なく通れるところを見ると、かなりしっかりしたつくりをしているとみえる。

 橋が木造であることを踏まえ、また門に扉がないことを考えると、奥の橋は跳ね橋か何かの可能性もあるが、ここからでは確認することはできない。

 塀に囲われた街、ということは、中に受け入れられる人数に制限があるということだろう。土地が有限である、ということだ。おそらく出入りの確認をしているのは、そのあたりの把握も含め、簡単な関所の役割があるということか。いやもっと簡単に入国ゲート的なものだと考えてもいいかもしれない。


「とりあえず街に入るが……君ら、本当に身分を確かにするものは何も持っていないんだよな? 紹介状とかもないか?」


 クオンさんが確認をしてくる。後ろに兵士さんがまだ数人控えたままで、正直そっちも気になるが…………


「たぶんない……と思うんですが……」


 現代日本での身分証ならそらあるんだけども。


「ちなみに……えーと、クオンさん? でしたっけ。その身分証っての、具体的にどんなものが?」


 和也がクオンさんにそれを問いかけると、後ろの兵士さん達が少し険しい顔をした。


「そうだな……各町の著名人や長からの紹介状を除けば……各ギルド証や、組合や連合、協会なんかの所属証とか……まあ一応そういったものがなくても手続きはできるが」


 それに気づいているのか気づいていないのかはわからないが、クオンさんが具体的な身分証をつらつらとあげる。もちろん一つとして心当たりはないんだけれども。


「閣下、手続きのみで済むのでしたら、私共が代わりに承りますが」

「……閣下はよせ。」


 後ろの兵士さんの一人がそうクオンさんに言うが、クオンさんは一瞬嫌そうな顔をして、そう答えると、いいんだ、と続ける。


「治安維持も一応仕事だしな……手続き用の登録クリスタルを三つ出しといてくれ」

「かしこまりました」


 兵士さんに指示を出し、それを受けて一人の兵士さんが先ほど数人が手続きをしていた机の裏、門の外壁側そばの扉から、壁の中へと入っていく。


「で、君らはそうすると、ここで登録を行う必要があるんだが……登録料がかかる。それと、荷物をざっと検める必要があるがいいか?」


 クオンさんが再びこっちに確認してくる。


「それはまぁ、問題ない……よね?」

「ああ、特には。俺なんかは見せる荷物も大した量ないし」

「たぶんー、ゆいちゃんのいつものカバンがー、ちょっと大変なくらいー?」


 ……まあ確かに、あたしの持ち歩いているかばんはよく、何でそんなにいろいろ入ってるんだとか、見た目よりかなり重いとか言われますけども。でも普通のA4サイズ入る程度のカバンですし?


「荷物確認は多少時間かかっても平気……ですかね?」

「ああ、それは問題ない」

「じゃ、荷物の方は机で見せたらいいですかね? あと……その登録料っていうやつなんですけど……」


 手荷物を抱えてから、少し言いよどむ。


「ああ、そういえば換金か買取って言ってたな……」


 ふむ、とクオンさんが顎に手を当て考えるそぶりを見せたところで。


 ぐぅぅぅぅぅ……


 ……盛大な音が鳴り響く。


「……えーっと。」


 クオンさんが困惑の表情を浮かべ。


「お昼……食べ損ねちゃったもんねえ……?」


 久美子が苦笑しつつそう言って。


「気持ちはわかるが……女としてそれはどうなんだよ……?」


 和也がちょっとあきれた顔をして。


「仕方ないでしょコントロールできるもんでもないんだからああああ!」


 あたしは盛大に鳴り響いた自分のおなかを抑えて、和也を振り向きざまにどついたのだった。

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