第3話

「……じゃあ、本当に何も知らないんだ?」


 そう聞いてきたのは、先ほど後ろに座っていた女性の方だ。

 あたしたちは、なんとか件の空飛ぶ箱に乗り込ませていただくと、箱の両サイドに向かい合って腰かけ(椅子が設置されていた)、どう説明したものかと悩みつつも、聞かれたままに事情を説明していた。

 ちなみに今は、その彼女にもその隣に座る彼の額にも、先ほど相対していた彼と同じサークレットがついている。やはりそれは言葉を通訳するものらしい。どんな原理なんだ、分解したい。

 改めて紹介されたのは、まず、運転をしているらしい、先ほど最初に話していた彼がクオンさんというらしい。三人とも、いかにも外国人です! といった風貌の為年齢などはよくわからないが、まああたしたちとそこまで年齢は違わないだろう。ロングとまではいかないが、あたしたち社会人の常識で考える男性にしては少し長めの金髪……ほかの二人よりは落ち着いた色をしている……に、深い青い瞳は少し冷たい印象を受ける。今はこちらに背を向け、座ったままであるため、身長や体格等は正確にはわからないが……まぁそれなりに背は高そう? 体格は普通……よりはしっかりしているか? いややや細いか? いわゆる細マッチョっていうあれですかね? 足は長そうだ。たぶん、なんとなくだけど。イメージ補正はしらない。

 次に、今話しかけてきてくれている女性がエミリアさん。ふんわりしたウェーブの長めの金髪にやや薄い青い瞳で、クオンさんとどことなく顔立ちが似ている気がする。血縁なのかもしれない。いやまぁ、正直いうと日本人以外の人の顔の見分けなんてそこまでよくわからないのだが。この箱……飛動船(ひどうせん)というらしいがどう見ても箱。そしてよく考えると結構ダサいと思う……への乗り方がわからないでいた時に手伝ってくれた紅一点。優しい。そして可愛い。やや小柄で華奢な感じもするのが余計可愛い。助けられたことで刷り込みはばっちりだ!

 最後が、そのエミリアさんの隣に座る青年でアレンさん。三人の中で一番色が薄い、だけども確かに金色とわかる髪のショートヘアで、新緑色の瞳をした人だ。クオンさんより表情が豊かそうな、明るい印象を受ける。いや単純にあたしたちを面白いものでも見るような認識で見ているのかもしれないが。体格的にもクオンさんよりはがっしりして……っていうか多分あたしたちの誰よりも筋肉がついてる様な感じがする。マッチョではないが。あ、そうか、これこそが本当の細マッチョか!

 三人とも、動きやすそうでありつつも質のよさそうなつくりの服……中世のなんちゃらとか小説や漫画に出てきそうな服だ……に華美でない程度の少しの宝飾、というところを見ると、これが街の流行ということでなければ比較的裕福なご家庭なのかもしれない。

 いやまあ、この辺の物価事情が分からないから憶測でしかないけども。

 付け足すのであれば、三人が三人ともとても美形である、というくらいか。何なのホント、日本人から見たらとかそういうの差し引いても美形とかマジこれがこのあたりの標準とか言われるとメンタルぼっこぼこになりそうなんですけど?


「今時、魔力もクリスタル操作も知らないって相当だよなあ。これだけだったらわからなくもないけど」


 これ、と今乗っている箱を示しつつ、アレンさんが面白そうに言う。

 無論知るはずがない。魔力や魔法なんてオトギバナシか小説か、漫画やゲームの類の中での話でしかなかったし、そもそもここはどこですかの質問で帰ってきた答えは記憶にある地名と一致することはなかった。そろそろいい加減、どっきりか何かではないとしたら、とあり得ない想像も頭の片隅をよぎろうというものである。

 この箱、飛動船とやらの操縦にも、先ほどの乗り降りにも、目に見えるようなハンドルや梯子といったものがなく、乗り込み時に難儀していたら、横に設置されている色のついた石……あたしたちの感覚で言うのであればパワーストーンや宝石のようなもの……にエミリアさんが触れ、次いで半透明な光る梯子状のものが出てきたときには声を出して驚いてしまった。運転も大きな水晶のようなものに触れて行うらしいが、運転席の中部分はこちらからは見えない構造になっており、具体的にどうやっているのかはわからない。

 それでも少なくともこの石、クリスタルと呼ばれるものをあたしたちが知らない、ということを彼らに伝えるには十分だったようだ。


「まぁ飛動船はちょっと珍しいから仕方ないかな? あんまり見かけることもないしねぇ」


 エミリアさんがアレンさんに同意しながら、高いもん、と付け足した。

 そうか、高いのか。そもそもこの辺のお金なんて持ってないし物の価値もわからないけれど!


「それじゃあ、三人はどうしてここに?」


 アレンさんがそう問いかけてきて、なんとかかんとか答えていたあたしたちは言葉に詰まった。

 それはたぶん、あたしたち三人が最も知りたいことだ。

 もう本当に何をどう理解していいのかがわからないほど現状はあたしたちには突飛な事態だった。情報を整理しようにも、まず常識がかみ合わない。近隣の街の名前や地名、先ほどのクリスタルとやらや言葉、魔物やエルフや亜人といったゲームに出てきそうな単語、そしてその、翻訳機もびっくりなサークレット。出てくる情報が過多すぎてホント勘弁していただきたい。

 あたしはちょっと趣味に傾倒してはいるが、概ねは大好きなことに没頭しつつ平凡な生活を送りたいと常日頃から思っているんだけどな!?


「ええと……なんでかは…………わからない、んです。気づいたらさっきのところで倒れてて」

「え? 何それ、冗談?」


 冗談だったらどんなにいいか。


「いや冗談とかではなく……うーん、どう言えばいいかな……

 ――……目が覚めたら、青空の下でした?」

「なんだよそれー!」


 いたって真面目に答えたのだが。

 アレンさんが盛大に笑い始めてしまう。いやまあ、わかるよ。あたしももし見ず知らずの人間がいきなりそんなこと言い出したら、頭おかしいか冗談かって思うだろうよ。


「はーおもしれ。まあいいや、んじゃさ、このままいくとソアルトの城下町に入る……入れるよな? 多分入るんだけど、君らはそこで何したいんだ? 観光? 商売? 魔法の勉強?」


 どうしたい、と言われても…………


「できたらー、元のところに帰る道とかー……方法を知りたいですよねえ」


 久美子がそういうと、和也がうんうん頷きながら、そうだよなぁと続ける。


「明日はみんな普通に仕事だしなぁ……一日で帰れる距離だといいんだが…………日本大使館とかあるんかな?」

「ニホンタ……? なんだそれ?」


 アレンさんがそういうところを見ると、おそらくないのだろう。ということはつまり…………


「すぐに帰れる距離ではなさそう、かなぁ…………」


 ぽつり、と呟いて自分のその声で改めて現実に直面し、頭を抱えそうになった。


「まあ、そう急がないでも観光の一つもしていけよ。ソアルトは結構、いい街だぜ」


 アレンさんがにこやかに言う。……言うが。


「観光するにしても……先立つものが必要じゃないですか…………現状本当にこの国のこと全然知らないので、通貨とかも正直わかってなくて……円、使えますかね? ドル?」

「ん? 先立つもの……あー金か。通貨? 普通にユグ貨幣が出回ってるけど……一応ソアルトだったらリルも使えたよな?」

「そうね。ユグとリルが多いかな? まあユグの方がどこのお店でも使えるかも?」


 あかん。そんな通貨はしらん。


「か……換金とかできるところ……ありますかね……?」


 問題は円を換金してもらえるかどうかだ。……ATMとか、ないよなあ……なさそうだよなあ……


「換金……一応あるっちゃあるが……時間的にどうかな、手続きもあるし…………買取に出せるものがあるなら売った方が早い可能性も…………」


 ふむ、とアレンさんが顎に手を当てたところで。


「というか……君ら、本当に魔道士や魔技師や……魔具商人じゃないのか?」


 ずっと運転だけしていて会話に参加してこなかったクオンさんが、ここで口を開いた。

 とはいえ運転しながらだから顔は見えないんだけども。


「? そもそもその……魔道士? どころかその定義すらわからないですよ。魔法、知らないですし」

「――そうか……」


 やや納得がいってない声色で、それでも短くそう、クオンさんは言う。


「何でそう思うんだ?」


 アレンさんが至極まっとうな疑問を口にすると、クオンさんが、んー……と言葉を選ぶ。


「着ているものや所持品が特殊……というのもあるが……

 つけてる装飾品が、一般人じゃないだろ。どう見ても」


 ちら、と一瞬だけ見られた気がした。


「装飾……あー、そういう」


 アレンさんはあたしたち三人をそれぞれ見て、納得したように一つ頷く。

 そんな変なものをつけているつもりは……


「何かー変ですかぁー?」


 久美子が小首をかしげる。

 あたしたちの着ている服や恰好なんかも、普通にジャケットだのジーンズだのワンピースだのといったもので、現代日本であれば珍しい恰好ではない。ただ、確かにアレンさん達三人と比べると……大分カジュアル、という感じはする。


「変、というか……まあ服装はともかく…………例えばその、君のつけてる耳のそれなんかは、相当細工が細かいし、使ってる石が結構上等なクリスタル原石だろ? だからかな」


 アレンさんが久美子に向かってそういい、貴族でも夜会とかじゃないならそんなのつけないと思うぜ、と笑う。


「ええー……? これ、ですかぁ?」


 久美子がピアスを触って、小首をかしげる。そのピアスは、ローズクォーツを使ったネコのモチーフの、可愛らしいが一般的な、それなりの値段で手に入るピアスだ。

 ただ。

 アレンさんはそれを、クリスタル原石、といった。

 クリスタル、とは先ほどこの箱……じゃない、飛動船に乗り込むときに使った謎のスイッチ的なあれのことだろう。

 ということはつまり、先ほどあたしが考えた、あたしたちの感覚で言うパワーストーン、というのはあながち間違いではない可能性がある。確認しておくのもいいかもしれない。


「それって……例えばこれとかこれも、そういう扱いになります?」


 そういってアレンさんに、自分のつけているペンダントとブレスレットを示す。ペンダントの方は大き目のラピスラズリとムーンストーンのシンプルなもの、ブレスレットは石だけ購入して組み合わせた自作のもので、パワーストーンを複数種類使ったものだ。余談だが、好きなゲームのキャラモチーフのハンドメイド品だったりする。


「ん? ああ、そうなるな。ってかそのペンダントの原石とか、そのままでも媒体や触媒として使えそうなかんじだし、相当いいもんじゃね?」


 こちらを見て、アレンさんが少し目を見張る。


「もし差支えないようなら、その辺ギルドで買い取りに出したらそこそこの金額になる気ぃするけど」


 やはりか。

 現状、現代日本で、この程度のものがそれほど高価な扱いになることはない。

 さすがに相場が違いすぎてどれほどになるかはわからないが、こう言ってくれるということはまぁ、一日二日の活動資金くらいにはなる……といいなぁ。

 嫌な予感ばかりが強くなる。

 ほんと、さっさと帰れたらいいんだけども。つーかマジ夢オチとかなってくんないかなあ。

 大分近くなった、大きな門をチラ見して、あたしは小さくため息をついたのだった。

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