第2話
「…………箱?」
和也が、いたってシンプルにそう告げた。
ぱっと見た目は確かに、長方形の不格好な木箱に近い。
近いが……明らかに木箱とは異なるものであることは間違いない。
なぜならそれは人を乗せて、腰の高さあたりの宙をふよんふよんと浮遊しながら、まっすぐこちらへ向かってきたのだから。
「箱……は空飛ばないっしょ……たぶん…………」
「いやー車が空飛ぶ時代だから……もしかしたら箱だって…………」
「まだ実用市販化されてないからそれ!」
「ですよねー」
「ちょっとーふたりともー? そんなこと言ってる場合じゃー……」
久美子が少し困ったように声を上げたころには、その箱は、もう間近まで迫っていた。
ていうか空気抵抗どうなってんのこれ。普通に考えて出てる顔とかも風でえらいことにならない?
つい後ずさり、道を開ける。すっごく速い、というほどではないが、ひかれたら怪我の一つは免れないだろう。
……しかし。
「えっ……」
せっかく開けた道を箱が通ることはなく……速度を落とし、ちょうど目の前で止まったのだった。
よく見ると、箱の周りは金属で加工を施され、未知のペイントがされている。まるでそう、ファンタジー漫画でよく見る何かの文様のようなものが描かれ、箱の中には椅子でも設置されているのだろう、上半身だけが見える状態だ。船のようだとも思ったが、抵抗云々を考えられて付けられる角度なんかはそれほど大きくついているように見えなかった。
一般的なワゴン車の外壁を、窓あたりからスパっと上を切り取って、車輪を取りはらい下だけ活用したらこんな感じになるかもしれない。空は飛ばないけど。
「…――…-…? ・-…――……-・-?」
「えっ……えっ!?」
「おおお、おいゆいっ、なんか言われてるぞなんかっ!」
「ゆ、ゆっ、ゆいちゃんっ! なんていってるのこの人っ!?」
箱の中の先頭の人物……金髪の、きりっとした印象の青年が何か話しかけてくるが、頭の中に言語として入ってこない。つまりなんて言ってるかわからない!
そしてなぜかあたしを盾に、左右に久美子と和也が後ろから人のことを押し出そうとしてくるのである!
「ちょちょちょっとお! やめて押さないで! あたしだってなんていってるかわかんなっ…………」
「――? …・…-……――」
三人でわたわたしている間にも、青年は何か話しかけてきて……一瞬黙ったのち、後ろに座る二人に話しかけている。
無論、会話の内容は1ミリたりともわからない。でもたぶんろくな事言われていない気がする。
「えーとえーと、えええ、英語は? English? Do you speak Japanese? 日本語しゃべれる?」
「ああああ、あいどんとすぴーくいんぐりっしゅ!?」
「それー発音ー、めっちゃひらがなじゃないー!?」
「んなこといわれてもっ!! 俺英語しゃべれねえしっ!!」
「じゃあーどーして英語で話しかけようと思ったのよおー!」
「あああっ、両サイドでおっきい声出さないでー!」
などとやっているうちに。
「あー、わかるか? 理解できるか?」
青年が、今度はわかる言葉で話しかけてきた。
……にっ…………
『日本語っ……だとっ……!?』
三人思わずハモってしまう。
嘘やん、こんな外国人然として、今の今まで聞いたこともない言語しゃべってた口からえっらい流暢な日本語が…………
「日本語? すまないがよくわからない、えーと……君たちは……ハーフエルフか? 聞いたことのない言語だが……身なりも……その、少し珍しいようだし」
言葉を選びながらしゃべっているんだろうな、という様子で語りかけてくる青年の、その口と発言に違和感があった。
いや、発言の内容そのものは違和感があるわけでは――……エルフ?
まってあたしどこからつっこんだらいいんだ?
「大丈夫か? 理解できてるか?」
後ろの二人も同様に黙っているが、果たして同じことに気づいたのかどうか。
ひとまず、確かなことは。
彼のしゃべっている言葉と、口の動きがあっていない、ということだった。
そう、まるでそれは映画の吹き替えのように。
「り……りかい、は……できてます。ハイ」
何とか、それだけ答える。
「そうか、ちゃんと機能してるみたいだな」
少しほっとしたように、よかった、と続け、青年は改めて問いかけてくる。
「で、君たちは人間か? 亜人ではなさそうだが……ハーフエルフか何かだったりするか? これがないと言葉通じないよな?」
とん、と自身の額にある……最初はしていなかったと思う……紫の大きな石が一つに、左右に水色の石が付いたサークレットを軽く指し示しながらそういうと、じっと見つめられた。
これ、というのがおそらくそのサークレットのことだろう。どういう作用か不明だが、翻訳装置的なもの……と判断してもいいのだろうか。そんな機械も何も見たこともないのでわからないが。
「えーと……なんて言ったらいいか…………」
そう言って、言葉に詰まる。左右を見るが、二人して首をふるふるふるし、そもそも声にならない様子で口をぱくぱくさせていて……金魚かよお前ら。
「その……と、とりあえず……ここがどこだかもわかってない……の、デスガ…………」
もにょもにょ、と口ごもりつつも何とか答える。
「エルフ……? とかもわからないですが、あたしたちはいたって普通の、一般人……デス?」
ここが外国だとしたらパスポートなどは持っていないし、不法入国にはなるんだけど、なんて考えながらも、そこは黙っておくことにする。
「人間か…………」
青年はそういうと、ちら、と後ろの席の二人を見て……少しだけ、見落としそうなほど一瞬だけ、小さく眉間にしわを寄せた。後ろの二人がそれを見て、何か言っているようだが、その会話の内容は先ほどの正体不明の言語のままで、何を言っているかはわからない。
それを考えると、言葉が通じる人がいる、というのは僥倖で、今のうちに情報を収集するべきなのかもしれない。この状況から考えると、この通じない言語がこのあたり共通の、主要となる言語の可能性が高い。
「とりあえず、ここだと……賊はともかく、下手をするとはぐれた魔物の襲撃くらいはあるかもしれん。
変わった身なりだが……身元が分かるものや通行証はあるか? あればすんなり中へ入れるとは思うが……」
青年は言いながら道の先の人工物の方へ視線をやる。
「まもの……?」
また新たに、どうにも聞き捨てならない単語が入ってくる。
「み……身分証って……免許証とかでいいんかな。俺今日社員証は持ってきてねえぞ」
「わ、私も保険証とかー、あとは免許証くらいしか……もしかしてーパスポートとか必要だったりするのかなー……」
和也と久美子は華麗にその単語をスルーしたらしい。……いや、あるいは聞こえなかっただけかもしれないけど。
かくいうあたしも、免許証と保険証くらいなら財布の中に入っているが……パスポートや正規の手続き書類系とか言われたら、普通は持ち歩いてはいないだろう。
「身分証……とは、どのようなものがこちらでは対応してますか……? あた……いや、私たちの手持ちのもので大丈夫かどうかはちょっと確認してみないと……」
相手の様子を伺いつつ答える。ここで、じゃあ大丈夫だなサヨナラとか言われたら次に言葉が通じる人が見つかるかどうかがわからない。
さてどうしたものだろう。
「……と、いうことは……たぶん、持ってないよな……ふむ…………」
口元に手を当てて考えるそぶりを見せつつ、あたしたち三人の、頭から足元まで無遠慮にじろじろ眺められる。
「どうするかな……放っておいて騒ぎになっても…………」
言いかけたところで、後ろの一人……男性と女性がいるようだが、男性の方……が、こちらに相対していた青年に何か声をかけ…………何度かのやり取りを経て(途中前の青年が慌てたり頭を抱えたりしていたが)こちらに向かってもう一度、口を開く。
「もし……良ければ、街まで一緒に向かうか……? 乗っていくといい…………」
あまり本意ではなさそうな声で、そういわれたのだった。
その後、どうやって乗るんだ、と三人でまた苦戦したことだけ記しておく。
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