出会い2

いくら大都会東京といえど、商業ビルの並ぶ通りを抜けて住宅街に入ってしまえば深夜でもかなり暗くなる。

私は掃き出し窓の向こうに丸い月がポッカリと浮かんでいるのを眺めながら、ふと床で眠りこけるバスローブ姿の青年に目をやった。

私が衣服を洗濯してしまったせいで外に出られなくなったこの青年は、私の勧めにより我が家に泊まることになった。フリーサイズのバスローブを貸してレンチンした参鶏湯スープ(ほぐしサラダチキン入り)とストロングチューハイを出すと、彼は「絶対にお礼させて下さい」と言いつつ食事を平らげ、そのまま酒の勢いで眠ってしまい今に至るというわけだ。


「こんな所で寝たら身体痛くなりますよ」


私は青年を起こそうと身体を揺すりつつ、バスローブの襟から見える立派な胸筋に目を奪われた。

バスローブを貸す前、私は青年の裸体を目の当たりにした。首から右胸、右腕にかけての広範囲と左の脇腹が赤黒い痣で染まった身体は筋肉で盛り上がっていて、彼が日雇いか何かでハードな肉体労働に従事し生計を立てていることを想像させた。

悪くない道だとは思うけど歳を取れば続けるのは厳しくなるだろうし、仮に悪い手配師にでも当たってタコ部屋で一生を過ごすことになったらあんまりだ。ウチに住んで定職を探してもらおうか。

そう考えながら青年を揺すり続けていると、青年が薄く目を開き、チラリと私を見るとニンマリと幸せそうな笑みを浮かべてまた眠りについてしまった。

なんて可愛いんだろう。年頃の男子らしい柔らかな表情を目にした私は心の底から溢れ出る母性に打ち震え、せめて彼が風を引かないようにと防災用のアルミブランケットを彼の上に被せた。ついでに私も同じアルミブランケットの下にくるまって眠った。






翌朝、目を覚ますと青年の姿が消えていた。荷物はあったので出ていったわけではないのだろうと思い、私は風呂掃除を始めようとした。ピッカピカに磨いてあった。

なんて義理堅い人なんだろう。また打ち震えながら衣服を洗濯機に突っ込み、回している間に朝食として全粒粉パンで作ったベーコンレタスサンドを食べた。今日は午後から撮影の仕事なので心に余裕があるのだ。

サンドイッチを食べ終わった頃、玄関の扉が開き(よく考えたら鍵を持っていかれていたのか)青年が入ってきた。薄汚れたままのリュックを背負った彼を見ながら私は「リュック洗うのを失念してた」と思ったが、対して青年は私を見るなり顔を青くしてその場に跪いた。


「すみません、本当にすみません」


床に頭をこすりつけて土下座をする青年。何が起きたか理解できない私はしばらく青年のつむじを眺めていたが、ようやく合点がいって思わず「ヤッたんか!」と叫んだ。


「寝てる間にヤッてもうたんか!」


「いやわかんないです!わかんないけどベッドがあるのにお姉さんまで床で寝てたってことはほぼそうでしょう!俺、酔ってたし!」


青年が涙ながらに繰り広げた推測に私は拍子抜けし、それから思った。この子はそのうち悪い女の人から騙されてしまうだろう、と。


「それは…私が故意に隣に寝たんですよ。お兄さんは何もしてないです、多分」


「えっ…なんでわざわざ」


「可愛かったから…」


『可愛い』という単語に青年は眉根を寄せたが、とにかく一線越えた行為をしていないとわかって安心したようで「良かったァ〜」と息をついてリュックから紙を取り出した。それはハローワークで印刷したと思われる5枚程の求人票。


「一目でわかったと思うんですが、俺には家が無いんです。仕事も日雇いでギリギリやってきて…そこで図々しい話なんですが、この機会にお姉さんの住所を借りて就職活動をさせてもらいたいんです。ある程度貯金が安定したら出ていきます。一線越えてた場合は慰謝料をお支払いしてから出ていく気でもありました」


青年は私と同じことを考えていたらしい。薄く感動を覚えながら求人票に目を通すと、堅実な福利厚生を狙ってか名の知れた企業の非正規雇用に目をつけていた。


「ちなみに第一志望は郵便局です…地位とか確実そうだし」


伏し目がちに続ける青年。郵便局といえば常にドライバーの募集をかけているところに恐ろしさを感じるが、食いっぱぐれることは無いだろう。

私は求人票を返すと、スマホで現在の時刻を確認して青年に声をかけた。


「私の仕事まで時間あるんで、とりあえず役所とケータイ屋さんに行きましょう」


青年は見開いた目に再び涙を浮かべ「ありがとうございます!」と声を張り上げた。

大変可愛い。溢れ出る母性に従って青年を抱きしめようとすると猫のように飛び退いてしまった。

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