033:決闘! サンvsハーミンチ
「我らが
ギルドの奥には決闘場が用意されていた。
決闘なんて元の世界では見たこともなかったが、専用のスペースまで用意されているあたりこの世界ではわりと良くある事なのだろう。
ギルドの冒険者たちはすっかりギャラリー状態だし、なんか賭けにまで発展している。
いったいどこから湧いて出てきたんだか。
「サン、大丈夫か? Aランクって格上なんだろ」
ビア様はサンには魔法の才能があると言っていた。
魔力は封印されていて使えないが、それを魔道具などの魔術で補うことはできるらしい。
だが俺は森でのポンコツ全開なサンを見てしまっているから心配で仕方がない。
ギャラリー達も「やっちまえハーミンチ!」「派手にやれよ!」「Aランクの力を見せてくれ!」などとハミチンが勝つと思っているやつが多いようだ。
「うん。冒険者としては二つもランクが上の相手よ。でも大丈夫だから」
ふいにサンと視線が合った。
まっすぐに決意のこもった眼だ。
その表情には怯えはない。
「絶対に勝つ。だから改めてお願いしても良い? クモル、私とパーティ組んでください」
サンが改まって手を差し出してきた。
俺はそのやわらかな手をしっかりと握り返した。
こんな事をしなくとも、俺はサンのそばにいるつもりだったのだけれど。
「あぁ」
口元をほころばせ、少しだけ顔を紅潮させたサンの笑みはとても魅力的だった。
「クモル、私のことをちゃんと見ててね。私もちゃんと戦えるってところ。パーティを組む以上、ただの足手まといになるつもりはないから」
サンは俺と対等なパーティを組むためにその力を証明しようとしている。
ただの勢いに任せて決戦を買って出たわけではなかったのだ。
「わかった」
こっそり手助けしようなんて考えていた自分を殴ってやりたい。
俺のスキルならこの場の誰にも気づかれずにハミチンを倒せるだろう。
だがそれは、サンの決意の前にしてあまりにも失礼すぎる考えだった。
俺はただ、サンを信じて見守るだけで良かったのだから。
「行ってくる」
高揚した様子から一転して、決闘場に向かうサンは落ち着いてる様子だった。
今までのサンとは違う、冷静な姿だ。
いや、そんな姿は一度だけ見たことがあった。
森でブラックベアと遭遇した時、剣を抜いた時の表情だ。
焦っていながらも、その眼はまっすぐに敵を捕らえていた。
「では私が審判を務めますね」
いつの間にかカトレアさんも楽しそうに参加していた。
お祭りごとが好きらしい。
たぶん過激派だ。
「二人ともギルドの大切な戦力です。命を奪うような危険な攻撃は禁止としますからね」
「あぁ、死なない程度にぶっ殺すからよ」
「……カトレア、この人ルール理解してるの?」
「ルールを破ればギルドから追放しますので」
「チッ、わかってるーつの。俺様はAランクだぞ?」
「はいはい、良いわ。さっさと始めましょう」
危険な攻撃は禁止と言っても、武器や魔法の使用は許されている。
元の世界のスポーツとはかなり違う。
競技ではなく、あくまでも戦いだ。
なにより治療に特化した魔法使いなどが存在しているおかげで多少のケガは「痛いだけ」で済むのが大きいのだろう。
手足を失ってもその場で治療すれば何とかなるらしい。
死だけが例外で、取り返しがつかない。
逆に言えばそこに至らない攻撃なら許されるという事である。
スポーツではないのだが、観客の姿勢はスポーツを見るのに近い。
その認識が過激に思えて逆に怖いのだが、この世界では当たり前みたいだ。
「では開始位置についてください」
サンはいつもの剣を、ハミチンは巨大な斧をかまえた。
「はじめ!」
カトレアさんの合図にあわせて決闘が始まる。
だが、二人とも動かない。
「さぁ、どこからでもかかってきなさい」
「おいおい、正気かよ? 低ランクのくせにナメプしてんじゃねぇぞ!」
「別に舐めてないわよ。真正面から受けて、その上で勝つから」
サンの挑発にギャラリーがざわめく。
「おいおいおい」
「死ぬわアイツ」
ハミチンは怒りで全身を真っ赤に染めていた。
巨大な斧を握り直し、振り上げる。
「じゃあ死ね!! 俺様の
そして猛烈な勢いでサンに襲いかかった。
ハミチンが本当に決闘のルールを理解しているのか不安でしかたがない。
「
サンはうろたえる事もなく剣を構えなおし、そして何かを唱えた。
同時に、サンの身体に紫色の光の線が走る。
そんなことはお構いなしに振るわれたハミチンの斧を、サンが剣先で確実に受ける。
同時に光の線がサンの腕から剣へ、そしてハミチンの斧、最後には地面へと流れた。
線の流れに引っ張られるように、斧が地面を叩く。
「なにぃ!?」
地面にめり込んだ斧を振りなおすまでのそのわずかな隙を逃さずにサンが追撃する。
「
今度は足元から剣先へ、急速に光の線が流れた。
加速した剣技によりその剣先がブレる。
閃光がハミチンの斧の面を突き、そしてハミチンの巨体ごと豪快にぶっとばした。
「ぐはぁっ……!!」
ズドン!! と決闘場の壁に亀裂を走らせ、ハミチンの身体がバタリと倒れた。
「ぐぁ……ば、バカな…………」
空を見上げて倒れたハミチンの眼前に、優雅に歩みよったサンの剣先が突き付けられた。
「決まりね」
余裕の表情を持ってサンが宣言する。
見下ろす者と見上げる者。
誰が見ても明白な勝敗だった。
あえて武器の上から攻撃し、相手に致命傷をあたえない配慮までもみせつける。
決闘としても完璧な勝利だろう。
「ハーミンチが負けた!?」
「すげぇー!! 見えなかったぞ!」
「サンが勝っちまったー!? 俺の今月の小遣いがぁー!!」
決闘場は阿鼻叫喚の大騒ぎだ。
主にハーミンチに賭けたやつらの悲鳴で。
「まるで別人じゃないか」
これがサンの魔術。
サンの本当の実力か。
ビア様の話によれば、呪いで魔力を失ったサンは通常の運動能力すら低下しているらしい。
本来もっている魔力と言う力が使えない弊害がいろいろな形で発現しているのだ。
それを魔術でカバーした状態が本来のサンの力に近い姿だ。
洗練された動きと判断力。
そして魔術。
これだけの速度で攻撃できるなら、開始と同時にハミチンの油断を突き、最初の一撃で決める事もできただろう。
あえてそうしなかったのだ。
不意打ちと思われるようでは意味がない。
しっかりと、自分の実力を示すために。
「へぇ、しっかり腕を上げたんだにゃ。君はサンが戦うところは見たことあったかにゃ?」
「いや、初めてだ。すごいな」
「うん、なかなかの練度だにゃ。肉体強化の魔術
「……って、いや誰!?」
めっちゃ話しかけてくるなこの人。
あと語尾が気になって会話に集中できないんだが。
「誰って、私だにゃ」
小さく耳打ちしてきた。
「ビア様だにゃん♪」
「!?」
「分身体だにゃ。私がギルドに顔を出すと大騒ぎになるからにゃ」
「なんで猫耳なんだ。そしてその語尾も」
「趣味だにゃ」
相変わらずのツルペタボディに猫耳と尻尾。
そして猫型手袋に鈴付きの首輪。
なかなか良い趣味をお持ちのようだ。
「それで分身体でうろついてるのか」
「いや、普段はこんな事しないにゃ」
「じゃあ何で……」
「簡単な事だにゃ。この未来は視えていたにゃん」
「未来視か」
「サンは娘であり弟子でもあるのにゃ。その成長を見守るのは親であり師である私の義務だにゃ」
そのサンが満面の笑顔をともに駆け寄ってきた。
「クモ……クラウド! 勝ったわよ! 見てた!?」
「あぁ、バッチリだ。見てたよ」
ケガが無くて良かった、なんて言う言葉は不要だった。
誰が見てもケガなんてない。
圧倒的な勝利だ。
いつの間にかビア様の分身体はいなくなっていた。
本当にわざわざサンの様子を見るためだけに分身体とやらを動かしてきたらしい。
実は親バカなのかもしれない。
「なぁ、サン。俺からも改めてお願いして良いか?」
「え? う、うん?」
急に真面目なトーンで話したからか、サンがピシっと背筋を伸ばす。
「サン、俺とパーティを組んでくれ」
「あ……うん! もちろんよ」
差し出した俺の手を、今度はサンが受け止めるように握り返してくれる。
こうして俺たちはパーティを結成した。
一方的な関係ではなく、対等な仲間として。
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