034:幕間 王国の思惑②
~王国サイド~
ゴツゴツした石の壁で作られた部屋は暗くて狭く、まるで地下牢のようだった。
(な、なんだ……ここはどこだ……)
最後の記憶がぼんやりとしていて曖昧だった。
かろうじて断片的に思い出されたのは、憎悪によってあぶり出されるような記憶だ。
そうだ、アイツだ。
クラスで最底辺、ハズレスキルのザコ勇者。
自分よりも下にいなければいけない存在。
城から逃げだした野寺間の居場所をつきとめて森に入って、そこで何かヒドイ目にあった気がする。
綿部の記憶は曖昧だ。
ただ綿部にとって絶対に揺るがない事実が一つだけあった。
(クソザコな野寺間に負けるハズはない! 魔物にやられたんだ……きっと魔王クラスの魔物に! 絶対そうに違いない!)
捏造のような記憶に疑いも持たず、綿部は一人勝手に激怒した。
怒りで頭が割れそうになる。
(クソがぁ!! 野寺間め、次こそぶっ殺してやる!! おとなしく俺を安心させていろ!!)
ガシャン!
「あ? えっ……」
綿部の手足は鎖につながれていた。
鎖は石壁にめり込むように続いていて、強く引いたところでビクともしない。
ぼんやりとしていた思考が鮮明になるにつれ、自分の置かれている状況の異常さが理解でき始める。
綿部は全裸で、鎖で手足を拘束されている。
この体勢でかなりの時間が経過したのだろうと、ズキズキと痛む肩の感覚でなんとなくは理解できた。
「な、なんだ……なんなんだこれ……?」
思考が鮮明になっても、どこからか身体の力が抜け落ちているような感覚が残っていた。
鎖から抜け出そうともがくも、ガシャガシャと無機質な音が部屋に反響するだけだ。
薄暗い部屋の全貌は見えない。
それがひどく恐ろしい事に思えた。
小心者ゆえの本能的な直感だろう。
これから自分の身に、なにか良くない事が起こる事を綿部は理解していた。
「ようやくお目覚めかよぉ~~~、ったくこっちも暇じゃあねぇんだがなぁ~~~」
得体の知れない恐怖におびえる綿部の目の前に、いつの間にか人が立っていた。
国王イーヨ514世。
綿部も良く知った顔である。
なのに、それを認識するのに時間がかかった。
「え……? ……王様?」
なぜなら、今まで見てきた姿とはまるで別人だからだ。
温和という言葉が人間の形を成したような、そんなやさしい大人だった。
こんな気だるそうに、心底めんどうくさそうに、ゴミを見るような視線を向けて人と話す所など見たことがなかった。
「あ~~~、俺の事は良いんだよ。メンドイわ~~~。良いからさっさと出せ、テメーの闇をよぉ~~~?」
「や、闇……? な、なんのことだか、わかりません……」
イヨの言っている意味が分からない綿部だが、それでも何か自分にとって良くない事が進んでいるのだけは瞬時に理解できた。
拘束され、よく見れば全裸の自分の姿。
野寺間への怒りはまだ思考の奥底でくすぶっている。
恐怖も混乱もそれを蓋するには至らなかった。
「あ~~~、マジかよ~~~。理解力ねぇな~~~。ま、いいわ。こっちで無理やりヤルからよぉ~~~」
イヨは心底だるそうに手を広げ、綿部のおでこに触れる。
その手がズブズブと額にめり込んでいった。
驚きはするが、不思議と痛みはない。
ただ視界がグルグルと歪み、吐き気だけがこみ上げてくる。
「ふんふん、ほぉ~~~ん?」
「アッアッアッアッアッアッ」
イヨは手の平から直接、綿部の記憶を覗いていた。
綿部はダイレクトに脳の中を覗かれるという初体験に混乱するだけで状況が理解できない。
「なるほどな~~~。やっぱりヤベーわな、ノデラマ。どうしたもんかね~~~?」
焦る様子もなくそうつぶやくと、手を離した。
イヨは綿部の記憶から、勇者の中から一人の裏切者が出た事と、そのアンジュがクモルと繋がった事実を把握した。
そしてゴミのように扱う目の前の男が、イヨの予想通り使い物にならない負け犬であるとも。
「思ったより賢い子がいたんだねぇ~~~、ダリィ~~~」
疑い深い異世界人はよくいるが、そういう類の連中は思慮深く行動に慎重だった。
だがアンジュは行動にも躊躇がない。
(普通、こんな恵まれた環境を簡単に切り捨てたりしないだろうに)
イヨは面倒ごとは嫌いだ。
面倒ごとを運んでくるヤツも、面倒ごとが起きないように立ちまわれないヤツも。
だから目の前の負け犬にも腹が立つ。
「お前は処分だ。裏切者の近くにいたのに何もしないでただただ敗走。闇も弱い。マジのゴミだな」
「ま、待ってくれ……ください! 俺はまだやれる! 裏切者の場所を見つけたんです! 次は絶対に……うぐぅ!?」
「おいお~~~い、ちぃ~~~っとばかし理解が遅くねぇか~~~?」
イヨは綿部の懇願をさえぎってその口に指を突っ込んだ。
「そんなに心配すんなってよぉ、別に死刑だなんてこたねぇからよ~~~、もっと有効活用してやる」
「イ、イヤだ……」
綿部は抑えられた口から必死に拒絶の言葉を吐き出した。
知恵や知識とは違う。
もっと本能的に、肉体よりも魂の根っこの方から湧き上がるような嫌悪感でそれを拒絶するべきだと判断していた。
「おいおいおいおい~~~、テメーに拒否権なんてあるわきゃねぇだろ~~~?」
「イ、イヤだ……イヤだぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」
「安心しろよぉ~~~、これってウィンウィンな話なんだぜ~~~? 俺もテメーも、あいつを
口の中から直接、何かが綿部の体に流れ込んでいく。
全身を内側から焼かれるような痛みに綿部は悲鳴をあげた。
「んぎゃああああああああああああ!?」
「いい子にしろよ~~~。役目を果たせ~~~? 俺たちのために役に立つんだよぉ~~~、我が国が誇る勇者さまなんだからさぁ~~~」
「イ、イヤだ……イヤだぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」
体が、魂が、全く別の何かに作り変えられていく恐怖に悲鳴が止まらなかった。
「んぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「さてさて、どうなるか楽しみだよなぁ~~~。そうだろぉ~~~? 期待してるぜ~~~」
ガシャガシャと鎖を引きちぎらんばかりに暴れ苦しむ綿部を楽しそうに少しだけ眺めると、イヨは興味を失ったようにまぶたを閉じた。
王城の地下に隠された無数の隠し部屋のその一つから、やって来た時と同じように一瞬で転移して去ってしまう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
一人残された綿部の悲鳴は誰にも届くことはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます