031:天才魔術師
「サンには魔力が全くない事は聞いているかな?」
ビア様は紅茶を一口のんで、ゆったりと話し始めた。
「聞いてる。それが原因で家を出たって事も」
サンの父親は偉大な魔法使いだったらしい。
その才能を受け継いでおらず、つらい思いをしてきたようだ。
だから家を飛び出し、冒険者の道を選んだ。
魔法以外の方法で結果を出し、そして誰かに認められる事を願って。
「だったら話が早いよ。あの子に魔力がないって話。あれは嘘だ」
「は?」
紅茶を口に運ぼうとした腕が思わず止まる。
「私がそう教えた。だけどあの子は魔力があるんだよ。それも強力で濃密な、私にも匹敵するほどの魔力がね」
「なんでそんな嘘を?」
「魔力を使えない原因が呪いだから」
「呪い?」
「あの子は何者かに呪われているんだ。呪いのせいで魔力が封じ込められ、使える魔力は0になっているわけだ。だから魔術の素人から見ればまるで魔力がないように見えてしまう」
「なんだよそれ。だったら魔法の才能がないってことも……」
「逆だよ。あの子は天才だ。間違いなく、父親が持っていた才能を……いや、それ以上の力を持って生まれてきた。あの特上の魔力もそれに由来するものだろうね」
ビア様が心底楽しそうに笑う。
「その力を誰かが恐れた?」
頭に浮かんだのはそういう発想だった。
俺自身がそういう目にあったばかりだったからだろう。
「さぁ、どうだろう。あの子の生まれは少々、特殊でね。陰謀、策略、妬みや恐れ……呪われた理由はいくらでも考え付く。だが問題はそこではないよ」
ビア様が指をふると、どこからかワラの人形が現れた。
人形に黒い鎖が絡みつく。
「問題はどうやってあの子の呪いを解くか、だ。私なりにサンの呪いを調べた結果、おそらくは魔道具による物だとわかった。これが厄介だ」
「厄介?」
「魔法や魔術によるものなら、呪いをかけた犯人を見つけて殺せば済む。簡単だ」
さりげなく物騒な話になったが、この世界では普通なのだろうか。
ビア様は顔色一つ変えていない。
「魔道具だとそうはいかない。魔道具の効果と使用者は無関係なんだ。呪いをかけた犯人を殺しても呪いが解けたりはしない」
「何か手はないのか?」
「探してるところだよ。魔道具の正体が分ければ手は打てるだろうが、呪いをかけられてから時間が経ちすぎていてね。痕跡が追えないんだ」
ワラ人形にかかった鎖が溶けるように人形の中に沈んでいく。
こうなると手が出せないという例えなのだろう。
「そもそもかなり希少な魔道具が使われている。この私の知識の外にある魔道具など、世界中を探してもそう数はないはずだからね。ただ君は、それだけの権力が絡んでいるという事だけ知っていてくれ」
「わかった。注意はするよ」
直接、命を狙われる危険もあるかもしれないわけだ。
「それに冒険者としてがんばっているあの子を応援したいんだ。楽しそうにしてるだろう? 私はあの子の笑顔が大好きでね」
「その気持ちはわかるかも知れない。俺もあの笑顔に元気をもらった」
ビア様が「そうかそうか」と満足気に頷く。
「だからあの子の呪いが解けるまで、サンを守ってやって欲しい。本来なら魔法こそがあの子の最大の武器だ。それなしで冒険者として戦っていくのは簡単なことじゃないからね」
俺が【ドン!】なしで戦うようなものだろうか。
そんな状況、想像もできない。
「でも、なんで俺なんだ?」
腕の立つ冒険者ならギルドにいくらでもいるだろう。
力も知識も経験も、俺より持っている人間がもっといるはずだ。
「ふさわしい力を持ち、そして信頼に値する人間を探していたんだよ」
ビア様がまっすぐに俺を見つめる。
何かを問いかけるような視線だった。
「俺の事はすでに知ってるんだろ? ザコ認定されて追放されたハズレ勇者だぜ?」
今の俺にはそのどちらも相応しくないように思える。
追放された指名手配犯など、信用とはかけ離れた存在だろう。
「ふふ、そんなバカ共の世迷言に騙されるほど落ちぶれてはいないさ。私は誰のどんな言葉より、この私の眼を信じているからね。あの子を待つ運命には、並みの冒険者では太刀打ちできないのさ。君くらいの力でないとね」
「それは過大評価だと思うけどな」
俺が言うと、ビア様はカラカラと愉快そうに笑った。
「ふふ、それこそ過小評価と言うものだろう。それに、サンがあれだけ信用する男だ。私も信用するさ。あの子は育った環境の影響で警戒心が人一倍に強いんだよ」
サンのふにゃふにゃした寝顔を思い出す。
とてもそうは思えなかった。
「君のように信用されている立場だと分かり難いかも知れないけれどね」
ビア様はからかうように言うと、俺に右手を広げて見せた。
その手の平に、大きな瞳が宿っている。
ビア様と同じ深い紫色の瞳が俺を見ていた。
「それに、私の魔眼も言っている。君があの子を救ってくれるとね」
ここまで言われて断れる男などいないだろう。
言われなくとも、断ったりはしないのだが。
「言われなくてもそのつもりだ」
俺もサンには救われている。
サンに俺が出来る事があるのなら、やってやるさ。
「ふふ、そうでなくてはね。頼もしいよ」
ビア様がやわらかく微笑んだかと思うと、すぐに何かを思いついたようにいつものいたずらっぽい笑顔に戻った。
「君は自分の力にもっと自信を持つべきだね。これを持ってごらん」
ころころと丸い鉄球のようなものが机の上を転がって、俺の目の前で停止した。
「これは?」
持ってみると、意外にも軽い。
汚れ一つない純白の石みたいな見た目をしている。
「試験玉とよばれる魔道具だよ。いろいろな魔術によって超硬度に強化と防護がなされている。それにダメージを与えると色が変化するから、その色によって力量が試せるという仕組みだよ」
「なるほど。面白そうだな」
普通に握っても色は変わらない。
それもそうだろう。
俺の握力なんて別に普通の男子高校生なんだから。
「絶対に壊れない玉だ。安心して良いよ?」
ビア様が試すように言う。
だったら「ドン!」を使ってみるか。
せっかく試せるなら全力を出してみよう。
今後の戦いで調節する目安になるだろうしな。
「ふん!」
なんとなく力が入りそうな声をだして手の平に「ドン!」を伝える。
が、慌てて止めた。
試験玉にヒビが入ったからだ。
そのまま力を込めていたら、玉が弾けた破片でこの部屋がめちゃくちゃになっただろう。
止めたのは良いが、そのままボロボロと崩れてしまった。
「……壊れたんだけど?」
ビア様が目を見開いていた。
そして、大きな口を開けて笑った。
「ふ、ふふふははは!! 面白い、実に面白いな。君は!」
「しかも色、変わらないんだけど……」
やはり俺のスキルはザコスキルなのだろう。
悲しい事に、これが現実である。
「ふ、ふふ! ふふふふ! 規格外すぎて測定不可能だな。こんな粗悪品では君の力は測れないようだ」
「えー、絶対に壊れないんじゃなかったのか?」
全力、出してみたかったのに。
「嘘ではないさ。王国の騎士程度ならどれだけ力を込めても、攻撃を加えても破壊できない代物なんだからね」
ビア様が指の一振りでボロボロになった試験玉を修復する。
やはり色は白のままだ。
「おっと、そろそろサンが戻って来るな。さっきのサンの話は秘密にしていてくれよ。あの子は気を使われるのが苦手なんだ」
「わかった」
「それにしても面白い。気に入ったよ。これを渡しておくから、付けておくと良い」
渡された指輪には紫色の宝石のようなものが埋め込まれていた。
「これは?」
「ここへの入場チケットみたいなものさ。これがあれば結界を抜けられる。逆になければどれだけ町を探してもこの場所へはたどり着けない」
「良いのか? ここは聖域なんだろう?」
「気に入った人なら例外さ。いつでも来ると良い。私はいつでもここにいる」
試験玉を壊してしまったが、なにやら気に入られたらしい。
「私もできる限りのサポートはする。でも、ずっとそばには居られない。だから君は、あの子のそばにいてあげてくれ」
サンに向けられているのであろうビア様の最後のその笑みだけは、本当の母のような慈愛に満ちていた。
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