030:行く末の魔女、ビアドリッチ


「ギルドに行く前に紹介したい人がいるのだけど」


 朝食を終えて、俺はサンに手を引かれて「秘密の場所」へと向かっている。

 ちなみにバハムート草はどれか分からなかったので使えなかった。


 今度はサンに聞こう。

 そして今夜はサンに作ってもらおう。

 別にバハムート草に飢えているわけではないけど。


 ネラレッドの大通りから裏路地へと入り人気ひとけのない場所へと来た。

 石畳の道やレンガ造りの街並みが広がるネラレッドの町の中で、そこだけは明らかに異彩を放つワラの家があった。

 家と言うよりテントのような形をしている。

 なぜか真昼なのに太陽の光が遮られていて薄暗い。


「ここがママの家よ」


「ママ?」


「うん。でも実母じゃなくて、この町で冒険者のイロハを教えて面倒を見てくれたの。育ての親みたいな?」


「なるほど」


 紹介したい人とはママだった。

 友達の親に挨拶とかしたことないんだけど「お世話になってます」とかで良いんだろうか。


 俺が考えている間にサンは慣れた様子でワラに埋もれていた扉を引いた。

 まるで隠し扉だ。


「ただいまー」


 家の中には理科室みたいに様々なガラス器具がや薬草が散らばっていた。

 魔女の住処みたいなイメージだ。


 そして円形の部屋のその中央に、一人の幼女がペタンと座り込んで本を広げている。


「おかえり、サン。そろそろ来ることだと思っていたよ」


「はい、これ。ギルドに提出したんだけど、みんな迷うから私が直接わたしてって頼まれたの。せめてカトレアだけでも結界ゆるめてあげられないの?」


「それは無理な相談だな。ここは私の聖域なのだからね」


 サンが差し出したのはナイトウルフの血液だ。


「それからこの人はクラウドさん。この人が助けてくれたの。私の恩人よ」


「ふふ、クラウドか。良い名前だね?」


 挨拶をしようとする前に、サンのママが鋭い視線を向けてきた。


 その視線にゾクリとした。

 根拠はないが、まるで嘘を見透かされているような気がする。


「……サン、良いよ。この人には嘘つかなくても」


「え? でも……」


「サンのお母さんなんだろ? だったら信じるさ」


「……うん! ありがとう、クモル」


「ふふ、良い判断だね。気に入ったよ。野寺間のでらまくもるくん」


 紫色の髪と瞳のツルペタ幼女の、その幼い見た目と小さな体には不釣り合いな妖艶な笑み。

 差し出された手は、なめらかで柔らかかった。


「知っていたのか?」


「私は情報通なのでね。気づかない方が鈍感すぎるとも思うけどな、指名手配犯くん」


「……冤罪なんだがな。この町では†クラウド・ダークネス†で通ってる」


 登録名を口で言っても伝わらない気もするが、この人なら理解するような気もする。

 不思議な人だ。


「私はビアドリッチ・ストレングス。ビア様と呼んでくれたまえ。もっとも、この町の連中には【行く末の魔女】なんて呼ばれているけどね」


「【行く末の魔女】?」


「ママは未来が見えるのよ。物事の行く末が視えるから【行く末の魔女】。未来から来た未来人だって本気で信じてる人もいる」


「視えるといっても、たまー視えるくらいさ。未来視の魔眼は気まぐれでね。もちろん未来人なんかではないよ? ちゃんとこの時代に生まれてこの時代で育った現代人さ」


「未来人って言われても信じるけどな。当たり前のように異世界から人間が召喚される世界みたいだし」


 俺だってその異世界人だからな。


「それもそうね。でも町の人たちにはすっごく信頼されてるのよ。森のクエストを受けられたのもママの後押しがあったからなんだから」


「おや、気づいていたのか?」


「当たり前でしょ? 誰も受けたがらないとはいえ、とてもCランクの冒険者が受けられるクエストじゃないし……それも一人でなんて」


「そうにらむなよ、サン。あのクエストは何人で行っても同じだったさ。クモルくんが来てくれなければね。だったら報酬は多い方が良いじゃないか」


「俺が来るのが分ってたのか?」


「もしかして全部、視えてたの?」


「ふふ、それはどうかな? だが結果的に無事にクリアできたんだから良かったじゃないか」


 ビア様はからかうように笑うと、床に広がっていた本を閉じた。

 指が小さく宙を舞うと、部屋のすみっこにあった机や椅子がよってきた。


「まぁ、座りたまえよご客人。サンは3階から調剤の道具を持ってきてくれるかい?」


「わかったわ」


 サンが階段ではなく、近くの扉を開く。

 そもそもこの部屋には階段などないのだ。


 扉の中には階段があったが、場所的には外に繋がる扉に見える。

 これも魔法なのだろう。


 そもそも外観では3階があるようには見えなかったから、家そのものに魔法のカラクリがあるのかもしれない。


 扉が閉じられ、俺はビア様と二人残される形になった。


 椅子に座ると、目の前のテーブルではポットとカップが一人でに紅茶を注いでいた。

 魔法、すげー。


「ママなんてガラじゃないだろ、て思ったか?」


「まぁ、確かにもっと年上かと。育ての親とは聞いてたけど」


「年上だぞ?」


「えっ?」


「100くらい上だ」


「えっ!?」


 ビア様は真顔で言う。


 冗談のつもりなのだろうか。

 嘘はついていないようにも見えるが、この人はなんだか得体が知れないので良く分からない。


「この姿は魔法によるものさ。仮の姿だよ。私は魔女だからね。燃費の良い小型の形態を選んでいるだけだよ。君の趣味には合わないかい?」


「いや、可愛いとは思うけど」


 仮の姿とはいえ、サンにも負けないくらい整った姿だ。

 美少女ならぬ美幼女ってところだろうか。


 今はまだ幼くとも普通に成長すれば絶対に美上になるだろうと誰もが思うだろう。

 本当の姿は絶世の美女なのかも知れない。


「だったら良いじゃないか。舐めるように眺めると良い」


 ビア様はニヤニヤ笑いながら羽織っていたローブを脱ぎ捨てた。

 ローブの下はまさかの全裸だった。


「いや、さすがにそれはまずくないか!?」


「ふふ、冗談はさておき……今のうちに少し、サンの話をしても良いかな?」


 あられもない姿のまま真顔で語り始めた。

 冗談なら服を着てほしい。


 やっぱり得体の知れない人物だ。

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