027:アンジュ、城に戻る

 ~アンジュ視点~






「よう、古島。何してんだ?」


 Aランク級の魔物が徘徊する危険な森に全裸の綿部を放っておくわけにもいかず、私は城に戻ってきた。

 綿部はまだ気絶状態だ。

 面倒くさい。


 そしてさっそく、さらに面倒なヤツに出会ってしまった。

 できれば誰にも出会うことなく、綿部を置いてひっそりとこの城から姿を消したかったのだが。


 声の主は和田南わだみなみだ。


 丸々太ったこの男は人の事を詮索するのが好きらしく、私にも良く話しかけてくる。

 正直、あまり好きではない。

 あれこれ詮索されるのが好きな人間なんてあまりいないと思う。


「……調査任務中に綿部がやられたから戻ってきただけ」


 だいたい、もう夜なのに何で私の部屋に入って来たのか。

 ノックもなしなんて、その時点で気分が悪い。


「おいおい、勇者が魔物にやられたのかよ? ダメだろ、そんなの。だって勇者だぞ? 魔物なんかに負けてんじゃねぇよ!」


 この男はクラスランクでトップ10に選ばれているそれなりの実力者だ。


 そのプライドからなのか、トップ10以下のクラスメイトたちに対して高圧的な態度を取るところも嫌いな所だ。

 格上に対してはヘコヘコしているのはもっと嫌いな所だけど。


 少しだけあの人の事を思考する。

 苛立った気持ちがちょっと落ち着いた気がした。


 クモくん……この城から追放された不思議な男子。

 本当はトップ10どころか七宝剣レベル……あるいはそれ以上に強力なスキルを持っているにも関わらず、なぜか理不尽なザコ認定を受けている。


 そしてクラスメイトたちは誰もその事実に気が付いていない。

 城に騙されているのだ。


 この誤解を解けばクモくんとこの城で一緒に生活できる。

 城の設備は高級ホテルみたいで快適だし、これはかなり理想的な結果だ。


 城としても大きな戦力を手に入れられるし、クラスメイトにとってもそれはうれしい事だと思う。


 なぜなら戦死するリスクを軽減できるから。


 クモくんがいればどんな魔物に襲われたって怖くない。

 それぐらいクモくんは強いから。


 けれど、果たして私が説明したところでクラスメイトたちは理解するだろうか。


 そもそも城の言い分はあやしい。


 クモくんのザコ認定とクモくんが逃亡した時の状況が一致しない。

 本当にザコ認定されるべきスキルなら特級騎士相手に逃亡なんてできるハズがない。


 なのに誰も疑わない。

 たぶん、疑いたくないんだろう。


 歴史の授業かなにかで習った事がある。

 自分より身分の低い人間がいると、それだけで安心できる人もいるらしい。

 

 みんな自分の立場に安心したいのだ。

 

 そう思うと、なんだかすごく悔しい。

 クモくんは見下されるような人じゃないのに。


「……城が私たちに嘘をついている言ったら信じる?」


「はぁ~? なんのためだよ?」


「……それはまだわからない」


「なんだそれ? 話になんねぇ」


 やはり無理だろうか。

 もう少し説明してみる。


「もしクモルくんが【ザコ】なんかじゃなく【最強】だったら?」


「クモルって……あの野寺間のでらまか? ぶははは! ありえねー! ザコ認定されてただろ!」


 和田南は馬鹿みたいに大笑いした。

 ムカつく。


 永遠に氷結させてやろうかな。


「つーか、なんでザコ認定するんだよ? 最強なら大事な戦力だろ? 意味わかんねーっての」


「……だからおかしいって言ってる。城の狙いが分からない」


 説得しようと思ったが、何を言っても響かないようだった。

 みんな自分たちの立場が正しいと決めつけてしまってる。


 居心地が良いのだろう。


 勇者と言う正義の使者である事が。

 正しい組織に選ばれた、正しい人間である事が。


 特にこの男は城にクラスでトップ10の力だと認められている。

 自分を認めてくれる存在を信じたい気持ちは、少しだけ分かる気がする。


「お前、さては裏切る気か?」


「……だったらここに戻ってこない」


 和田南は意外にも鋭い視線を向けてきた。


「いや、城に疑心を抱くなんて立派な反逆者だろ。そうだろ。これを騎士たちに伝えたらお前はどうなるんだろうな? 野寺間みたいに追放か? それとも処刑か?」


 そしてニチャアと気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 何を想像しているのか分かりやすい気持ちの悪い視線に鳥肌が立つ。


「なぁ、どうする? 黙っといてやっても良いんだぜ? 俺たちだけの秘密にしてやってもさぁ?」


 呆れた。

 私を脅そうとしているらしい。


「……君は、いやお前はもう黙っていた方が良いと思う」


 自分でも分かる。

 多分、今の私はゴミでも見るように蔑む眼を向けているに違いない。


「……は?」


 和田南は一瞬、本気で混乱したような表情になった。

 それからゆっくりと顔が赤く染まっていく。


「おいおいおいおい、分ってるのか? 俺はトップ10だぞ? エキストラのお前が勝てるわけないだろ!! おとなしく言う事を聞けばひどい目に合う必要もないんだぜ?」


 エキストラとはトップ10にも選ばれなかったクラスメイトたちの別称だ。

 脇役あつかいでそう呼ばれている。


 そんな格下だと思っていた私の強気な態度が気に入らなかったらしい。

 だが、そもそも前提が間違っている。


 哀れだ。

 とても哀れ。


「……こちらのセリフ。ここで私を見た事を黙っておくなら、ひどい目に合う必要もないけど?」


 和田南の血管がブチブチちぎれそうなくらいに浮き上がった。


「てめぇえええ!! ざけんなぁあああ!!! だったら半殺しにしてからオモチャにしてやるよぉおおお!!」


 本気で戦ってこの男に負ける気なんてさらさらなかった。

 ただただ面倒くさい。


 こんなヤツに無駄な時間を使っていないで、はやくクモくんに会いたい。


 溜め息をひとつ吐き出して、私は作り出した【氷剣姫】を構えた。


「……凍瘡しもやけにご注意を」

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