028:アンジュ、城を出る

「……先に言っておく。私はお前より強い。なので、ケガする前にやめておくことをオススメする」


「ふざけんなぁエキストラが!! 俺はトップ10の男なんだよぉおおおおおおお!!!!」


「……忠告はした。例えクズみたいな男でもクラスメイトだから」


 自分の方が強いと勘違いしている和田南に一応は忠告してみたが、やはり意味はなさそうだった。


 【鏡面雪花】アイスコート

 冷気が地面を伝って相手の足元を凍り付かせる技。


 足元から伝わった冷気が和田南の下半身を氷結で封じてその場で動けなくする。


 和田南が現れた時から戦いになる可能性は考えていた。

 だからスキルを使う準備もすでにしていたのだ。


 おとなしく部屋から出て行ってくれさえすれば荒事はせずに済んだのに。


「バカがぁ! そんなスキルでトップ10の俺が止まるわけないだろうが!! 薄皮みたいな氷で……なっ!? 砕けない!? お前、なんだこれ!?」


 私のスキルの能力など簡単に突破できると思っていたのだろう。

 和田南は予想外の力に驚いている。


「……私のスキル【氷剣姫】。敵を冷気で固定する。知ってるはず」


「こんなに強い氷は作れなかったはずだぞ!? 水の表面を、人体の薄皮を、かるく凍らせる程度のスキルだろうが!?」


 クラスメイトたちはお互いのスキルを知っている。

 訓練で模擬戦をしたことだってある。


「……本気を出していなかったんだから当たり前」


 でも、私の力を知るクラスメイトは多分いない。


 城への疑念がある内にはそれがベストだと考えていたから。

 それも、もう関係ない。


 きっと綿部や和田南だけじゃない。

 クラスメイトたちを説得するのは難しいのだろう。


 だから私は、この城を見捨てる事にした。


 哀れだ。

 とても哀れ。


「クソがぁ!! 俺はトップ10なんだ!! 【足踏加速】ステップブースト!! うおぉぉぉぉぉおおおおお!! 」


 和田南は脚部を強化する能力で下半身の氷を強引に砕いた。


 みんなが私のスキルを知っているのと同じように、私もみんなのスキルを知っている。


 和田南の持つスキルは【韋駄天】。

 超高速の移動を得意とする肉体派の能力だ。


 特に脚部の強化力とそれにより生み出される機動力はクラスでもトップクラスだろう。

 スキルにより与えられる武器は槍だったはず。

 槍だけの綿部に比べると完全な上位互換にも思える。


「死ねぇえええ!! 【韋駄天槍】ソニックランス!!!」


 和田南が槍を召喚し、スキルの力による超加速で突進してくる。

 勇者スキルによる武器の強さに超スピードが加われば、それはまさに必殺の一撃になるだろう。


【氷壁】アイスバーグ


 けれど直線的な攻撃なら対応は可能だ。

 和田南の正面に氷の壁を設置しておけば良いだけ。

 壁にぶつかって動きが止まってしまえばその速度も意味をなさない。


 和田南は自慢の槍が氷の壁に突き刺さって抜けなくなっている。


「な、なにぃ!? バカなっ!? トップ10の俺の攻撃で粉砕できないだとぉおおお!? トップ10の俺がエキストラの能力相手にぃいいいい!?!?」


 驚いているみたいだが、難しい事ではない。


 和田南にとって【韋駄天槍】ソニックランスは得意技であり必殺技なのだろう。

 訓練の中でこの攻撃は見たことがある。

 だから威力も知っている。


 だったらその威力で砕けないレベルになるように壁を重ねるだけで良いのだから。


【鏡面雪花】アイスコート


【氷結】ホワイトスタチュー


【鎖氷柱】アイシクルチェーン


【氷結】ホワイトスタチュー


 壁で動きを止めた後は、和田南には何もさせずに一気にスキルで畳みかけた。


 念のため足元から狙って伝う氷結をさらに強固に冷やし固める。

 さらに鎖を作りだして逆さ釣りにしてからもう一度、氷結をプラスする。


 まるで氷柱のような和田南のオブジェが完成した。


「……これで自慢の足はつかえない」


 足どころか指一本すら動かせないだろう。


 一瞬にして勝敗は決した。

 殺す気はないので首から上は凍らせないでおくが、和田南は真っ青な表情で震えていた。


「ま、まいった! オ、オレの負けだ! 何でも言う事をきく! だから……!」


 氷結による寒さだけではないだろう。

 それは見下していたはずの私に、文字通り手も足も出なかったことからくる絶望の色だと思う。


 それだけ私を格下だと思っていたのだろう。

 自分の強さを過信して、明らかに思い上がっていた。


 哀れで仕方がない。


【氷紋呪鎖】カーディアック


「ぶぎゃあああああ!?」


 後は最後の仕上げをしておく。

 せっかくここで出会ったのだから、有効に利用するべきだろう。


 氷のナイフが和田南の心臓に印を描いた。


「オ、オレになにをしたっ!?」


「……心配することはない。呪いをかけただけ。これから先、一度でも私の名前を口に出したら……心臓が凍り付いてお前は死ぬ」


「ひ、ひぃいいい……」


 そんなの嘘に決まってる。


 ただ氷の印をつけただけ。

 氷でできたタトゥーシールみたいなものだ。

 私の意思でしか解けない氷だけど。


 でも脅しには十分だと思う。


 和田南には城に私の裏切りを知らせるメリットなどない。

 ただ自分の欲望を満たすために私を脅そうとしただけだ。

 命を懸けてまでやる事じゃない。


「……この氷は時間が経てば消える。そしたら綿部を治癒室に運んであげて。城には魔物との戦闘で負傷した。そして私は行方不明。おそらく逃走したのだろうと、それだけ伝えてもらえる?」


「は、はひっ!」


 コクコクと涙をこぼしながら大げさに頷く。


 ひとまずこれで良いだろう。

 結果的に、和田南のおかげで上手く城を抜けられそうだ。


 多少の不信感は持たれるだろうけど、時間稼ぎくらいにはなる。


 いや、そこまで興味を持っていない気もする。

 この城が注目しているのは七宝剣だけ。


 それ以外にはまるで期待していないような、そんな気もしていた。

 私が消えても誰も不信には思わず、心配もしないのかもしれない。


 私は余計な考えは捨て、最低限の荷物だけまとめて城を出た。

 もう戻る事もない。


「……っ!」


 いつのまにか肩に一筋、切り傷が出来ていた。

 和田南に受けた傷だろう。


 氷の壁で受け止めた槍の攻撃がわずかに貫通していたみたいだ。


 結果だけ見れば勝負は一瞬だった。

 私の圧勝にも見える。


 でも実力はそんなに変わらないかった。

 和田南にあと少しの速度、威力があれば壁は突破されていただろう。 


 最初の不意打ちで足を狙ったのは正解だった。

 そうでなければ、勝敗は違ったかもしれない。


 負ける気はしないが、それでも圧勝できる相手ではなかったのだ。


 でも、そんなクラスのトップ10が相手だったとしても……彼ならこんな傷を受ける事もなく、一瞬で無力化していただろう。


 その力を見ればクラスメイトたちの目も少しは覚めるかもしれない。


 ふと夜空を見上げると、氷の蝶が雪のように舞い降りてきた。


 私の【紋白蝶】ホワイトフライ

 クモくんからの伝言が返ってきたのだ。


 伝言を聞くだけで、クモくんの声を聴くだけで私の中に残っていた不安が消えていく気がした。


 私は、この人を信じる。

 私は私が正しいと思う道を行く。


 伝言によると、しばらく滞在する宿を決めたらしい。

 サンと一緒の宿にいるようだ。


 ……すごく可愛らしい、精巧に作られたお人形のような少女だった。


 一目見ればわかった。

 あの子もクモくんに好意を寄せている。


 そんな女の子と同じ宿。

 さすがに部屋は違うと思うけど……違うはずだ。普通は違う。


「……なぜか嫌な予感がする」


 急ごう。

 なにか良くない事が起こってしまう前に!


 私はネラレッドの町へと夜を駆けた。

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