013:勇者たちの不運/綿部①






 俺は綿部わたぶ兼好けんこう

 勇者だ。

 この世界に選ばれし勇者。


 確かに俺のスキルは【剣の勇者】や【剣聖】と比べると劣る。

 たった数日だが、嫌と言うほど思い知った。

 あいつらはレベルが違う存在だと。


 だが、それでも俺だって勇者である事には変わりない。

 この世界では救世主として憧れ、尊敬されるべき特別な存在であるべきなんだ。


 なのに、なんでだ?


「君たちの担当は西門だ」


 王から告げられたのはそんな宣告だった。


 君たちとは、俺と、俺の相方である古島ふるしま安珠あんじゅだ。

 最初の試練を受ける時に余り物同士で組んでパートナーになった。


 切り揃えられた綺麗な長い黒髪と、赤みを帯びた瞳が印象的な女子。

 見た目は良いが無口で何を考えているか分からない所があるせいで、クラスでも少し浮いていたから余ったのだろう。


 俺の人の事を言えた立場ではないから余っていたのだが、それでも野寺間よりはマシだった。

 マジで友達もいないゲームオタクの野寺間はスクールカースト最底辺だ。


 結局あいつは一人で余って、良く分からない半裸の騎士と試練を受けるハメになっていたな。

 その結果、追放までされたのには笑えたぜ。


 あいつの存在はとても助かる。

 ずっとあいつがいじめのターゲットになってくれているおかげで、こっちはいじめに合う心配もななかったからな。

 俺に安心感を与えてくれる存在だ。


 勇者は訓練期間中、試練で組んだ二人のペアで活動するのが伝統らしい。

 訓練期間を終えたら適正に合わせて役割が与えられ、いくつかのパーティが編成される。


 そして今日が訓練期間終了の日だった。


 訓練を終えた俺たちに与えられた任務は、西門の見張り。


 つまり、俺はただの門番になったのだ。

 勇者なのに。


 魔王討伐のための勇者パーティではなく、門番だと?

 そんなのその辺の騎士がやるのと同じような雑用だ。


 いや、騎士ですら魔物退治をしているのだから、それ以下じゃないか。

 まるで雑兵扱いだ。


 古島は強くはなかった。

 スキルに関しては運としか言えないから仕方ない。

 だがそもそも古島からは必死さが感じられないのだ。


 手を抜いているのではないかと疑いたくなる。

 自分の強さにまるで危機感がないようで焦りもしていない。

 やる気があるのかもわからない。


 結果、俺たちのペアは訓練で最下位のスコアだった。


 でも勇者だ。

 スキルだって特別なものなはずだ。


 与えられた任務に古島は無言で頷いて了承していたが、俺にはできない。

 ありえない。

 俺は勇者なのだから。


 俺はその辺のただの騎士とは違う。

 選ばれた勇者だ。

 スコアだってやる気のない古島に足を引っ張られただけだ。


 俺が説得した結果、「では、この城の騎士と決闘でもしてみますか? それなら納得いくでしょう」と提案された。


 物わかりの良い王に感謝しよう。

 追放されたザコスキルの野寺間にも勝てない城の騎士に、俺が負けるハズがないのだから。


 ……そのハズだった。


「んぎゃああああああああああああ!?」


 俺はボコボコにされた。

 一対一で、ただの騎士に。


 その騎士が特別なワケではない

 この城の騎士は全員がこれくらいの強さらしい。


 だからこうして今、俺は門番をしている。

 冷たい夜風が心にしみるようだ。


 あの日は調子が悪かったに違いない。

 体力が回復したら再戦を申し込んでやる。


 俺たちは直接その現場を見ていないが、野寺間は騎士を倒して逃走したらしい。

 あいつにできて俺にできないワケがなかった。

 そんなことがあるわけがない。

 最下位はあいつで、最弱もあいつだ。


 そうでないと俺が安心できない。


「ちょっとトイレ」


 王国の外は静かだった。

 西門の先には小さな村と森が見えるが、変わった様子はない。


 俺は少しサボる事にした。

 ただ立っているだけなんてつまらないし、そもそもこんな仕事は俺のやるべき仕事じゃない。


「…………」


 古島は興味なさそうに俺を見ることすらしなかった。


 この任務に就いてからも古島は相変わらず何も言わない。

 まるで俺なんていないみたいに興味を持っていない。


 顔は良いし、スタイルも……良い。

 この近寄りがたい雰囲気さえなければ良い女なのに。


「くそっ……」


 面白くない。

 せっかく異世界にきた。

 勇者に選ばれた。


 なのに何も変わらない。

 つまらないままだ。


「あっ!」


 裏路地でボロい恰好の少年とぶつかったのは偶然だった。


「ご、ごめんなさい。ボク、急いでて!」


 俺にぶつかってくるなんてうぜぇガキだ。


「別に良いけど、何をそんなに慌てているんだ?」


「も、目撃情報です! 急いで城の勇者様たちにお伝えしたくて!」


 そしてそいつが情報を持っていたのも、本当に偶然だ。


 野寺間が近くの森へ向かったという情報が手に入ったのだ。

 その少年は指名手配の張り紙を見て、村から飛び出してきたらしい。


 一般人の子供が勇者を自力で捕えようなどとは考えない。

 情報を提供し、分け前をもらうつもりだったのだ。


「俺も勇者だ。俺が伝えておくからもう村へ戻れ」


 そう言って少年を追い返した。


 これはまだ誰も知らない情報だ。

 そしてこれで、もう俺以外には伝わらない。


 やはり俺は選ばれているんだ。

 こんな所で終わる人間ではない。


 俺は慌てて西門に戻った。


「おい、古島。良い情報が入ったんだ。こんな雑用やめて外に出ようぜ」


「興味ない」


 相変わらず無表情で無関心な女だ。

 門に背中を預けたまま、どこか遠くを見ている。


 だが何とか興味を引かなければ。


 今、俺が協力を頼めるのはコイツだけだ。

 弱くてもいないよりはマシははずだからな。


「野寺間の目撃情報があったらしいんだよ」


「……!」


 やっと古島がこっちを見た。

 初めてまともな興味を見せた気がする。


 野寺間に……?


 いや、違うな。

 あんなザコに誰も興味など示さない。


 だが今はその首には価値がある。


 なるほどな。

 無表情だが、実はこいつも同じ考えだったのだろう。


「探しに行くぞ。あいつを見つけ出せば俺たちの評価は変わる! 俺たちは勇者だぜ!? もっと正当な評価を受けるべきだろう!? 門番なんて俺たちの仕事じゃない!!」


 クラスの連中が探し回っても見つけられなかった指名手配犯を俺たちが見つけ出す。

 そうして俺たちの価値に気付くのだ。


 そうすれば認めてもらえる。

 俺の価値を世界が認めるんだ。


「……わかった。行く」


 利害の一致というやつだろう。

 古島も乗ってきた。


 俺たちはすぐに目撃情報があったという森へ向かった。

 これからの出来事への期待に胸を躍らせながら。

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