012:密かな思い(サン視点)
少しだけ時計の針は巻き戻り、曇と共に朝食の狩りに出かける事になったサン。
「狩りを手伝うよ」
クモルが急にそんな事を言い出した時、私は複雑な気持ちになった。
一緒に狩りに出るなんて、これは実質デートのお誘いだ!
どうしよう!?
そんなの絶対にドキドキしてしまうし、絶対に狩りにも集中できない。
絶対にミスとかしてしまうと思う。
(ど、どうしよう……!?)
デートに誘ってもらったのはすごくうれしい。
だけど、恥ずかしい姿は見せたくない。
「そ、そう……じゃあ、足を引っ張らないでよね」
悩んだのだが、結局は嬉しい気持ちが勝ってしまい、一緒に行く事にしてしまった。
「きょ、今日は調子が悪いだけなんだからぁ……」
そしていつも以上にドジな所を見られてしまった。
この森に来てから本当に調子が悪いのだが、今日は一番ひどかったと思う。
でもそのおかげでお姫様だっこされてしまった!
まともに顔を見れない。
私は顔を伏せたまま、出会った時の事を思い出していた。
森を探索している途中で大蛇に見つかってしまったあの時だ。
この森にはAランク級の危険指定された魔物が数種類いるが、大蛇はその中でも最強クラスの魔物だ。
もうだめだと諦めかけた時、突然クモルが現れた。
すると何故か大蛇は何かに弾かれるように逃げ出したのだ。
まるで「幸運を運ぶ王子様」だと思った。
私の生まれた土地に伝わるお伽話だ。
巨大な蛇竜の生贄にされた村娘を救う旅する王子様の伝説。
そのまま意識を失ってしまったクモルを、私は拠点にしている小屋に運んで看病することにした。
私にとっては命の恩人だ。
見捨てるわけがなかった。
目を覚ましたクモルは自分の名前やこれまでの経緯を教えてくれた。
クモルは異世界からきたらしい。
勇者の話はお父様から聞いた事はあったが、本物を見たのは初めてだった。
でもクモルは勇者の素質がなかったらしく、仲間達から城を追放されてしまった。
その話を聞いて、思わず私も自分自身の話をしていた。
「私もハズレの子なの」
私の父親は偉大な魔法使いだった。
でも私にはその才能が受け継がれていなかった。
私には魔力が無かったのだ。
「だからここに来たの」
私は父親の元を離れ、冒険者となった。
魔法以外の方法で認めてもらうために。
私は難病で困っている人から依頼を受け、この森に来た。
依頼の内容はこの森の主から血液を採取する事だ。
村の医者である魔女によれば、その血液が特効薬を作るための材料になるらしい。
難易度はAランク級か、それ以上だ。
普通なら私なんかが受注できないレベルの依頼を受けた。
目的地であるこの「呪われた森」のおかげで誰もこの依頼を受けようとしなかったから。
おかげで私にもチャンスが回ってきたんだ。
依頼を達成できればそれだけの評価を得る事が出来る。
「自分でもバカだって思うわ。みんなに笑われて当然よ……実際、偶然でもアナタが来てくれなければ私は死んでいたもの」
クモルは真剣な表情で私の話を聞いてくれた。
だからつい話過ぎた。
一方的に自分の話ばかりして、恥ずかしくなる。
「あはは……ごめんなさいね。こんなつまらない話しちゃって」
こんな話を聞かせた所でまたバカにされるだけなのに。
「俺はそうは思わない」
でもクモルは違った。
「自分にできない事を理解して、自分にできる事を思考して、そうして可能性に挑む。それはきっと努力と呼んで良いものであるハズだ」
ブラウンの色をした綺麗な瞳が私をまっすぐに見ていた。
その視線に、なぜか心音が高鳴った。
「行動もしない人が後ろ指を指す事もあると思う。だけど事実は一つだけだ。君だけがこの依頼に本気で答えようとした。それだけだよ。それってすごい事だろう?」
幸福を運ぶ王子様はか弱い男の子だ。
重たい鉄の剣は持てないから、持っている剣はおもちゃの剣。
ただ誰よりもやさしくて、あたたかい心を持っている。
その熱が蛇竜を退けるのだ。
多分、異世界の服なんだと思うけど、ボロボロの変な服を着ているクモルの姿がその時から本当の王子様みたいにキラキラして見えるようになった。
「君は努力している」
だってそれは、私が一番聞きたかった言葉だったから。
私は思わず泣きそうになった。
悲しさじゃない。
クモルのやさしさが嬉しくて、きっと流れるのは暖かい涙だと思う。
でもその後に続く一番最後の言葉だけは予想外だった。
「そういうの、俺は好きだぞ」
「~~~~~っ!?」
顔に火が付いたのかと思った。
涙はひっこんで、かわりに心臓が破裂するかと思った。
だって、好きだなんて初めて言われたのだから。
これって告白だ!
「あ、あのさぁ!? もっと……慣れ慣れしくしなさいよ!?」
私は混乱して良く分からない事を言っていた。
いや、でも間違ってはいない。
告白されたのだから、お付き合いする事になるわけだし……そう、もっと仲良くなるという事だ。
うん、間違っていない。
「えっ、えぇ~?」
「私の名前はサンよ。そう言ったでしょ!?」
「わかったよ、サン。俺は曇だ」
名前を呼ばれるだけでドキドキするなんて不思議だ。
クモルも同じ気持ちになるのかな?
「わ、わかったなら良いのよ! ク……良いのよ!」
私も「クモル」って名前で呼びたい。
でも意識し始めると急に呼ぶのが恥ずかしくなってしまった。
クモルが首をかしげているが、気に内でほしい。
「じゃあ、森の主を探さないとな。そしたら一緒に森を出よう」
それから私とクモルの生活が始まった。
クモルは意識を失うほどに追い込まれていたらしいから、しばらくはベッドで安静にしてもらう。
その分、私が頑張る。
これはチャンスだ。
私の良いところをたくさん知ってもらいたい。
でも、なかなかうまくいかない。
逆にクモルの良いところはたくさん見つかるのに。
私の下手な料理に一言も文句をいわないどころか、美味しいって言ってくれる。
やさしくアドバイスもくれるから、上達してきてると思うんだけど……多分。
……だから今日は狩りで良い所を見せたかったのに、また私だけドキドキしている気がする。
だけどお姫様だっこに興奮している場合ではなかった。
道の先に凶悪なAランク級の魔物が現れたからだ。
「ネラレッドのブラックベアだわ」
私は思考を切り替えて、冒険者として剣を抜いた。
ブラックベアは私が戦って勝てる相手ではない。
状況はかなり危機的だと言える。
でも隠密なら得意だ。
私は凶悪な魔物が徘徊するこの森で何日も狩りをしているのだ。
利用できる植物や地形も頭に入っているし、逃げ隠れは大得意になっていた。
このピンチを華麗に切り抜けて見せれば、きっとクモルも感心するに違いない。
静かに闘志を燃やすこの時の私はまだ知らなかったのだ。
Aランクなんてレベルではない、クモルの本当の力を。
彼こそが真の勇者だったという事実を。
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