011:ネラレッドのブラックベア
朝食の獲物を探して森を歩いていると、巨大なクマがいた。
サンが人差し指を俺の唇に当てて「静かに」と囁く。
静かに俺の腕から降りるとサンは持っていた剣を抜いた。
腰に細身の剣を携えているのは知っていたが、こうして剣を抜いた姿を見るのは初めてだ。
その姿は堂に入っていて、良く訓練されたものに思えた。
道中で木の根やツタに足を取られていた少しドジなサンの姿とはまるで別人のようだった。
「ネラレッドのブラックベアだわ。この辺りでは珍味として有名なんだけど、さすがに一人で挑むのは無謀ね」
剣を抜いたのは念のためなのだろう。
狩りに出る事はせず、茂みに隠れてクマの様子を伺う。
「そうなのか?」
「当たり前でしょ? Aランク級の危険生物に指定されている魔物よ」
ただのクマではなく魔物だった。
元の世界で本物のクマに会った事はないが、確かに目の前のクマの方が大きく、そして爪や牙も鋭い気がする。
「でも美味いんだよな?」
「そうね……あのゴリゴリした見た目とは裏腹にしなやかで柔らかいお肉は絶品よ!」
かなり美味なのだろう。
サンの解説にも熱が入っている。
というか魔物って食べられるんだな。
俺はサンの涎を拭いつつ改めてクマを観察して見たが、やはり脅威には思えなかった。
大蛇の時もそう思ったのだが俺とサンの感覚にはかなり差があるようだ。
「試しにちょっと倒してみて良いか?」
「はぁ!?」
思わず声が出てしまったらしい。
サンが慌てて自分の口を手で塞いだが、時すでに遅かった。
クマがめっちゃこっちを見ていた。
小さく光る赤い瞳は確かに狂暴そうに見える。
普通のクマは目が光ったりしないだろう。
これが魔物か。
だがそれだけだ。
「きゃ!?」
俺は念のため今にも泣きだしそうなサンを片手で小脇に抱えると、近くに生えていた手頃な木を「ドン!」してみた。
神との闘いの中で、俺は衝撃波に指向性を持たせる事を学習していた。
他の生き物に被害を出さないよう、威力も小さく調節できている。
発生した衝撃波が弾丸のようにクマに向かって行く。
クマは「キャイン!」と犬みたいな断末魔を残してあっけなく倒れた。
これが密かにベッドの上で考えていた俺の新技だ。
名付けて……「スナイパー・ドン!」だ。
「う、うそ……でしょ……?」
倒れたクマを確認するとまだ生きているようだった。
威力を調節しすぎて「峰・ドン!」モードになっていたのだろう。
もしかしたら驚いて気絶しただけかも知れない。
まだ本調子ではないようだが、狩りをするには十分そうだ。
「今のうちに仕留めよう。サン、こいつの弱点とか分かるか?」
普通の生き物なら頭か心臓あたりだろうが、魔物にそんな常識が通用するのかは知らない。
「え、えっと……ブラックベアの魔核は確か心臓だったハズよ」
魔物とは、魔王の魔力で生み出された生き物が繁殖したモノであるらしい。
全ての魔物は魔力を持ち、そして魔核という魔力をコントロールする第二の脳のような臓器をもっている。
これが弱点というよりは、これを破壊しない事には魔物はなかなか死なない。
だからまずは魔核を狙うというのが魔物狩りのセオリーになっているのだ。
魔核を破壊しないと魔物が死なない理由は簡単で、魔力を生み出し続け、そしてその魔力をコントロールしている器官だからだ。
魔物はその魔力を肉体の強化や代謝の促進による再生力の増幅など、様々な力として使用している。
逆に言えば様々な力を魔核に頼って得ているとも言える。
魔核を失って魔力のコントロールができなくなった魔物は戦闘能力が著しく低下するため倒しやすくなるというワケだ。
ちなみに脳や心臓が魔核の役割を持っている場合もあり、このブラックベアも心臓が魔力をコントロールしている魔物だった。
「……と言うワケよ」
「なるほどな」
持っていた剣でクマに止めを差しながらサンが説明してくれた。
サンの説明は分かりやすかった。
運動神経はさておき、頭はすごく良い子なのだろう。
「魔核の場所はどうやって見抜くんだ?」
「強い魔力を持っている人間なら見抜けるわ。魔力の流れから魔核の位置を探知できるのよ」
「なるほど」
魔力など感じたことがないので俺には無理だろうな。
でも倒せなくても気絶させる事が出来れば十分だ。
トドメが必要なら気絶させた後で何とかしたらいいだけなのだから。
「ってちがーう! そうじゃない! 今の何よ!? アナタ今、なにしたの!? Aランク級の魔物を一撃で……どうやって!?」
「どうって、こう」
クマを抱えながら視線だけで近くの木を「ドン!」して見せた。
――バサバサバサバサ……。
衝撃で木の葉が舞い落ちてくる。
木にとまっていた鳥が驚いたのか、どこかへ飛んで行った。
「な、なに? 無詠唱の魔法なの……?」
「魔法、なのか? 実は俺も良く分かってないんだが」
サンにはこの森にやってきた経緯の説明はしたのだが、そういえばスキルの事はまだ話していなかった。
俺の勇者スキルである【ドン!】の事は俺にも良く分かっていない。
「なんかこう……念じたり、声に出したり、あと物を叩いたりしたら敵をふっとばせる」
今の所はそういうスキルだと解釈している。
「なによ、それ……聞いたことないわよ、そんなの? ……というか威力おかしいでしょ!?」
サンはポカンと呆れ顔だった。
「へぇ、そうなのか? さっきのでもかなり威力を抑えている方なんだが……まだ体力も全快って感じではないし」
「~~っ!? ウソでしょ!? 今ので手加減してたって言うの!? Aランク級の魔物を相手に!?」
良く分からないがめちゃくちゃ驚かれた。
俺には脅威とは感じられなかったが、サンにとってはかなり強い魔物に見えるのだろう。
いや危険度の階級があるという事は一般的な認識か。
確かサンが冒険者と言っていたな。
この世界には魔物退治を専門にする傭兵のような職業の人々がいるらしい。
Aランクはその階級で、かなりの手練れしかなれないらしい。
ブラックベアはそれくらいのレベルの冒険者が相手をするべき魔物だったというワケだが、やはり勇者の基準とは違うのだろうな。
となると勇者と騎士や冒険者の間にもかなりの力の差があるのかも知れない。
ザコ認定されたスキルでこれなのだから、本当の勇者たちの力はどんなものになるのか……想像もつかない。
あの城から俺が無事に逃げきれただけでも奇跡だな。
「はぁ~~~……なんか変な人だと思ってはいたけど、やっぱり只者じゃないのねアナタ」
大げさなため息と一緒に、さりげなく悪口を言われた気がする。
「まぁ細かいことは良いさ。まずは小屋に帰ろう」
ひとまず狩りは成功と言って良いだろう。
大物が獲れた。
だが本当の戦いはこの後にある。
そう、朝食だ。
しかし俺はすでに閃いていた。
この後に訪れる地獄を回避する方法を。
俺は隠れ家への帰り道で、さり気なく、出来るだけ自然に、そしてやさしい声色でサンに声をかけた。
「いつも朝食を用意してくれてありがとう。大変だったんだな」
顔を見なくてもサンが赤面するのが分かる。
思考能力を鈍らせ、そこですかさず止めの追い打ちだ。
「だから今日は俺に任せてくれ」
「ダメ。私、料理すきだから」
めちゃくちゃ冷静に返り討ちにされた。
作戦は失敗である。
これが地獄だ。
この世に神はいないのだ。
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