006:本当の目的


「ギィャアアァアアアァァァァァアァァアァアアッッッ!!!!」


 響き渡る神の絶叫と共に世界が砕けた。

 灰色の欠片が吹雪のように舞い、視界が暗む。


 世界の破片が消え去ったその後には見覚えのある部屋の風景が広がっていた。


「ここは……」


 試練の儀式を行った部屋だった。

 俺達はここで儀式によって現れた扉から、試練のための世界へと入り込んだ。


 その世界から元の異世界に戻ってこれたらしい。


「やった……のか……?」


 神を倒した。

 手の平に残る痛みでそれが夢ではない事を自覚する。


 相手に直接衝撃波を送り込む「ダイレクト・ドン!」は予想を超えた威力を発揮してくれたようだ。

 だがその代わり、俺の手に痺れるような反動もあった。


 腕に上手く力が入らない。

 神に触れた俺の右手はしばらく使い物にならないようだった。


 それに身体も重たい。

 能力を使いすぎたせいか、それとも戦いによるダメージのせいなのか。


「ゴリ……!」


 ゴリは俺をかばった体制のまま、意識を失っていた。

 だがまだ心臓は鼓動を止めていない。


「良かった……今度こそ……」


 結局、スキルの解放はできなかったのだろう。

 試練の世界から帰ってきても、変化は感じられなかった。


 だが帰って来ることができた。


「そ、そんな……あり得ないっ!?」


 部屋には他にも人がいた。


 儀式を補助してくれた魔法使いの女の子たちだ。

 城では【行巫女】と呼ばれていた。


 ずっとこの部屋にいたのだろう。

 試練が終わるまで待っていてくれたようだ。


 いかにもファンタジー世界の魔法使いみたいな姿でトンガリ帽子にブカブカのローブを着ている少女たちは、部屋の隅で縮こまり、俺を見てあんぐりと開いた口をパクパクさせている。


「……どうしたんだ?」


 少し様子がおかしかった。


 まるでお化けでも見たみたいな表情だ。

 いや、それほど俺の状況は絶望的だったという事だろうな。


 俺はともかくゴリは実際に死にかけているし、すぐにでも治療ができる人を呼んでもらおう。


「あの、すいません。試練は失敗して……」


「どうして……どうやって戻ってきたの!?」


「え?」


「この試練がクリアできるワケがない……伝説級の勇者ですら……」


「え? いや、話すと長くなるので、ひとまずゴリを……この人の手当を……」


「あり得ない……!! どうしよう、どうしたら良いの……!?」


 またかよ。

 行巫女たちまで俺の話を聞いてくれない。


 誰も俺の話を聞いてくれない。


 何でだよ。


 誰かゴリを助けてくれ。

 誰でも良いから人を呼んでくれ。


 そんな願いが通じたのか、俺や少女たちが呼ばずとも人が集まってきた。


「動くな貴様ぁ!!」


「えっ?」


 バタバタと慌ただしく集まってきたのは重厚な鎧に身を包んだ城の騎士達だ。

 その中に取り囲まれるようにして国王もいた。


「はぁ~~~、全く困るなぁ~~~」


「イ、イヨ様……! こ、これは……これにはワケがありまして……!!」


 イヨ様と呼ばれた男。

 この国の現国王であるイーヨ514世だ。


 国王を見た瞬間、少女たちの顔から血の気が引くのが分った。

 誰が見ても分かるくらいに怯えて、慌てて弁明の言葉を探している。


「これだから最近の異世界人はよぉ~~~、もう少し空気が読めないモンなのかねぇ~~~」


 王はこの世界の事を教えてくれた時の、温和で誠実そうな最初の印象とはまるで違った。

 一瞬、別の人間かと思うほどの豹変ぶりだ。


 ひどく気だるそうな言葉と仕草で俺の前に歩み出る。


「殺せ」


 男の一言で、騎士が剣を振り下ろした。

 その刃は俺ではなくゴリを狙っていた。


 ――ドンッ!!


「ぐわぁ!?!?」


 俺はとっさに無言の「ドン!」で剣を弾いていた。


「おいおいおいぃ~~~……庇うなよそんなヤツはよぉ~~~。そいつにも死んでもらわないとさぁ、目撃者なんてモンが存在してもらっては困るんだよなぁ~~~~~!」


 そういう事か。

 俺は理解した。


 最初からこいつらは俺に死んでほしかったらしい。


 理由は知らない。

 だがこいつらは最初から試練を超えて俺に戦力になって欲しいわけではなかった。


 俺に試練で都合よく死んでほしかっただけなんだ。

 このゴリと一緒に。


 俺はゴリのことなど何も知らない。

 どんな人なのかも知らない。


 ただ、恐らくは王国とって都合が悪い人間なのだろう。


 だから俺との二人組に選ばれたのだ。

 そうすることで何もかもが都合よく行くから。


 頭が割れそうなほど痛い。

 視界も霞んできた。


 恐らくは極度の疲労だろう。

 限界を超えて、更にスキルを使ったせいだ。


 身体の悲鳴はずっと聞こえている。


「大人しく死んでくれよなぁ~~~、勇者に成れなかった哀れな男としてさぁ~~~!」


 試練など受けるべきではなかった。

 そもそもこいつらを信じるべきではなかったのだ。


 そうすれば、少なくともゴリは巻き込まれずに済んだかもしれない。


「二人仲良くあの世へ行けよぉ~~~~~!!」


 王の気だるげな声があまりにも耳障りに聞こえる。

 あの神を名乗った悪魔の声みたいだ。


「黙れ!!」


 くやしさから俺は拳を地面に打ち付けていた。

 ドン! と床が音を立てる。


 ――ドンッ!!!!!!!!


 その時、あり得ない程の振動が生まれた。

 そして振動から発生した衝撃波が騎士達を部屋ごと吹き飛ばしていた。


 悲鳴すらも衝撃が呑み込んで消し去る。


 瞬時に理解できた。

 スキルの使用者である俺にしか分からないだろう感覚だ。


 これが本来の【ドン!】の使い方なのだと。

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