003:神の試練②
「ゲギャギャギャギャギャ!!!」
ゴブリンが笑っているのか怒っているのか良く分からない叫び声で襲い掛かってきた。
ゴブリンがゴリにやった事は、ただ駆け寄って、素手でぶん殴る。
それだけだった。
ただそれだけの単純な攻撃。
だがその動きの速度が尋常ではなく素早かった。
ゴリはその動きに反応すらできずに壁まで吹っ飛ばされてしまった。
2メートル越えの巨体が数メートルはぶっとんだのだ。
速度だけじゃない。
筋力もハンパではないのだ。
「マジかよ!? うおっ!?」
俺はとにかく全力で避けた。
ゴブリンの平手が地面を砕いて巨大なひび割れを作り出す。
――バキバキバキィ!!
「…………っ!!」
あまりの恐怖に息が詰まる。
全身に鳥肌が立つその一方で、俺の頭は冷えていた。
普通に考えれば分かる。
格闘技なんてやったことのない俺に回避できる攻撃じゃなかった。
何かを思考する間もなく殺されていたに違いない。
……だが、俺は反応できていたのだ。
勇者として、神の加護たるスキルを得たからだろうか。
敵の速度があり得ない程の素早く凶悪であると理解しながらも、俺はそれに反応できていた。
「ゲギャ! ギャハ!」
それでもギリギリだ。
ゴリの無事を祈る暇もない。
一発でも攻撃を食らえば俺も同じ目に合うのは間違いないだろう。
それすなわち、死である。
生き残るには目の前の敵を何とかするしかない。
「こんな所で死ねるかよ……!!」
俺には武器も何もない。
召喚された時、ただその時に来ていた衣服だけは身にまとっていたが、それ以外の持ち物は何もなかった。
スマホも時計もカバンもない。
俺に使えるものはたった一つしかなかった。
「頼むぜ……!!」
例えそれが全員にザコ認定されていたとしても、頼れるものは与えられたスキルだけなのだ。
使い方も何もわからない。
ただ俺の推理が当たっていてくれと、それだけを強く願い叫ぶ。
「ドンッ!!!!」
想像したのは気合だ。
強烈な気合。
漫画とかで良くある気合や勢いだけで敵を吹っ飛ばすシーン。
そして願いが通じたかのように【ドン!】が発動した。
――ドンッ!!!!
まるで俺の想像と同じように、衝撃音と共にゴブリンが見えない力に吹き飛ばされたのだ。
それもかなり強力な力である。
「ゲギャ!?!?」
ゴブリンは10メートル以上ふっとび、壁にめり込んで動かなくなった。
「合っていた! 使い方は合っていた!」
自分に言い聞かせるように言葉にしてしまっていた。
同時にガクンと膝が折れる。
「ハァ、ハァ……」
体は恐怖で忘れていた呼吸を思い出したようだった。
酸素を得て血流が加速する。
全身が痺れた。
おかげで生き延びた事を実感できた。
「ゴリは……!?」
フラつきながら立ち上がり、壁にめり込んだままのゴリに駆け寄る。
意識はないままだったがゴリの心臓は動いていた。
「気絶しているだけか……良かった」
俺のせいで犠牲になったのかと思った。
そんなの嫌に決まっている。
本当に生きていてくれて良かった。
ホッと胸をなでおろしたのも束の間だった。
「ブギャギャギャギャギャ~!!」
新しい叫び声が現れ、俺に迫っていた。
今度は茶色に近い灰色の体。
ゴリよりデカい巨体の敵だ。
ブタに似た鼻とイノシシのような牙。
俺の知識で言うならオークと言ったところか。
荒削りの棍棒みたいな武器も持っている。
大抵のゲームで、ゴブリンの上位互換みたいなやつだ。
「やっぱりかよ……!」
予想はしていたが、その予想にはハズレてほしかった。
やはり試練はゴブリンだけではなかったのだ。
こうなったら以上はやるしかない。
俺のスキルが……ザコ認定されたスキルでどこまで戦えるのか試すだけだ。
使い方は分かった気がする。
後は【ドン!】を信じるしかない。
「いいぜ」
俺は走った。
いつもよりも体は軽い。
おそらく俺の速度は魔物に匹敵するくらいにはあるんだろう。
これが神の加護だというのなら、素直に神に感謝する。
まだ恐怖心はある。
でも先ほどよりは随分と薄らいだ。
俺には【ドン!】があるのだから。
「やってやるさ」
どうせそれしか道はない。
やってやる。
やるしかないんだ。
ゴリを巻き込まないようにできるだけ離れ、敵の近くで叫ぶ。
「うぉぉぉぉぉ!! ドンッ!!!!」
オークが吹っ飛んで死んだ。
「ドンッ!」
更にデカいトロールも吹っ飛んで死んだ。
「ドンッ!」
トロールより更にデカい巨人みたいな奴も吹っ飛んで死んだ。
「ドンッ!」
巨人より更にデカいなんかもう良く分からんヤツも吹っ飛んで死んだ。
「ドンッ!」
そして俺は戦い続けた。
とにかくどいつもこいつも吹っ飛んで死んでいった。
「ドンッ! ドンッ!! ドンッ!!! ドンッ!!!!!」
それからどれだけ戦ったのかは覚えていない。
部屋に静寂が訪れた時には俺の声は枯れかけていた。
「ハァ、ハァ…………!!」
そして目の前では、巨大な黒いドラゴンすらもが壁にめり込んで死んでいたのだった。
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