1-13 掘り返された歴史

多くの民は、余らが歩みゆくこの大地の下に眠るものに目を向けることは決してない。悠久の時を掛けて土砂に埋もれた過去の栄華は、彼らの営みになんら影響を及ぼさぬと考えているからである。


朝日と共に目覚め、陽の高いうちに汗を流し、陰りと共に家路へつき、夜には家族と安らぐ。およそ人類に許された最上の贅沢であろうこれらの営みを、容易く奪う存在が長年に渡り悠々と闊歩しているなどとは、僅かばかりも考えぬのだ。たとえそれに気付いた賢明なものが居たとしても、事実を知る頃にはすでに鼓動を止められているか、または他の信じぬものたちから憐憫の目を向けられているであろう。


日々に忙殺され文化を解さぬものたちとは異なり、この土地のものたちは土塊によって隠された過去の偉業に目を向ける余裕を持つ。その多くは教区に生業を持つ聖職者たちであり、彼らからの依頼を受けた文化を解さぬものたちの手で、その真なる目的を知らぬままに、時の流れに埋もれた文化は掘り返される。


伝統と格式によって長きにわたり守られ続けた聖職者たちは、今ではその威厳を未来永劫に保とうとする邪なもので溢れかえってしまった。かつて一人の魔術に目覚めた男を崇拝し、樽に満たされた水を葡萄酒に変え、虚空からパンを生み出す御業を救いであると泣いたものたちはすでに居らず、固く閉ざした秘密の扉の奥底にて、信者が知らぬをいいことに性欲に溺れ女とまぐわい、神の血であると嘯きながら酒をあおるのである。


そしてそれを知らぬものたちが、僅かばかりの給金目当てに歴史を掘り返し、さも余らの先祖の時代よりイエスの聖名は我らに救いを与えたもうたと、カトリックのものたちの立場を盤石にするのである。しかし此度は少々毛色が異なり、掘り返した歴史の中から恐ろしき魔のものが目覚めてしまったようだ。


新たな友の計らいにより、目指す遺跡の発掘作業に潜り込むことは叶った。黒死病の流行から時は経つが、この地にはいまだに水が病を運ぶと恐れて近づかぬものが多く、怪しまれぬよう余も身体を水で清めることが出来ぬのが少々辛くある。しばらく同じ作業に取り組むものたちから警戒心を取り払えば、おのずとその心に余に対する繋がりが生じる。それは殆どの場合が友情であり、慈しみである。芽生えた繋がりが枯れるより前にそのものに問えば、警句と共に易々とくだんの場所を教えてくれる。


遺跡は石工が粗く切り出した花崗岩を組み上げたもので、かのカール大帝の統治せし時代の砦であると思慮する。友が言うには、土から顔を出していた砦の上部を発見してからすでに二年は経過しているらしく、周囲の土はかなりの深さまで掘られ、砦の上階に当たる階層の、打ち壊された木製の扉部分から内部へ至ることになる。


かれこれ千年は経つであろう砦だが、岩石の強固さ故か、木製品を除き内壁の劣化は思いのほか進んでおらず、ランタンの灯で照らしてみても、いまだにその全てが原形を保っている。数ある部屋には銀製の食器や燭台が散乱しており、床に落ちていた革紐を手に取ってみると、自らの重みに耐えられず持ち上げた端からぷつりと切れて落ちる。所々に走る亀裂は、戦でつけられたであろうものも、風化によってついたものも至る所に見られ、山と積もった土埃と相まってかつての堅牢であった砦の盛衰を物語っている。


くだんの穴は、当時は地下に据えられていたであろう砦の最下層、他の石畳とは異なり、むき出しの土の上に築かれた一室にあった。規則正しく並べられた様々な大きさの十字架が、その部屋は当時の偉大なる戦士たちが眠る墓場であることを知らせている。しかし部屋に踏み入った途端に漂う湿り気を帯びた黴臭い空気に、余は改めて確信を得た。間違いなくこの部屋は、彼奴等の根城に繋がっていると。


奥まった壁に走る大きな亀裂には、人ひとりが通れるだけの大きな穴が開いており、一目見ただけではわからぬが、決して自然にはつかぬであろう何らかの道具によって岩を穿った跡があり、何ものかの手によって砦の外側から開けられたことが分かる。


恐らく墓を掘り返してみても、戦士たちの眠る姿はここにはないだろう。幾つかある根元から折れた十字架は、朽ちたために折れたのでなく、なにかの重みや衝撃によって折られたのが見て取れた。いつの頃かはわからぬが、屍食鬼たちが眠る戦士たちの上で、喜びのあまり暴れまわったに違いない。

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