1-12 血液の真実
血の真実を知る魔術師たちは、すべからくその血を恐れねばならない。
己のうちに流れる血液のみが、その身に刻まれた傷を癒す根源であることを知る医者であっても、この真実を知る者はほんの一握りのみであって、表沙汰にすることの憚られるこのようなことは、まことの信を持つ友にのみ密やかに伝えられるべきことである。
血に含まれる魔力をもって、人は生きることが叶う。食物から得られる栄養に等しく、血液は身体の隅々に至るまで魔力を運び、その身を動かす無二の活力となる。心穏やかな時を過ごすことのみがこの魔力を内に生み出す役を果たし、人の身ではその自然の流れに逆らう事も止めることもできず、ただ身を任せて素養を取り込むのみである。
多くの術は、この血に含まれる魔力をもってなされる。その魔力を波及させる業で知られるものは、すなわち”音”と”形”である。魔力のみが、常世の裏にある無明の世界へと力を働かせる術であり、音の響きが生む波が無明の奥へと力を運び、文字や印の形がそれもって力をその場に留め続ける。これを知らぬものにとって、血とは汚らわしいものである所以は、古代の魔術師がその力をひた隠すために遺した寓話の名残なのやもしれぬ。
多くの術を行使するのは、等しくそれだけ多くの血を流すということであり、この血に慣れるということは、晴耕雨読に勤しむ民の心は二度と理解できず、ありふれた日常にはもう戻れぬということである。
再びここに残す。貴殿もまた血を恐れるべきである。
これまで幾千もの術が魔術師によって解き明かされたが、同様の術を異なる自然法則に充てて使われる例も、同様の材料で異なる事象を引き起こす例も山ほどあり、一概にどれが正しいと言うことはできないが、余のもとに齎された新たな魔術は手紙の形をとって現れ、このように示された。
首飾りのもの曰く、これはあの無貌の小像を彼奴等に引き合わせた褒美なのだという。屍食鬼ごときが褒美などと宣うは厚顔無恥も甚だしいが、ただこの時ばかりはなんとも都合の良いものであり、少しばかり彼奴等の知恵を羨んだ。
もしや彼奴等は、既に余がシャルトルへと向かうことを知っているのではなかろうか。だとすれば、余に張り付く監視の目は未だ解かれておらず、余の身に危険が及ぶのも時間の問題やもしれぬ。これが余の心のうちに巣食う死への恐怖が齎す、現実とかけ離れた単なる世迷言であることを切に願う。
馬で一日半の道のりを駆けてたどり着いたシャルトルは、思いの外活気に溢れていた。
町の象徴である大聖堂は、高くそびえる二本の尖塔にブルーを基調とした煌びやかなステンドグラスが栄え、長く続くカトリックの栄剛を如実に表している。また流石にパリ程ではないが、往来に行き交う人々の顔は明るく、まことにこの町に屍食鬼が潜んでいるのかと余の心に僅かばかりの疑いが芽生える。
それでも教会の庇護下から少しばかり外れれば、宵の口にはどの町にも賑わう酒場があり、民が抱える日頃の憂さを強い葡萄酒で洗い流しているものである。くだんの遺跡は町から南にしばらく進んだ平野にあるらしい。この広大な町に酒場は数あるが、南を探るのが良いだろう。
貴殿も酒場へ潜り込むならば、警戒心を抱かせぬよう宿で装いを変えるのが賢明である。手桶の水で香水を落とし、街行く民の服装を調達し、暖炉の煤で頬や爪の間を汚したうえ、嗅ぎ煙草を紙巻に変えてしばらく燻らせれば、一目見たばかりではおよそ貴族であるとは計られぬ。
あまり大口を開けて笑わぬよう。歯の黄ばみばかリは簡単には装えぬため、目聡いものが見ればすぐに貴殿の正体を見破ってしまう。侮るべからず。
余の場合、幸運にも二軒目にて発掘作業に従事するものたちを見つけることができた。貴殿に幸があるならば、卓の全員に酒の一杯でも奢り、しばらく愚痴を聞いたのちに職を探しに来たと言えばいい。人手の足らぬ仕事であれば、翌朝にでも目的にありつける事であろう。
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