1-10 首飾りのもの

嗚咽おえつの止まらぬ身体を何とかうろの外までり出し、出来るだけ空気を吸わぬように中へと戻っては、遺骸いがいの放つ体温で蒸し暑い洞の中から、その身体を持ち出すことを繰り返した。最後の一匹をやっとの思いで持ち出したが、腐敗ふはいを恐れて休む間もなく、川へと向かい遺骸を水に漬けて冷やした。


充分に冷えたところで、遺骸から血や骨皮や爪をあらく取り、店主から要望のあった目玉も忘れず切り離すと、残りは川縁かわべりの砂地へと打ち捨て、かつての実験場へと足を向けた。

採取した品の処置を手早くしたつもりだが、二匹分の血と皮は腐ってしまったため土に返し、目玉は干物にすべく木の枝に吊り下げた。


その夜であった。焚火たきびから弾け飛ぶ火の粉を目で追いつつ座り込み、これまでに得た屍食鬼グールどものことについて思案していたところ、気が付けば睡魔に襲われていたらしく、うつらうつらと首を降ろしては、それに気が付き首を戻しと繰り返していた。気が付けば右の目端めはしに獣の影が映りこんだことに驚き、枕下のナイフを取り、立ち上がり構えた。しかし既に全てが終わっていた。


余の眼前に、先ほどまで解体していた屍食鬼の姿が映ったのかと一瞬見紛みまごうたが、すぐにそれが別の一匹であると分かった。首に獣の牙や骨を削って作ったであろう首飾りを下げ、手首には焚火の灯りを銀色に跳ね返す細い輪飾りを付けた屍食鬼が、あと一歩で余の間合いに届くところに立っていた。

それだけではない。その一匹に数歩すうほ間を置いて、余を取り囲むように輪を作る八匹の屍食鬼が、一様に余の身体を見つめていた。


肌がぷつぷつと沸き立つ感覚に死を覚えた時、首飾りの屍食鬼の口から、「貴様は何者」という音が漏れた。

なんとこの屍食鬼は、人語を介すのだ。あまりの驚きに余の全身を湿しめらすかのごとく汗がき、気が付けば覚えた屍食鬼の言葉で名乗りを上げていた。

首飾りのものもまぶたを押し広げ、驚きを隠すこともなかった。そして、少しの間を置いて周囲を囲む屍食鬼どもが一斉にギャギャギャギャと、嘲笑ちょうしょうの混じる笑い声を上げた。


この距離の内でわずかでも可笑おかしな振る舞いが見られたら、彼奴等は容易く余の息の根を止めるであろう。少なくとも、呪法の力に頼るだけの時間も与えてはくれぬ距離であった。しかし、彼奴等の思惑おもわくは余のそれと異なり、首飾りのものは、洞でまつられていたあの顔の無い小像を求めてきた。


構えたナイフを降ろさず、慎重に言葉を選んで何故なにゆえこれを求めるのかを問うたところ、小像は彼奴等の敵対する部族が宝と抱えていたものであり、そのものたちの隙を突いて盗み出し野に出た”はぐれ”どもが、幾年いくねんにも渡り隠し持っていたものであるという。

返す言葉で彼奴等に対し余の目的を告げ、余の命を奪わずここを去るのなら小像を渡してもよいと述べ、余の背後に立つものたちへ輪を広げるよう促した。彼奴等も存外素直に応じ、枕元の背負い袋から小像を取り出し、それを足元に置いて、余はゆっくりとした足取りで三歩下がった。


首飾りのものが近づき小像を手に取ると、その手を高々と振り上げて、像を地面へと激しく投げつけた。小像が音を立てて首元から折れ、胴の部分と分かたれたのを見て、首飾りのものは意地汚い声で高らかに笑い出し、つられて周りも小躍こおどりをはじめた。はたから見れば、余をこれから喰らうという儀式に見えたことであろう。


首飾りのものの顔からゆっくりと笑みが消え、先ほどまでの余をにらみつけるような鋭い目に戻った時、彼奴はおもむろに余の死角にある木の枝を指差し、「喰らえ」と言った。木の枝には、振り返るまでもなく目玉が干してある。少しでも振り返れば命はないと分かっていたために、余は視線を首飾りのものから外すことなく木の枝へと近づき、からびはじめてしわの寄った目玉を手に取った。


再び「喰らえ」と促され、一縷いちるの望みをかけて目玉を口に頬張ほおばり、その乾きかけの表面に舌をわし、奥歯へと運んで力の限り噛んだ。

口中に塩気とぬめりの強い液体が一杯に広がり、鼻から生臭い息が漏れた。吐き戻しそうになるのを何とか押し留め、数度の咀嚼そしゃくののちに喉の奥へと送り出し、口を開いて空であることを彼奴に見せつけた。


すると、余を囲む輪が開かれ、八匹が全て首飾りのものの後ろへ回り込んだ。「ちぎりは果たされた」と首飾りのものが述べ、余の足元に金属製のさじを投げてきた。あまり流暢りゅうちょうではない言葉であったが、余に仕事がある時は向こうから参るため、余から用がある際はこの匙で呼べと言った。

平らな石などに血を垂らし、しずくが盛り上がったところをこの匙で叩けば、血の魔力が匙の響かせる音にのせて広がり、首飾りのものの耳に届くという。


それだけを伝え終え、低い声でぶつぶつと何やら呟くと、途端に焚火の火が掻き消え、辺りを夜闇が包み込んだ。そして、数秒の後に彼奴等の気配も掻き消えた。

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