1-8 空洞の顔貌

教会のものたちは、ことあるごとに神をしんぜよ、信ずれば救われるなどとうそぶくが、これまでに神が余を救ったことなど一度たりとてない。かつてプロテスタントとカトリックが分かたれる以前、聖職者たちは余らが見知る星の外から訪れるであろう脅威に対するわざを秘めていたと聞くが、今ではその多くが神を盲信もうしんするだけの狂信者きょうしんしゃとなり果てている。


国教こっきょうであるがゆえに、表向き余もイエスを信じていると口にするが、常世とこよがもつまことの有様ありさまを知ったのちにこの信仰を貫くことなど、余の知る限りあり得ぬ話である。


まことの神は、民草たみくさに平安をもたらすことに興味などなく、ましてや人間のような卑小ひしょうな存在に気を向けることなど、まずもってあり得ぬことである。


四日ほど洞穴の周囲を確認したが、彼奴等きゃつらの住まう洞穴は単一の入り口しかもたぬ自然洞しぜんどうであると思慮しりょする。人類の祖先が大地に足を付ける以前に起こったとささやかれる、大地の変動によるものであろうか。いくら周囲を探索してみても、似通にかよった洞穴を見つけることはなかったため、うろの内から外へと出るにはこの穴をもってする他ない。


洞の中を慎重に覗き込み、彼奴等の姿が未だ闇の奥底に沈んでいることを確かめ、内側の岩壁におおいなる印を掘り込むべし。かようにすれば、彼奴等はこの印から放たれるおののき、入り口に近づくことさえ叶わぬだろう。


彼奴等がいかなる理由でこの印を恐れるのか。それは、悠久ゆうきゅうの昔にこの地に降り立った、星々の深淵しんえんよりきた邪神じゃしん七柱ななはしらの脅威に対抗すべく、まだこの地に生命が誕生する以前に世界を支配した、咲き誇る花のような容貌ようぼうをした五本足の生命体によって作り出されたものであるためと店主より伝え聞く。彼らはのちに訪れた別の生命によって、その名残のみを残し根絶こんぜつしたとされるが、今もって残るものが居たとしても、その力は大きくがれている事であろう。


この印の素晴らしさは、七柱の神をあがめるものにすらその威をもって障壁となすことであり、村の家々に刻まれた印がその力をもって村を守るならば、洞穴の深奥に棲む彼奴等にもまた、同様の効果を与えてくれることだろう。


店で手に入れた夾竹桃しょうちくとうの枯れ枝を、洞穴の入り口にて井形いがたに組み上げ火を起こす。貴殿は決してこの煙を吸うことのないよう。この煙は生命にとっていちじるしい毒であり、この毒に犯されたものは、数日の間 嘔吐おうと下血げけつが治まることはなく、貴殿の脈動に強く作用するため、時にその身が耐えきれずにこと切れてしまうが、いかなる薬もこれを抑えることはできぬため、これを用いる際は重々じゅうじゅう注意されたし。


一晩中火を絶やすことなく洞穴の隅々にまで煙を送り続けたのち、さらに一日の間を置けば、洞の内には静寂のみが残される。なぜ村を訪れた知恵あるものが彼奴等を野放しにしたのか、思案したところで答えが出るものでもなく、余は早々に思考を手放した。

腰の曲がった屍食鬼グールどもならばかがむことなく往来できるのであろうが、余の上背うわぜいには少々窮屈に過ぎる入り口をくぐり、ランタンの灯りを友に進めば、そこは地の底へと続く下り坂であるとわかるだろう。常永久とことわに続くかと思わせるほどに長い道を下れば、青黴あおかびが生む甘い臭いに、徐々に腐肉ふにくが発する悪臭が鼻の奥に突き刺さるようになる。これに引くことなく進み続ければ、まず目につくのは開けた鍾乳洞しょうにゅうどうであろう。


屍食鬼どもの生活が良く分かるほどに、その痕跡は冒涜的ぼうとくてきなものであった。

肉片がところどころに残る骨が、天蓋てんがいに付くほどうずたかく詰まれ、猛烈なまでにはえたかり、うじが小山と呼んでいいほどに湧き上がりうごめく。屍食鬼どもの身体が放つ異臭は、このおぞましい空間にむがゆえの事であろう。


闇に光を照らすごとく、奥まった先まで歩みを進めれば、一匹、また一匹と地に伏した屍食鬼どもの姿が見えてくる。目につく彼奴等の蟀谷こめかみにナイフの刃先を当て、手ごろな石で柄を叩けば、毒に伏しただけであろうが死んでいようが、結局は同じことである。


鍾乳洞の最奥には、最も巨大な鍾乳石を穿うがちち時間を掛けて削られた、人ひとりが寝そべることが出来るほどの台座があり、その表面は乾いた血が灯りを跳ね返すまでに幾層にも堆積していた。しかし、その背筋の凍る光景よりも余の目を引いたのは、その枕元に置かれた恐ろしいまでに美を感じさせるほど緻密ちみつに彫られた、石造りの小像であった。


その姿は、一見取り立てて面白味のない街人まちびとのもののように見えるが、その顔貌がんぼうは段を積み重ねたかに見えるよう深くえぐられており、抉りの先は後頭部を貫くよう小さな穴が開けられていた。


顔があるべき場所の方からその穴を覗き込むと、今にも吸い込まれるかのごとき心地ここちがし、余は慌てて目をらすほかなかった。

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