1-7 見据えるものへの対価

己の身一つで全てをまかなえるほど世界はやさしからず、時に他者へ助けを求めることも必要である。

しかし己の内と外、一度どちらかへのかたむきが過ぎれば、いずれは釣り合いがたもてず、戻ることもかなわぬまでに身を落とす。

他者をたすくことはそのものの領分りょうぶんを犯すことに他ならず、その行いが過ぎたるものなら、自ら立ち上がることを忘れ怠惰たいだおぼれる。己の身をかえりみぬこともまた等しい。

自分じぶん可愛かわいさにその身を惜しみ、他を助くことを忘れるもまた、傾きの過ぎたることである。

魔術師たるもの中庸ちゅうようたっとぶべし。師よりたまわりし言葉である。


二匹の遺骸いがいを細かくほぐして森行くけものに与えれば、彼奴等は揺らめきをも残さず常世とこよから消え去る。

日持ちのせぬ臓腑ぞうふなどは獣に食わせ、残る骨皮ほねかわからはよくよくあぶらをこそぎ取り、皮はなめし、骨は木皮もくひいぶせば価値を持つ。

時が惜しければ、骨皮は多少値は落ちれど塩漬けにしてもかまわない。

特に血液は一滴残らず搾り取るべし。血管をナイフの背でしごき出しせば、余らのような魔術に長けたものに重宝ちょうほうされる。


ノートル・ダムのほど近く、サンジェルマン通りから裏手のドマ通りへと入れば、道まで漂う薬草の香りが向かうべき場所を示してくれるだろう。

この店は、魔術の心得のある者ならば一度はたずねるべき場であり、古くから伝わる製法で作られた、狩猟しゅりょう潜伏せんぷくに役立つ錬金薬や情報を多く扱う。ある種の香りを嫌うものどもを寄せ付けぬよう、常に店外にまで吊るされた山のような薬草の束が、魔除まよけの役割を果たしている。


この店を訪れるものは魔術師のみならず、不調をきたした民衆も多いため、店内でやたらと魔術の絡む話をするは固く禁じられている。貴殿ならば、店の主に大いなる印を見せるだけでよいだろう。その道のものであることを示せば、主のかたわらに控える大柄おおがらなものが、店の奥への案内役となる。


店と裏手の家を繋ぐ隠し通路へ入れば、まことの店主が有益な品々の収められた部屋にて待つため、右手の甲を胸に当て、足を閉じての一礼をもって取引の開始となる。この所作しょさを知らぬまま訪れるものは、その後店から出ることはないと言われており、その仔細しさいについては余も師から聞かされてはいない。右手、右腕の無きものは、肩の動きでそれを示せばよい。寛容かんようではあるが、決して敬意けいいしっすることのないよう忠告す。


この店の商いが、金銭によって行われることはまずもってなく、支払いには相応の品を引き渡すのがこの店の規約である。こちらの要望は相応の対価によってり行われ、支払いが釣り合えば成立となる。求めに対し支払いが多くとも少なくとも、店主の首が縦に振られることはない。これは店主が中庸を貴ぶがゆえの事であり、一方へのかたよりはのちに大きな災いを引き起こすと心から信じている。それゆえに店主の目利きは絶対であり、しんの置けるものである。


扱う品は数知れず、薬草に錬金薬、術具じゅつぐに情報、魔術に関し有益な品々ばかりであり、手元に無い品であっても価値さえ釣り合えば、よほどの品でない限りは数日ののちに店へと並ぶ。とりわけ多くの魔術師は知恵に最上の価値を置き、新たな知恵のためならばその身すら容易たやすく投げ打つ。知恵だけが己を助け、他を助くことを知り抜いたものたちだからある。


たとえわずかでもこの店の真実を民衆へ漏らせば、聞いたものを含め必ずその命は奪われる。いかに遠方へ逃げようとも、必ずつかいのものがどこからともなく現れる。聞いたところでは、遣いのものはおよそ人と呼べるような生易しいものでなく、顔面が雲で隠れるほどの巨人とも、細身の角ばった犬のような獣とも言われ、なにやら異形いぎょうのものであることには違いない。

それほどまでにこの店は危険をはらむ。品の扱いをあやまれば、一夜にして国がほろぶとまでささやかれているが、たとえわきまえぬものであろうとも相応の品を持ってすれば、必ず釣り合う品を引き渡す。なんとも恐ろしいことこの上ない店である。


屍食鬼グールどもから得た品々を全て引き渡すも、余の望みに釣り合うことはなく、仕方なく別の策に釣り合うよう思案しあんしたのちに、数種の薬草薬品と情報を得て店を後にした。


ここまで来たならば、もう後戻りすべきではない。余の望みにあたう価値ある品が必要がある。

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