1-4 研鑽の成せる罠

何かを継続することのみが、人に与えられた唯一の”生きるべき理由”である。

たとえそれが、民衆に望まれることあたわぬ事柄であっても。

天に浮く星々の運行を書き記した賢人たちの記録は数知れず、悠久ゆうきゅうの果てである今日こんにちまで語り継がれ、その記録を寄り辺に新たなものたちが探求を進めてゆく。ゆえにこよみがあり、時の流れは人のいとなみに根を下ろすようになった。


魔術の探求も決して一日にして成らず、古来からの知恵の研鑽けんさんをもってこれを成す。

脆弱な人間が事を成すには、不断の努力が欠かせぬことなのだ。


いつ訪れるかも分からぬ成就の日を待つのは生中なまなかのことではない。しかし、彼奴等の習性を知りそれをもって作を練れば、たとえ尋常ならざる望みあっても、やがては現実と成せるであろう。


村からおよそ半lieue《リュー》、秋には小麦や大麦で満たされ、黄金こがねがたなびくかのごとく輝くであろう田園を抜け、たどり着いた広大な共同墓地を二つ目のまぶたによって見渡せば、埋葬された村民の居場所はよく分かるだろう。貴殿の訪れる頃にどれだけの黄みがかった揺らめきが立ち昇るかは分からぬが、彼奴等の狙いは必ずここにある。


墓を掘り起こすという冒涜的ぼうとくてきな行為は、なにも屍食鬼グールに限った話ではなく、黒死病こくしびょうが流行る以前にはもはや日常と言っても差し支えないほど、多くのかばねが人の手によって土中より持ち去られていた。その理由として最も多く挙げられるのは、医学の研鑽である。


医の道の極みを志す学者たちは、教会の怒りを買うことを恐れず多くの遺体を解剖し、古代ギリシアより伝わる誤った医説を打ち破るべく日々 邁進まいしんしていたという。

表立っては語れぬその積み重ねられた知恵は、長きにわたり口伝くでんによってのみ残されたものもあるが、その殆どは禁忌きんきへの弾圧として打ち捨てられた。今では何ものも眠らぬ、形だけの墓が寂し気に残されるばかりである。


しかし、墓地に横たわる屍を高値で売るものも、もはやこの村にはおらぬであろう。

大いなる印を刻む村、いつ頃刻まれたのかはわからぬが、これがある以上は、かつて知恵を持つ魔術師の手によって、何らかの問題を解決すべく刻まれたものだと余は思慮しりょする。

夜に墓場へとおもむくものはおらず、また墓守はかもりも置かぬこの奇異きいなる墓地。余の考えが正しければ、屍食鬼の餌場として魔術師により捧げられた、知られざる村の犠牲なのやもしれぬ。

近場の広葉樹林から伸びる彼奴等の足跡、その痕跡が最も明確に残る墓にはすでに屍は無く、次に狙われるであろう墓も、おそらく森にほど近い場所であろう。


残された痕跡を辿れば、彼奴等は的確に屍の横たわる場を見分けていることが分かるだろう。これは彼奴等が余らと同じ二つ目の瞼を開いているという証である。

次の餌がある墓に罠を仕掛ければ、彼奴等についてを知るきっかけとして最良の一手となる。


種を付けぬ麻の花をぬるい油で煮詰め、纈草ヴァレリアンの茎と根をつぶしたものにその油を馴染なじませ、イヌグスの樹皮を粉にしたもので練り上げて香とする。

眠れる屍の供養も併せ、墓の上でこれを焚き上げれば、訪れる屍食鬼どもを夢心地にまどわせ、彼奴等が人や犬猫と大きくたがわぬのならば、やがて彼奴等は倒れ込むように眠りに付くであろう。これもまた魔術の研鑽が成せる業である。


念のため、屍食鬼を捕えたのちに潜む場が必要となる。広葉樹林の深奥しんおうにある光も差さぬほど生い茂った場なら、彼奴等が光を避ける理由がなんにせよ、邪魔を受けることなく観察が可能となる。

足跡の揺らめきを注意深く調べ、彼奴等の通る獣道から程よく外れた場を探すことが肝要である。野生の害獣を避けることも忘れてはならない。団栗どんぐりや木の実が残らず食いつくされた場なら、一時の実験場としてふさわしい。


彼奴等の訪れがいつになるのか、分からぬ以上は毎夜墓場に赴く必要がある。余の場合、それは一月で済んだのだから、練り香の仕込みが少なく済んだのは幸いであった。


虫の音だけが響き渡る真夜中、四匹の獣が音を消しながら姿を現したとき、余の胸は張り裂けんばかりに高鳴っていた。墓地の周囲をぐるりと周り、危険が無いことを見極めている様子は、彼奴等の知恵が回る良い証跡しょうせきとなった。

一匹は墓から離れて見張りをし、残る三匹はゆっくりとした足取りで目指す墓へと近づき、犬のように鼻を鳴らしたかと思うと、一度だけ香の方を見遣みやり、すぐにその両の鉤爪かぎづめを熊手のように用いて墓を掘り返し始めた。


香を見遣る際、あわや怪しんで逃げ出すのではと汗をかいたが、彼奴等の興味は墓の中にしかないようで、一心不乱に土を掻き分ける。埋葬されしものの揺らめきから伸びる手が、それを押し留めようと彼奴等の輪の中で振り回される。しかしその行いは無為むいであり、ただただ屍食鬼の身体をすり抜けていった。


やがて一匹が大きく天を仰ぎ、何やらあごを動かしているのが見えたが、距離があるため音は聞き取れずにいた。しかし直後、三匹は互いを激しく攻撃し合い、やがてその場に伏して動かなくなった。


残る見張りの一匹が駆け寄り、眠りこけた三匹に足蹴あしげをくらわせるも、反応がないのを理解し、すぐに一匹を抱え込み森の中へと消えていった。残された二匹にピストルを向けて近づくも、一匹は深い眠りに落ち、もう一匹は余の事がわからぬのであろう、白目のない黒々と光る両の目を余に向け、にたにたと牙を覗かせるばかりであった。


我が事成れり。

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