1-2 光指すところ

余の目に届く事物を”光の届く場所”と呼称してよいとするならば、人の集まるところには必ず”影となる場所”が横たわっているものだ。これははからずしも生まれる事柄ことがらであり、余の采配さいはいで光を当てられるのならばそれは僥倖ぎょうこうである。

しかれども、その影は人々の持てる全力をもってして厳重に仕舞い込まれた砂粒さりゅうの一粒のごときものであり、彼らの後の渡世とせいかんがみるに、触れずにおく事が最良であることもままある。


村人にも生きるかては不可欠であり、その地盤を整え行くが我らの職務。帳尻の取れることをせつに願いつつも、有力な知恵を持つものがなんらかのはからいをもってこれを収めてくれることも、またやぶさかではない。


かつてこの村に、粗暴な振る舞いが目立つ地方の勲功爵くんこうしゃく逗留とうりゅうしたという記録がある。

彼はこの逗留中に、従者じゅうしゃと共に姿を消し、王の命により近隣を含めた捜索が行われた。しかし隣接する他領の暴動をとどめたという一代限りの栄誉爵えいよしゃくの為か、充分な結論が得られる前に捜索は打ち切られ、彼らは永久に姿を消した。


もっとも調査記録によると、日中に仕事をする鍛冶屋も、夜半に仕事をする安宿もある村であるにもかかわらず、消息を絶つ以前の勲功爵を目撃したものはおらず、村民は皆一様に口を閉ざしていたという。


余の想像を超えるものでなければ、この問題の結論は全て墓場に帰結きけつする。

小さいながらも宿を持つこの村で、酒をあおり日頃の憂さを晴らしていたであろう勲功爵の噂は既に聞き及んでいる。彼が墓場に向かったのは、村民によるはかりごとなのか、はたまた別の力によるものか。

いずれにせよ、貴殿きでんもこの村を訪れる予定があるならば、村民との友好をたがえるべきではない。


二つ目のまぶたを開けば、たとえ月明りしかなかろうとも、その両の目には墓場から西へと伸びる三から四体の足跡が、揺らめきの形をとってありありと見えることだろう。

足跡の大きさは九poucees《プーシズ》程度、小柄な成人女性ほどの大きさに思える。しかし疑いようもないその二股に分かれたひずめ状の跡に前足の痕跡はなく、つまりは完全なる二足歩行を表している。合点がてんはいかぬが、とても牛馬ぎゅうばの足跡とは思えない。


墓場の調査に一晩を要するため、以降は防備を固めた上で足跡をたどり西へと向かうが良案だろう。

貴殿へ送る忠告としては、帯剣の上ピストルの火打石と弾薬を欠かすことが無いよう、入念な準備をすべきである。村で得た紋様を木板に彫り付けることも忘れてはならない。安宿のシーツを一枚拝借し、これを頭からかぶったうえで紋様をシーツの外から首に掛ければ、彼奴等きゃつらに気取られる心配は多少なり減らすことができる。しかし、土砂をかすめる足音や、撃鉄を起こす金属音には重々注意されたし。


また、決してねずみを連れてゆくことのないように。痕跡からして、彼奴等の既知きちの三体のうち二体は、鼠の姿に取り乱すもののようである。


明星あけぼしが天球へと浮かび上がる頃、ランタンの灯りを頼りに足跡を追って西へと進むべし。

彼奴等の痕跡を負う以上、不意の遭遇は貴殿も避けたいところであろう。周囲の警戒を怠ってはならない。屍食鬼どもは夜目が効くためか、日中に姿を現したという記録はこれまでの文献には残されていない。


こんな話がある。ある晩、一人の女性が殺害され、路傍ろぼうで放置されているのが見つかった。血糊で固まった服を皮膚から引き剝がすと、その柔肌には鋭利な刃物で深く刻まれた跡が平行に五本、それが彼女の全身を覆い尽くすように残されており、発見者は数名の小柄なものが走り去るのを目撃したという。


平行な五本の線を刻む必要性など言うまでもなく無い。これは彼奴等が持つ手に、それなりの特徴があるという表れである。また、墓場の足跡からしても分かるとおり、彼奴等はれる。最低でも三体以上で行動するという習性があるように思う。彼女の傷跡には沼のよどみのごとき水気を帯びた汚物が付着しており、彼奴等が文明とは距離を置く異質な存在であることはもはや明白である。


これらの情報からして、生者を襲い死肉を喰らう、人を模した獰猛な野獣であることは想像に難くない。二つ目の瞼を頼れば、視界のない暗闇の中とはいえ、それだけの大きさを持つものの気を察知することは容易たやすいことだと思慮しりょするが、生い茂る草木に身を潜め、飛び掛かるに適した時を待ち続けるだけの知性は持ち合わせていることだろう。


ランタンの明かりが、常に自身のみに安らぎをもたらすものではないことを心得ておくべきである。


大地が赤紫色に照らされるほど日が差すころには、貴殿の眼に切り立った岩壁が捉えられる頃だろう。岩壁を北へ慎重に探れば、そこに彼奴等の居城へ至る洞穴が口を開いている。


観察には、この場がふさわしい。

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