第2話  合縁の加護の球体

 部活動オリエンテーション会場である、アルベルト魔導学院の中庭に向かうと、学院長のご講話が聞こえて参りました。川越の女学校では先生のご講話は直立不動で聞くものでした。この学院では、ご講話は廊下を歩いている間に身に沁み入ってくるものなのです。

 つまりは、わたくしが、廊下を歩くと共にひとり静やかに学院長のご講話を聞いている存在ということなのです。まるで量子力学の世界のように二重のわたくしが在る、と言えば良いのでしょうか。圧縮学習にて量子力学を一応学んだわたくですが、こうした二重体験を今なお不可思議を感じてはいますが。

 そう思う間もご講話は続き、圧縮された情報として沁み入って参りました。その話は、わたくしたちの世界を司るマクロ物理に加え世界に魔導をもたらすミクロ物理の大切さを説く、といったものでした。学院の1年生であるわたくしは今はマクロ物理を学んでいる途上ですが、目に見えない魔導を司るミクロ物理にも興味はございます。ミクロ物理学の講義が行われるのは2年生以降ですが、ご講話によると、部活動で魔導を扱うことを通じミクロ物理世界のありがたみがわかることもあるだろうとのこと。 

 ミクロ物理世界のありがたみを感じるには、体育と関わる部活動が良いのでしょうか?

 

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 中庭には、いくつもの白いテントが並んでいます。それぞれが部活のものなのでしょうか。

 導女に先導された新入生のわたくしが中庭に入ると、何名かの先輩方がわたくしの方に向かい歩んで参ります。新人勧誘といったところでしょう。かつての女学校では4年生として少しは先輩風を吹かせていたわたくしには、どこか馴染みのある光景でもあります。

 その時、後ろの方で西洋風のアーチェリーを抱えた女生徒とわたくしとの目が会いました。すると、不思議なことに、その先輩女生徒の黒髪が艷を増すと共に、わたくしと彼女の間に道ができていきました。まるで、あの転移の加護の道の続きのように。

 戸惑うわたくしの耳元で、「合縁あいえんの加護です」と導女エレオノーラが囁きました。


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 直後、その先輩とわたくしとは向かい合っておりました。

 

「やぁ、これから部活見学かい、お嬢さん。僕は、物部勢子もののべせいこ。今日は僕にエスコートさせてくれないかい」 茶目っ気ある表情と共にそんなことを言い、勢子せいこ先輩は手を伸ばしてこられた。わたくし達を包み淡く輝く、不思議な合縁あいえんの加護の球体の中、わたくしは先輩の手を取った。

 

勘解由小路かでのこうじハナと申します」

 突然の合縁あいえんに戸惑いつつも、わたくしは先輩に挨拶を返しました。

 すると、「ハナちゃんね」というなり先輩はわたくしの顔をしげしげと眺めました。

「ハナちゃんは、もしかすると巫女さん? 破魔の化を感じるのよね」


 わたくしはドキリとしてしまいます。わたくしの生家、賀茂氏勘解由小路かもしかでのこうじ家は、家格としては破格であろう伯爵位を賜っておりましたが、そこに秘め事がありました。「破魔の化」と仰る勢子せいこ先輩に、その事を言い当てられた気がいたしました。

 

 いま、合縁あいえんの球体の中に、わたくしと勢子せいこ先輩とが2人きり。正対すべきご縁なのかもしれません(わたくしの導女エレオノーラは球体の外に控えているようです)。

 

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 覺悟かくごを決め、わたくしは勢子せいこ先輩に申し上げます。

「わたくしに破魔の化を感じられるとのことならば、吸血の陰陽のことかと」


「吸血の陰陽? 聞いたことがないねぇ。何のための道なのかな?」

 勢子せいこ先輩はニマっと笑い、問いを続けます。

 その勢いある笑いにいささか気圧されながらも、わたくしは、応えました。

「夜の貴婦人に憑いた夢魔むま破賀はがすがための、吸血の儀を担う陰陽の道にございます」


「貴婦人に取り憑く夢魔むまかぁ……聞いたことないな。僕の世にもいたのかな」

 球体の中の、勢子せいこ先輩は探るように眼差しで宙を探ります。わたくしの眼前に、その白く細い首筋が顕になりました。陰陽吸血師となるべく育てられてきたわたくしは、ぞわりと粟立ってしまいました。

 

 君と姫とを入れ替えてしまう『とりかへばや』の夢魔が跋扈した平安朝の末期。白蛇様の牙により、夢魔に憑かれた姫の悪しき血を丑三つ時の吸血により吸い出す任を負った者に、陰陽吸血師の名が与えられました。

 以来、賀茂氏勘解由小路かもしかでのこうじ家の女は、名だたる家の姫様方の憑き秘めを鎮定する陰陽吸血の道を歩んで参りました。狐憑きなど昼の憑き物を扱う陰陽師は陽とされ、夜の夢魔憑きを扱う陰陽吸血師は陰とされています。賀茂氏勘解由小路かもしかでのこうじ家は、けだし世に常に必要とされながらも陰の家として歩むこととなりました。

 賀茂氏勘解由小路かもしかでのこうじ家にて、吸血の儀を行える女は、皆、白蛇様の牙を持ちます。白蛇様は、荒脛巾アラハバキの化身とされます。今や辛うじて氷川の客体神として認められるのみの荒脛巾アラハバキたる白蛇様。その牙を用い夢魔の悪しき血を吸い穢れ続けた我が家は、やはり陰の家と称されるのが似つかわしいのかもしれません。

 

 先輩の白い首筋を見た刹那にかようなことを考えてしまい、わたくしの動きは止まっておりました。

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 突然、勢子せいこ先輩は、わたくしに接吻をいたしました。穢れを負った我が唇を奪われ、呆然としたわたくしに、勢子せいこ先輩は仰います。

「ハナちゃんにも言いにくいことはあるのだろうね。関東の物部として、僕も陰陽の道を歩んだものだけれども、何分にも推古朝の頃だからね。奈良の歴史も平安の歴史も、その後のことも最近学んだだけだから、良くわかってはいないんだよ」


 

 わたくしは、口調からして勢子せいこ先輩は、アトラの人かわたくしより未来の世界から転生した人とすっかり思い込んでおりました。が、この言を信じるならば、かの聖徳太子が摂政を務めたという推古朝を生きた人ということになります。球体の中、なおも呆としつつも、わたくしはそう解しました。

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学窮都市のボーダーライン(①吸血華族✧勘解由小路ハナの転生はアトが祭り 編) 十夜永ソフィア零 @e-a-st

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