魔導学院の部活動オリエンテーション

第1話 礼文の花浮舞う山道を導女と共に歩みまして

 まこと不思議なことに、この街には蒸気機関車も馬車もございません。科学が進歩しミクロ物理学が窮められた果てに人と物とを運ぶ転移の加護が魔導として見出されたため、とのことです。


 わたくしも転移の加護にて学院に登校いたします。わたくしに転移の加護を賜ってくれるのは、導女エレオノーラ。その名の通り北欧の導女です。圧縮学習を通じ、わたくしはフィンランド語を修得いたしておりまして、彼女とは自在に話すことができます。

 スラリと背が高いエレオノーラは整った顔立ちのモダンガールといった風ではありますが、その心根はとても優しく在ります。転移の加護を駆使する時も、わたくしの心持ちに配慮してくださいます。


 今朝方、わたくしは関東一円を襲った大正の大震災の日を夢に見てしまいました。その時、川越のわたくしの家に大禍はありませんでしたが、なおも余震の続く中で「不逞鮮人暴動ノ虞レ」ありとの不穏な噂が家に聞こえてまいりました。わたくしの家で唐人揃いのお祭りに寄付をしていたこともあり、地元にお住まいの鮮人唐人の方々と面識がありました。夢の中の話とはいえ彼ら彼女らは無事だったのだろうかとの思いが募った後に、わたくしは目を覚ましました。

 わたくしの心が安からぬことを視て取ったのか、エレオノーラは今朝の通学路に礼文島の花吹雪く山道を導いてくれました。いかように「花の浮島」として知られる礼文の花道を呼び出したのかは不思議ではありますが、北国の高山植物が色とりどりに咲き浮かぶ幻想的な光景の道を歩むうちに、わたくしの心は次第に癒やされていきました。

 かくして、今朝方は花の浮島の山道を登り学院に登校いたしました。昼休みを終えカフェから学院に戻る道は花の山道を下ることとなりました。花吹雪く山道を下るうち、わたくしは、あの時の鮮人唐人たちは開明派の市長に匿われて無事であったことをようやくに思い出し、安堵いたしました。どうにも、わたくしの記憶は大震災のことになると曖昧になりがちなのが悔しくもありますが。


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 実のところ、転移の加護は、本来は一瞬に行えるようです。けれども、わたくしは、足で歩むことに慣れ切っております。この地では古い女、そんなわたくしが戸惑わないようにと導女エレオノーラは、日々転移中に私が歩む道を創り出してくれるのです。転移道とでも呼ぶべきなのでしょうか。そんな道を転移中の私は日々歩いています。


 花吹雪く転移道の先にアルベルト魔導学院の門が見えてきました。

 わたくしは、導女エレオノーラを一瞬見つめ、門へと向かいます。

 

 門をくぐると、学院の先輩方による部活動のオリエンテーションが始まります。不思議の国のアトラでの部活動というものがいかなるものなのか、わたくしには皆目見当がつきません。が、色々と戸惑うことになっても脇に立つエレオノーラが良しなに導いてくれるのでしょう。

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