学窮都市のボーダーライン(①吸血華族✧勘解由小路ハナの転生はアトが祭り 編)

十夜永ソフィア零

序 懐かしきフルーツポンチをいただきながら

 アルベルト魔導学院での午前の授業が終わりました。物理と魔導の2科目を学びました。

 お昼はカフェにて、少し懐かしいフルーツポンチをひとりいただきます。小さく切り分けられ盛り付けられた果物を一口、一口、と口に入れながら、わたくし、勘解由小路かでのこうじハナは、世の未来が記されている百科事典に改めてアクセスいたします。


『圧縮学習』 今の私がお世話になっているハイテクです。ひとりひとりに合わせた人工の知能により、一分で一冊の専門書が読めるようにしてくださるという、圧縮学習機。世に現れたのは、21世紀の後半とのこと。明治末、つまりは20世紀の初めに生を受けたわたくしには想像もつかないハイカラですが、パーソナライズ、つまりは、個人化された人工知能と圧縮学習とは便利なものです。お蔭様で、わたくしも未来の物理と魔導とを随分と知ることができました。


『黒色眼』 21世紀末に見出された、太陽のくらい伴星の名、とのこと。その距離は天文単位にして十萬。わたくしの家から通っていた女学校までの距離は一里ほどでした。一里は1時間で歩ける距離として明治政府が定めたもの。物理学の単位系では4kmにあたります。対して、一天文単位とは、地球の太陽との距離、1億5千萬kmにあたります。人の歩みで黒色眼にたどり着くことは叶わぬように思われますね。世で最も速いとされる光でも、黒色眼に至るまでは1年半を要するとのこと。そして、この黒色眼が古の日本人が追求した陰陽の道による魔導を呼び覚ましたというのです。不思議な定めですね。


『相対性理論』 20世紀前半、ドイツのアインシュタイン卿が見出した、重力のあるマクロ世界の基礎物理理論です。かつて英国のニュートン卿が見出した万有引力の物理を一般化した理論にして、宇宙の始まりと膨張、重力の枷ブラックホールなどを予言した理論として知られます。アインシュタイン卿は、わたくしと同時代人です。わたくしが女学校に入学する前にアインシュタイン卿はノーベル物理学賞を受賞しておられます。叔父にアインシュタイン卿の相対性理論を解説してもらいながら、20世紀は開明科学の時代なのだとわたくしは幼心に得心したものです。



 わたくしは、もう一口ピンクのフルーツを口に含み、眼を瞑りました。そして、この地、学窮都市アトラに住まうようになってからのことを振り返ります。


 ここまで話を聞いてくださった方はもうお気づきかと思いますが、今のわたくしは、随分と未来におります。明治政府より改めて伯爵位を賜った賀茂氏が一統、勘解由小路かでのこうじ家の長女として、わたくしが生まれたのは明治43年のこと。川越の高等女学校に通いハイカラ娘を気取っていた、大正14年までの記憶がわたくしにはございます。

 気がつくと、円環のムーの地にて、夢のまどろみの中にわたくしはおりました。その地でのわたくしにも優しい父と母とがおられたような気もいたしますが、良く覚えてはおりません。


 さておき、これから学院へと戻りながら、輪廻の果ての今のわたくしの転生生活について簡単に話すことといたしましょう。

 

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