第3話
「澪、全部思い出したよ。君の事も、この世界の事も。」
そう、この世界は僕の夢の世界であり、僕自身でもある。人がマネキンの姿をしているのも、僕が他人を拒絶しているから。僕は小さい頃から他人の考えが読み取れず、笑顔を作って近づいてくる他人が気持ち悪く、恐怖でしかなかった。
だから、僕は自分を守るために危害を加えた。決して悪意があった訳じゃない。ただ、自分を守るために。
「・・・夕陽に照らされたここの海は、変わらず綺麗だ・・・澪、君も変わらない。僕が小さい頃からずっと、綺麗なままだ。」
「あら、随分気の利いたセリフを言うようになったわね?」
「年を取った。17年も現実で生きていれば、色んな所から影響を受ける。そうやって僕らは大人になっていく。」
「大人って言うのは、現実に縛られてる人達の事よ。目の前の問題に悩み、解決していく者。あなたはどうかしら?」
「僕は問題を解決できていないとでも?」
「ええ、だってあなたはここにいるじゃない。」
澪の言葉が胸に突き刺さる。そう、僕は問題を抱えている。彼女、澪と初めて出会った5歳の頃からずっと。
普通の人は、自分が抱えた問題を瞬時に把握し、悩み、行動を起こし、解決する。けど、僕は違う。僕は、自分が抱えている問題が分からない。それどころか、問題を抱えているのか分からずにいる。
そんな疑問を長い間抱え、ついには疑問すらも捨てた。そして、僕は生きる意味を見失ってしまった。
「僕は何の為に生きていたんだろう・・・。」
いつまでも沈まぬ夕陽を見つめながら、後ろにいる澪に胸の内を明かした。
「何の為に生きるか、それは誰にも分からないわ。だって、それはあなた自身が決める事だから。」
「それが分からないから―――」
「死ぬ・・・そう決めたのね。」
そう呟きながら、澪が僕の隣に立った。
「ああ・・・最後に、君に会いたかった。何度も何度も眠り続けて、そのせいで記憶が曖昧になったんだろう。それでも、君の事を忘れるなんて、自分が許せないよ。」
「どうして私に会いたかったの?」
「言わないと分からないかい?」
「言って。」
澪が上目遣いで僕を見つめてくる。彼女の綺麗な銀髪や青い瞳が僕の心に熱を灯し、心臓の鼓動が速くなる。
「好き、だから。初めて会った時から、ずっと。」
「・・・言えたじゃない。」
「え?」
そう言って、澪は海の中へと足を踏み入れ、僕に背を向けたまま夕陽を見上げていた。夕陽の光に当てられ、彼女の姿がより神々しいものに見える。
「そうやってさ、自分の中に閉じ込めている感情を声に出してみなさい。それが上手くいく時も、上手くいかない時もある。けど、声に出さなきゃ、あなたの想いはあなたの中で縛り付けられたまま。誰にもあなたという存在を気付きはしない。」
「出来ないよ・・・。」
「死んでもあなたは解放されない。暗闇の中でずっと縛り付けられたまま。」
「じゃあ!ずっと悩みながら生きていけって言うのかい!?」
「それが生きるっていう事よ。」
澪は容赦なく言葉を突き刺してくる。けどそれは決して僕を見捨てるためじゃない。むしろ全て僕の為に、彼女は僕に尽くしてくれている。
「・・・澪、君が現実にもいてくれれば良いのに。」
「私は現実には存在してはいけない存在。本来なら、あなたとこうして夢で会う事もしてはいけない。」
「じゃあ、どうして僕にここまで・・・。」
「言わなきゃ分からない?」
被っていた麦わら帽子を海に投げ捨て、僕の方に振り返り、微笑んだ。その笑顔は、今まで見た彼女の笑顔の中で一番輝いて見えた。
「あなたを愛しているから。」
澪は頬を赤くさせながらそう言った。嬉しかった。彼女も僕と同じ気持ちだという事だけじゃない、彼女にも人間と同じように愛情があったという事が嬉しかった。
今までずっと、僕の一方通行かと思えた恋に、ようやくゴールが見えた気がする。
僕が澪の方に行こうと足を一歩前に踏み出した。その時、どこからかサイレンが聴こえた。
あの轟音のサイレンが。
「時間ね。楽しかったわ、久しぶりにあなたと会えて。」
終わり?せっかく両想いになれたのに、ここで僕と澪はお別れなのか?嫌だ、そんなの、あんまりだ。
「澪!!!」
止まっていた時間が動き出す。夕陽は沈み、海は澪を乗せて世界の果てへと流れていく。
僕は重くなっていく自分の体を動かし、どんどん遠のいていく澪に手を伸ばした。
「嫌だ!!!まだ別れたくない!!!君とまだ一緒にいたい!!!」
「なら生きて、そして夢を見るの。そうすればきっとまた会えるわ。」
「無理だよ!!!だって・・・僕はもう!!!」
「生きたいと強く願えば、死は覆せる。器が無くなっても、魂は次の器へと移り変わる。だからきっと、また会えるわ。」
「澪――!!!」
「さようなら・・・また逢いましょう・・・―――。」
彼女の姿が闇へと消え、そして僕の体も闇に飲まれていく。暗く、苦しい・・・自分はどこに立っているんだ・・・そもそも、僕はどこに立っているんだ?
消えゆく意識の中、ただ僕は、生きたいと願った。また澪と夢で逢う為に。
「・・・ん。」
目を覚ますと、真っ白な天井を見上げていた。重い体を起こすと、腕には点滴が打たれていて、人差し指には謎の装置が嵌められていた。どうやらここは現実の病室らしい。
「生きてる・・・。」
自分の胸に手を置き、心臓が動いている事を確認する。僕の手から伝わる鼓動の音は穏やかであった。
誰が僕を見つけたのか、どうやって僕は生き返ったのか分からない。
・・・だけど、今は頻りに流れる涙をひたすら拭い続よう。
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