第26話

 ララーニアは。


 すべてを、教えてくれた。


 いつか自分が来たときのために。書きためておいたらしい。おそらく、何度も、繰り返し、何度も。


「これが、俺か」


「」


「そうか。大量殺人鬼で、そのくせ自分だけが生き残っているような。そんな奴が」


「ちがうっ」


「何も違くないよ。分かるんだ。自分のことだから」


「」


「俺は、しにたがっている。いつもそうだ。どこかで、しにたがっている」


「」


「そうか」


「」


「思い出した。そうだ。俺は」


「ちがう。きっとちがうわ。あなたは」


「俺は、しにたかったんだ」


「」


「あのとき。火が出ているのが見えたとき」


「」


 ララーニアが、抱きついてきた。

 でも、過去の記憶は戻ってくる。鮮明に。ありのままに。

 もう、ララーニアには。止められない。


「配線が見えた。空調が止まっているのも。そうだ。エレベーター。エレベーターが止まって、軸が歪みはじめていた」


「」


「そうだ。思い出したよ。あのビルは、折れそうになってたんだ。配線と空調の奥。発火点に隠れて、コンクリートのなかにおかしなものが混ざっていた。爆風で組成が変わったかもしれないけど、あれは」


「え。待って」


「そうだ。思い出した。非常ボタンを押して、俺は叫んだんだ」


「」


「早くエレベーターに乗れっ、て。ビルが倒壊するぞ、って。ララーニア。あのビル。あのビルは、もしかしてまだ」


『あなたがずっといた、窓際の、屋上のある、あの場所、あの場所が事故のあったビルです』


「うそだろ」


 いまだに、あのままで。いたとしたら。

 倒壊する。

 爆破事故にだけ気をとられて。

 いや違う。

 爆風でコンクリートのひびに煤が入って、膠のように固まっている。それが剥げたら。


「ララーニア。あのビルに連れていってくれ。みんなを避難させないと。俺にはもう、あのビルがどれなのか分からないんだ。過去の記憶がふたをしてしまって、今のことが思い出せない」


 ララーニアが、うなづいて。

 自分の手を引いて。

 走り出す。

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