第21話

「私は。耐えられなかった。彼が、くるしむのを。そのくるしみに対して、私が。あまりにも。無力だったから」


「浮気したの。相手は女性。もう、彼のことを、知ってしまったら。異性にすがることなんて。できなくて。やさしい人よ。私が浮気してるってことも。分かってくれてる。いずれ来る、そのときまで。私を待ってるって」


「今が、そのときなのかもね」


 彼女。

 よろよろと、立ち上がる。


「あなたは、私と似てる」


「はい」


「でも、根本的に、違うところがあるわ」


「はい」


「私は、彼のくるしみを覆って、なんとか、なんとか彼のくるしみを和らげたかった」


「でも、あなたは。いたずらに彼のやさしさにふれて、楽しんでるだけ」


 彼女が、涙を拭う。


「私は、もう彼と会わない。終わりにする。ぜんぶ」


「でも。ひとつだけ約束して」


「彼のくるしみを、いたずらにこじあけないで。彼の口から、あの事故のことを話させるような。そんなひどいことは、しないと。誓って」


「」


 言葉が、出てこなかった。


「都合のいいときだけ喋れないのね」


「」


「もし、彼のくるしみを、もう、こじ開けてしまったのなら」


「」


「もう二度と、彼に関わらないで。それが、私にできる、彼のための、せめてものことだから」


「」


「あなたの存在で、彼がくるしむなら。今度は私があなたを絞め殺すわ。本気で」


「」


 言葉は。


 最後まで。


 出てこなかった。


 わたしは。彼のくるしみを。こじあけてしまった。

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