第5話 引っ越し先は、事故物件!?

由奈が夜7時位にやって来た。コロナでしばらく会っていなかったが、やはり住む所を探す大事な話し合いなので、実際に会って情報を交換する事になった。由奈は、失業後、池上線の某駅にある商店街で、お母さんが営んでいるダイニング・バーを手伝っている。コロナ前は、従業員を雇って夕方からワイン等を提供しながら、農家から直接届く無農薬野菜を使ったおいしい和食を中心としたメニューで人気のお店だった。しかし、コロナで状況は一変し、お母さん一人でランチbox を販売し、それから夜はノンアルコールで食事メニューを細々と提供する事になってしまった。



しかし、幸運な事に、とある有名女性インフルエンサーがインスタでそのランチboxを紹介してくれ、瞬く間に人気商品になったのだ。Uber イーツも開始した。そのため人手が足りなくなり、又誰か雇おうと言う事になった際、由奈が丁度解雇された。元々時々お店を手伝っていたので、職探しはやめて、お母さんと一緒にお店をやっていく決心をしたのだった。このお店は元々お父さんとお母さんの二人で始めたのだったが、お父さんが由奈が中学2年の時、不慮の事故で亡くなり、その後はお母さん一人で頑張ってきた。



由奈は、放置されていたお店のインスタを再開し、日替わりのお弁当を毎日インスタにあげた。お弁当は沢山のカラフルな野菜でお洒落に彩られ、女子受けした。今は、もう一人、ランチbox を手伝ってくれる主婦のパートを一人雇うほどになったのだ。

しかし、酒類を提供していた頃に比較すると、本当に苦しい状況ではあった。



「今日のランチbox 持って来たよ!」

私達は、おいしいお弁当を食べながら、集めた情報を早速交換しあった。殆どはネットで調べた物件だったが、由奈がこう言いだした。



「あの、ちょっと嫌かもだけど、事故物件で月5万円っていうマンションあったんだけど。」

「え、5万?間取りとかは?」

「築15年、リビングの他に部屋2つ。キッチン、バス、トイレ付き。」

「リビングの他に部屋2つで5万?幽霊毎日でてもそこでいいよ、私!」

「さすが、みなみだね。私は、ちょっとどうかなと思ったんだけど、見に行ってみる?」



私達は、早くも翌日にその物件を見れることになった。この事故物件は、ネットの不動産広告ではなく、由奈のお店がある商店街の、地味な不動産屋からの紹介だった。不動産屋に行くと、表向きは、余りぱっとしない店構えだったが、中はこぎれいで近代的だった。担当してくれるのは、菊池さんという30代半ば位の男性だ。ここを経営している人だった。不動産屋の車で6、7分走った所にそのマンションはあった。見た目は結構大きく、立派な建物だ。



「事故物件って、どんな事故があったんですか?」

車に乗っている最中にこう聞いた。

「ネットで検索すると、ニュース記事でも出てくるので隠さず話しますが、5年ほど前、不倫をしていた男女がここを借りていて、精神を病んだ奥さんが殴り込んできて、二人を包丁で刺し殺したんです。」

「それは、エグイですね。」

さすがの私も、それはちょっとドロドロし過ぎだろうと思った。

「もうずっと借り手がいなくて、思い切り料金を下げている物件です。」



実際その部屋に行くと、特に変な空気は漂っておらず、日当たりも良く、地区15年といっても古い感じは全くしなかった。

「もう、ここ最高じゃない?広いし、お互い一部屋確保できるし!バスルームもきれいだよ!ベランダもあるじゃん!」

私は、由奈をうながした。

菊池さんには、部屋のどこで殺されたかは、あえて聞かなかった。知らぬが仏だ。

「部屋はめっちゃいいね!幽霊が心配だけど。」

元々おとなしい性格の由奈は、不安そうに見えた。

「あのね、今は私たちのコロナへの怨念の方が強いから。向こうも近づいてこないよ!」

「そうか。そうだよね。5万はおいしいよね。一人暮らしじゃないし、何とかなるか!」

「一人2万5千円だよ、安いよ!決めよ、決めよ!」

私達は、その場で即決してしまった。



引っ越しは、由奈の弟の圭祐君が手伝ってくれた。圭祐君は、コロナ前に都内の区役所に就職した。かなり手堅い仕事だ。でも、区役所はつぶれない。安定などという言葉は、企業にはないのだという事実を目の当たりにして、そういう意味では公務員は真の勝ち組だと思った。



それぞれの個室は、由奈は和室、私が洋室となった。念のため、眠るとき電気はつけたままにした。家賃の安さと内容の良さに舞い上がり、幽霊とかもうどうでもよかったのだが、いざ眠ろうとすると、色々想像して眠れなくなってしまった。緊張して、気のせいかトイレも近い。夜中の3時にトイレに行こうとすると、キッチンで由奈が飲み物を作っていた。

「私、全然眠れないんだけど。みなみは?」

「幽霊とか全然平気とか言ってたけど、いざとなると、何だか不気味で全く寝てないよ。」



由奈が入れたカモミールティーを飲みながら、少し話した後、またお互いの個室へと戻った。結局最初の日は、2時間しか眠れなかった。でも、金縛りも、変な音も、幽霊の姿も、何もない、静かな夜だった。あくまでもポジティブな私は、こう思った。

「なんか、行けるんじゃね??ここ!!」

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