第4話 19歳の元パチプロ人生を語る!

トレーニング期間の1週間が終わり、何とか自分一人の力で掃除を完璧に仕上げる事ができるようになった。でも、まだ仕事の後は、マラソンを終えたときのような疲労感が押し寄せてくる。



「みなみちゃん、大分慣れた?」

地雷メイクのマユちゃんが、聞いてくれた。何だか嬉しい。

「まだ、超キツイけど、少し慣れてきたよ。マユちゃんはこの仕事いつからしてるの?」

「まだ半年位かな?でも、慣れるとまあいいんじゃない、このバイト。」

「そっかあ。慣れるまで頑張るか。」

「みなみちゃん、前何してたの?」

「前はね、旅行会社で働いてたの。」

「えー、OLだったんだ。いいなあ。マユね、めっちゃ憧れてるの。スーツとか、

きれいなワンピとか着て、素敵なオフィスで働いてみたい!」

私は、自分の事をOLと定義づけた事はないけれど、せっかくマユちゃんが憧れていると言っていたので、まあ特に否定はしなかった。



話が弾んで、何となく駅まで一緒に歩く事になった。マユちゃんはとても面白い子だった。途中にスタバがあったので、どちらかともなく、入ることに決めた。

「スタバってさあ、500円とかそれ以上とか一杯の飲み物に使うのバカじゃんって思うけど、これ飲むとき何か幸せにならない?」

マユちゃんは、キャラメルフラペチーノのカップを眺めながらこう言った。確かにその通りだと思った。スタバの飲み物にはなぜか人を一瞬幸せにする力がある。



「私、中卒だからOLにはなれないんだよね。」

マユちゃんが突然ポツっと言った。少し悲しそうだった。私までちょっと悲しくなった。

「これから通信の高校とかに入る事もできるじゃん?諦めなくていいよ、まだ!」

「そうかなあ。もう、19歳だけど、大丈夫かな。」



私には、都立の中学教師になった、大学時代に旅行サークルで一緒だった仲の良い友人がいて、彼女から通信制の高校に進学した生徒の話を聞いたことがあり、急に思い出したのだった。



「もし、本当に通信制の高校に行きたくなったら教えて。私の友達で、中学の先生がいるから色々聞いてあげる!」

「みなみちゃん、優しい!マジで考えてみるよ。そうだ!OLの時の写真ないの?見せて!」

私は携帯を取り出し、東京トラベル時代にオフィスで写した写真を探したが、ほとんどなく、由奈と一緒に昼休みに会社のラウンジでふざけて撮った写真を見せた。

「スーツ着ててカッコいい!仕事できる女みたい!」

朝、服を探すのが面倒臭いので、会社にはスーツや、組み合わせを考えなくてもよい地味目のワンピースをよく着て行った。こんなに褒められると、何だか過去の栄光のように思えてきた。マユちゃんは、その写真を宝物でも見るようにずっと眺めていた。



「マユちゃんは、前どんな仕事してたの?」

ちょっと興味深くて尋ねてみると、19歳にして波乱万丈な人生を語り始めた。

本当の父親は、マユちゃんが小さいころにいなくなり、今も消息がわからないそうだ。母親はその後、2回結婚したが、2度目の結婚相手にDVを受け、中学を卒業するとおばあちゃんの家に逃げ込んだ。母親は、そのままおばあちゃんに預けっぱなし。

おばあちゃんの生活も余裕がなかったので、高校へは行かずに居酒屋で2年間バイトをして生活をしていたらしい。友達の家で寝泊まりしていた時もあった。



「でもね、何だか居酒屋もきつくなってきた時に、あるとき友達とパチンコに行ったの。もう18だし試しに行ったらね、結構あたっちゃって、それからは、居酒屋をやめて、パチンコで食ってた。友達で援助とかやってた子もいるけど、オッサンと付き合うとか、絶対無理!」



パチンコ店には、マユちゃんのような若い女の子は珍しい。来ているおじさん達と少し談笑をすると、おじさん達が結構あたる台を教えてくれて、1日1万円とか、2万とか普通に稼いでいたらしい。あたらない日もあるとしても、15~16万位は、稼いでいたのだろう。世の中には、色々なお金の稼ぎ方があるものだと、なぜか関心した。援助交際やパパ活よりは健全かもしれない。



「でもね、そんな時、今の彼ぴに会ったの。パチンコなんてやめて、ちゃんと働けって叱られた。掃除のバイトも彼ぴと一緒に探したんだよ。」

何だか、映画で不良少女がまともな男の子に出会って更生するシーンのようだ。よかった、マユちゃん!



マユちゃんはインスタを開いて、彼ぴと写った写真をわざわざ見せてくれた。超お洒落な、カッコいい若者だ。2人一緒にハート型を作っているその写真はとても幸せそうで可愛らしかった。彼ぴは、渋谷の洋服屋さんで働いている22歳で、ハルト君という名前だと教えてくれた。今は一緒に住んでいるのだという。

「ハルト君はね、私が生まれてからもらった一番のプレゼントなんだよ。こんなに誰かに良くしてもらったの初めて。」



くったくなく話すマユちゃんは、私が19歳の時とは比べ物にならない位色々な辛い経験をしていた。なぜだか、マユちゃんをその場で抱きしめてあげたくなったが、本人は別に物凄い苦労と思わず話している感じがしたので、ドラマは起こさなかった。でもちょっと泣きたくなっていた。



そして、思った。ハルト君、会ったことないけど、絶対に絶対にマユちゃんを悲しませないで。



私も大学時代の彼氏と別れて早1年半がたった。私にもハルト君のような救世主が現れないかな、とは思ったが、今はまだ自分の生活を立て直すのが先だ。今夜は由奈と、引っ越しする物件の相談をする予定になっている。



私の人生はどうなっていくのだろう。でも、生きていくしかない!それに、私は絶対にまた旅に出て、世界ってこんなに素晴らしいんだよ、ということをユーチューバーになって皆に色々な景色を見せたり、語ったりして知らせたい!マユちゃんと別れて電車に乗った後、なぜだか急に熱い気持ちになっていた。

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