第3話 地雷メイクと、シングルマザーと、オバサンが新しい仕事仲間!

面接の翌日は、新しい仕事を始めるにふさわしい天気の良い日だった。「東京トラベル」に勤務していた頃は毎朝どんよりした気持ちで朝を迎えていた。クレームを抱えていたり、売り上げが悪かった時は、朝起きたら熱が出て起き上がれなくなっていれば良いのに、といつも思っていた。



実際に清掃をするホテルは、ビジネスホテルのチェーン店の一つで、昨日面接をした不思議なオフィスからは少し遠いが、新宿駅から徒歩圏内だった。コロナの前は、外国人の観光客などで賑わっていたに違いない。



「黒崎さん、おはよう!」

私が建物に入ろうとすると、昨日面接をしてくれた達木さんに声をかけられた。今日は、スーツではなく、白いGucciのジャージ上下を着ていた。目立つようにGucciとは書かれていなかったが、私は小さいGucciのロゴを見逃さなかった。私自身はブランド物を買ったりしないのだが、姉が超ブランド好きで、しかも断捨離好きで時々ブランド物のお古をもらう。そんな訳でブランドのロゴには割と精通しているのだ。それにしても、どこまで派手なんだ、この男。



自分達の荷物を置いたり、作業着に着替えるスペースがある部屋に連れられて行くと、すでに2人来ていた。達木さんが、2人に私を紹介してくれた。ちなみにだが、ユニフォームの作業着は赤いツナギで結構かわいい。最初に紹介されたのは、さつきさんという50代前半位のオバサンだ。なぜか、皆ファーストネームで呼び合っていて、「アメリカの会社かよ!」と思った。さつきさんは、今日から1週間ばかり私のトレーナーとして掃除の指導をしてくれるとの事だった。ショートカットではきはきした明るい感じの、好感度の高いオバサンだ。



次に紹介されたのは、桜さん。名前がここまでふさわしい女性はいないかもしれない。どこか悲しい感じのする顔立ちだがとても美人だ。余計なお世話だが、掃除の仕事より、この美貌を生かせばもっと仕事はありそうだと思った。見た目は30歳位だろうか。結婚指輪はしていなかった。



皆で簡単な挨拶をかわしていると、突然地雷メイクの女の子が入ってきて、「おはよー」と言った。黒いオーバーサイズのパーカーをワンピのように着ていた。髪はツインテール。

「マユちゃん、今日から一緒に働く黒崎みなみさんだよ」

と、さつきさんが言うと、

「マユでーーーす。みなみちゃん、よろしくーー-」

メイクはぴえんだが、明るい子だった。20歳前後と思われたが、ぶっ飛んでいる。この子もなぜ、掃除のバイトなのだ?仕事が地味過ぎじゃないか?



さつきさん、桜さん、マユちゃん、そして私の4人がこのホテル専用の客室掃除担当だった。誰かが休みの時や、清掃する部屋数が多い時は、ヘルプ要員として登録しているバイトの人がかわるがわる何人か来るらしい。たまに達木さんもヘルプとして来ると言っていた。今日は、さつきさんが私に仕事を教えてくれるため、いつもはさつきさんが掃除する分をGucciのジャージを着た達木さんがやるらしい。想像するとすごい光景だ。でも、イケメンがいるとやはり場が盛り上がる。この職場の雰囲気はいい感じに溢れていた。



掃除を教えてくれるさつきさんは、話し好きで掃除の合間に自分の事を語り始めた。大学に行っている2人息子さんがいて、お金がかかるのでこのバイトを始めたらしい。私が前の会社をクビになった話をすると、とても同情してくれた。

「そんな有名な会社でもコロナで解雇せざるを得ないんだね。私の息子も今就活していて、大変なの。この仕事は慣れれば楽だよ。しばらく世の中の状況が良くなるまで頑張ってね。」

どうやら、さつきさんは、私が将来又会社というシステムに戻ると思い込んでいるらしい。



さつきさんは、桜さんの話も教えてくれた。個人情報が駄々洩れだとは思ったが私も興味津々だった。桜さんはシングルマザーで2人の男の子を育てているらしい。料理が物凄くうまくて、時々クッキーやケーキを作って持ってきてくれるみたいだ。

「私は旦那がいるけど、2人の男の子を育てるのは大変なの。本当に1人でよくやってて、美人だから早く再婚すればいいのにって私いつも桜さんにいってるんだよ。」

そうか、再婚という手もあるのか。私の脳内では浮かばなかったアイデアだ。



さつきさんによると、マユちゃんも、だった。家庭が複雑で、16歳で親から独立しているらしい。

「でもああ見えてもいい子なんだよ。」

さつきさんが、こう言った。



この仕事場は、何だか人間ドラマに溢れているようだ。楽しくなってきた。だが、初めての掃除はキツかった。こんなに体力を使うとは思っていなかったし、ベッドメイキングはとてつもなく難しかった。まだ残暑で外は蒸し暑かったが、冷房が効いている客室の中でも汗がどんどん噴き出てきた。さつきさんは、私の母より少し年上に見えたが汗一つかいていない。自分の脆弱さに情けなくなったが、もう頑張るしかない。



「この仕事、金をもらってエクササイズしてると思えばいいじゃん!」

黒崎みなみ、あくまでもポジティブ!

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