第10話 記録

起きると雨が降っていて、窓ガラスをパツパツと叩いている。

雨の影響か、部屋の空気がひんやりとしている。


「雨…か…」


起き上がる気力もなかったため、枕もとのスマホの時間を確認してからもう一度目を閉じる。




「かいくんっ、かいくんっ!見つけられるよっ!」


くうの声が頭の中に響く。

くうは目の前にいるが、姿がとてもぼんやりとしていてうまく見えない。


「見つけられるって、なにを!?」


くうがにっこりと笑って溶けるように消えてゆく。


「くう!くう!」





目を覚ました。

寝ていたわずかな時間の間に夢を見ていたようだ。

なんとなく窓の方へ目を向けると、さっきよりも雨は強くなっており、外に出る気なんて起きるはずもなかった。


今回見た夢はいつもより、声がはっきりとしていて、近くで言われているような感覚だった。


「なにを見つけられるんだろう…海…かな…」


この時のぼくは、雨で気分が落ちていたのもあり、くうに申し訳ないが海を探すのをあきらめかけていた。


喉の渇きを感じて、水を飲もうとリビングに降りていくと、母親がタンスの中の段ボール箱を整理していた。


「なんで急にそんな整理しはじめたの」


コップに水を注ぎながらなんとなく聞いた。

母は、段ボールの中をゴソゴソとあさりながら答えた。


「いやぁ、なんとなくねぇ」

「ふーん」


コップに注いだ水を一気に飲み干し、自室に戻ろうとしたとき、母が何かを見つけたのか声を出した。


「うわぁ、これなつかしいねぇ」


母は、一枚のDVDを手に持っていた。


「なにそれ」


ぼくの質問に、母はケースを軽くなでながら答えた。


「これは、たぶん七年前に、かいがよく遊んでもらってたそらちゃんと海に行った時の映像だね」


母にこういわれたとき、なんとなく返事したが、そらという名前を聞いた途端少し体がぞわっとするのを感じた。


「ふーん…そら…ちゃん…?」

「そうよ、そらちゃん。覚えてない?まぁ、七年も前のことじゃあ覚えてないかもね」


そらという名前には聞き覚えがあった。

最近夢でよく耳にするのだ。


「そらちゃんて…」

「うん?そらちゃんがどうしたの?」


母は不思議そうに聞き返す。


「そらちゃんて…どんな…」


そらという子の顔が見たかった。

顔を見れば、なにかぼくが忘れている重要なことを思い出せるようなそんな気がした。


「どんなっていわれてもねぇ…あっ、このビデオの中に顔写ってるんじゃないかな?」


母はそういうと、DVDをセットしてテレビの電源ボタンを押した。

ぼくは、もっていたコップを机におき、テレビに近づく。



ビデオが再生されると、初めに地面の砂浜がアップで映された。

一定のリズムで、波の音が聞こえる。

しばらくすると、母ともう一人の女性の声が聞こえてくる。


『これで、撮れてるかな?』


母の声だ。


『大野さん、これじゃ地面しか映ってないよ』


もう一人の女性が笑いながら言う。

ぼくはこの女性の声にも聞き覚えがあった。

それも、昔にではなく、最近に聞いた覚えが。


「この声…」


ぼくがボソッというと、母が少し驚いた様子で返した。


「かい、覚えてるの?」

「いや、覚えてるというか…聞き覚えがあるだけ」

「これは、そらちゃんのお母さんの声だよ」


そらの母親だと聞いて、最近この女性には会ってないことから、聞いた覚えがあるのはぼくの気のせいだろうと思うことにした。


テレビから声が聞こえる。

まだ砂浜が映ったままだ。


『かいー、あんまり遠く行っちゃだめよー。そらちゃんも、かいをよろしくねぇ』


言い終わってから、カメラが動いて前方にいる、ぼくとそらという子が映し出された。

ぼくはまだ小さく、少し前を歩くそらという子の後を追っていた。

母がテレビの画面を指さした。


「ほら、これがそらちゃんだよ。んー、あんまり顔がみえないねぇ」


ずっと後ろ姿が映されていて、顔は全く見えなかった。

角度のせいか、いまだに海がうまく映っていない。


母の声が流れる。


『ほんとに、かいとたくさん遊んでくれて、そらちゃんにはお礼しないとねぇ』


そらの母親の声が返す。


『いやいや、いいのよぉ、そらだってかいくんのこと弟みたいにかわいがってるんだから。あ、大野さんこれだとうまく海が映ってないね』

『あ、ほんとだ』


なかなかカメラの扱いがうまくいかないのか、二人で笑っている。


今ぼくの横に座っている母も、テレビを見ながらクスクスと笑っていた。


『よいしょ』


母親の声が流れたと同時に、カメラの角度が変わり、海の全貌が映し出された。

日の光を反射し、キラキラと美しく光る海が目に入った途端、ぼくは呼吸を止めた。


そこに映し出された海は、ぼくとくうが、ずっと探し求めていた写真に写っていた海に間違いなかった。


砂浜も。海の透明さも。美しく伸びる水平線も。

ぼくの探していた海そのものだった。


ぼくは少し震える足を進めながら、テレビに近づいた。


「ここだ…間違いない…この海だ…」


母が心配そうに顔を見てきた。


「かい?どうしたの?」

「ここ…この海…!ここ、どこ!?」


母はぼくの突然の声に驚いていた。


「え、どこって?」

「この海!どこの海!?」


母はぼくの聞きたいことを理解したのか、少し考えるそぶりをした。


「急にそんなこと聞かれてもねぇ…もう七年も前のことだから…」


母は、頭をすこしコンコンと叩いている。

すると、顔を上げて口を開いた。


「あっ、そうだ思い出したっ、神栖!」


神栖という地名にはぼくは聞き馴染みがなかったが、探していた海の場所が判明したことによる興奮で体が震えていた。


「神栖…神栖…!」


ぼくは急に立ちあがり、自室へ走った。


「え、かい?急にどうしたのよ!」


母の声はぼくの耳には届かなかった。

いち早く、海の確認をしたかった。



自室に戻り、すぐにPCを開き電源を入れる。

『神栖 海』と検索をかけるといくつかの画像が出てきた。

画像を見て、ぼくは震えた。


「ここだ…間違いない…!」


胸が驚くほど高鳴った。

外は相変わらず雨が降り続いているが、くうにいち早く伝えなければと思い、図書館に行く準備を始めた。



玄関に行くと、後ろから母の声がした。


「どこか行くの?」

「うん」


軽く返答だけして、ドアをあけた。

冷たい風が吹き込んできた。

雨粒も顔に掛かる。


傘立てからビニール傘を一本取り出し、ドアを閉めた。


雨の影響か、周りにあまり人は見られず車がいつもよりも多く感じた。

息を切らせながら、小走りで図書館へと向かっていく。

靴下は、すぐにびしょぬれになったが気にしないようにした。


図書館に到着したが、周辺にはやはりくうの姿はどこにもなかった。


「なんで…なんでこんな時に限って雨なんだ…」


今すぐに神栖の海に一人で向かうことも考えたが、やはりくうと二人でいかないと駄目だと思った。

図書館の窓にも目を向けたが、中にもくうの姿はない。


「くう…海…みつけたよ…」


雨空を見上げる。

今日雨の日だしくうに会うことは叶わないと思い、明日晴れることを願うことにした。


もと来た道を歩いていく。

雨は弱くなることはなく、どんどん強くなっている気がした。


家に着いた頃には、靴だけでなく、服まで少し濡れていた。

靴下を脱ぎ、そのままシャワーを浴びた。



ベットに寝転がりながら、スマホで神栖の海を眺める。

目的の海がわかっても、海に行けばぼくが何を思い出すのか。何を感じるかまでは分からなかった。


天気予報は見る気になれず、スマホを枕もとに置き部屋の電気を消した。


あした、くうに海のことを報告し、海へ行く。

そんな想像をしながら目を閉じた。


「頼むから…明日は晴れてくれよ…」



窓ガラスにはいまだに雨が打ち付けている。









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