第9話 晴れの日

今日もしっかりと太陽が顔を出していて、まぶしいくらいだった。

時間を確認しながら準備を進め、九時に図書館に到着できるようにする。


家をでて、のんびりと歩いていると図書館にはすぐに到着する。

図書館に歩いただけで、すこし背中が汗ばんでくる。


「かいくんおはようっ」


図書館の前には、にっこりとしたまぶしい笑顔がぼくを迎える。


「おはよう」

「ちゃんと時間通りに来てくれましたねっ」


この時に気が付いたが、ぼくはくうより先にここで待っていたことが無い。

くうは早い時間からいつもここでぼくを待っているのかもしれない。


「そんなくうは、いつもぼくより先に来てて早いよね」

「まあねっ!私はここの図書館に住んでるからねっ」


くうはクスっと笑う。


「それはそれは」


くうの冗談を聞いていると、不思議とぼくも笑顔になってくる。


「それじゃあ行きましょうかっ」

「うん、そうだね」


ぼくとくうは並んで駅へと歩いていく。


「そういえば、今から行くところって期待していいとこなんだよね」

「そうだよっ、もしかしたら今日中に探している海が見つかっちゃうかもねっ」

「そろそろ見つけたいからね」


相変わらず、向かっている海の場所は教えてくれないためぼくもただ後ろをついていく。



しばらく静かに席に座ってぼんやりとしていたが、ふと長い時間電車に乗っていることに気が付いた。


「ねぇ、くう、今日は少し遠いところにいくの?」


そうきくと、くうは指を顎に当てすこし考えるそぶりを見せた。


「うーん、そうだねぇ、今までのところよりは少し距離があるねぇ、だから今日は一箇所だけしか行けないかもしれないんだよねぇ」

「そうなんだね」


そういうと、くうは少し顔をのぞかせてくる。


「え、なに」

「私と一緒に海に行く回数が減るんだから、もっと悲しんでくれてもいいんですよぉ?」

「あ、そんなことですか」

「そんなことってなんですかぁ」


くうは頬をぷくっと膨らませる。


何気ないやり取りをしているうちに、電車は目的地へとどんどん近づいていく。




「かいくんっ、ついたよっ」


ぼうっとしていたが、くうの声でハッとした。

正確な時間は分からないが、だいぶ長い間電車に乗っていた気がする。

窓の方へ目を向けると、ここからでも微かに海が見える。

完全に停車して、ドアが開くと優しい風と共にわずかな潮の香りが鼻をなでた。


「ほらっ、おりるよっ」

「うん」


くうの後に続き、電車を降りる。

駅の規模は小さめで、周りにいるには地元の人のような人ばかりだった。

駅の周囲の景色で、ぼくがここに来るのが初めてだということは薄々感じていたがまだくうには言わないでおく。


「いやあ、結構電車長かったねぇ」

「そうだね、それでここはどこらへんなの?」


駅名もなじみの無い名前の為、ここがどこの県なのかすらぼくは理解していない。


「ここはね、茨城県だよっ」

「茨城県…か」


過去に茨城の海には来た気がしなくもないが、だいぶ前のことなのでいまでは全く覚えていない。


「まま、そんなことより海ですよっ!早く行かなきゃ!」

「わかったわかった」


くうはまだ海には到着していないというのにご機嫌だ。


もはや当然かのように、探している海ではなかった。

この日もいつものように、海は見つけられず、期待もあったせいかくうも少し落ち込んだ様子で一日を終えた。


次の日も、これほどかというくらい日が当たる晴天だった。今日こそはくうよりも先に集合場所についてやろうと思い、三十分ほど早く家を出た。少し大股で急いで歩くと、どんどん身体が熱をもって汗が滲んでくる。服をパタパタとさせて空気を送り込むが、送られてくる空気も暖かく特に意味が無いようにも思える。

図書館の近くに着き、入口を見た時頭を抱えた。


「いや、早すぎる…」


20分ほどはやく着いたというのに、くうはすでに入口で待っていてニコニコとこっちを見ているのだ。


「私より早くここに着こうなんて考えたって無駄ですよ?」


そう、くうはぼくをからかう様に言ってくる。


「別にちょっと早く起きたから偶然早く来ただけで、くうより早く着こうなんて考えたこと無かったですけど?」


ぼくも、そう言って意地を張る。


「ふっ、かわいいやつめ」

「ぼくより一つ年下のくせに」

「なっ!それは言わない約束でしょ!」


そう言ってくうはゲラゲラ笑いながら肩を叩いてくる。こんなように集合してすぐ2人でケラケラ笑っている。


「ささっ!行きましょうか!」


くうがパチンと手を叩き、駅の方へ体を向ける。


「うん、いこうか」


ぼくもその横に並ぶようにして共に歩いていく。

いつもの様に、学校での様子や普段なにしているかなどの雑談をしていれば、多少遠い場所でも目的地にはすぐに到着する。


「ついたついたっ!」


またくうはキャッキャとはしゃいでいる。

でもやはり、駅で降りた時点で感覚的に探しているのはここでは無いと分かってしまう。感じるものがないのだ。それでもせっかく来たし、嫌いな海を見るのはやはり気持ちがいい事なので向かうことにする。海に向かって歩いてる時、ふと学校での陽太との会話を思い出しくうに話しかける。


「あ、くう」


少し前を歩いているくうはこちらにくびだけ向けようようにして反応した。


「どしたの?」

「あの、ぼくが前、学校で友達が出来たって言ったでしょ」

「うん、言ったね」

「それでその友達が、写真を撮るのが趣味らしくてね」


そういうと、くうは興味ありげにうんうんと頭を頷かせ始めた。


「で、その子のお姉ちゃんが海が好きらしくて、一緒について行って海の写真も何枚か撮ってるんだって」

「ほうほう、それでそれで?」

「その写真を、明日持ってきて見せてくれるみたいなんだよね。だからその中にもしかしたらぼく達が探してる海があるかもしれないなって」


それを聞くと、くうは分かりやすく笑顔になった。


「えっ、すごいすごいっ!ほんとに見つかるかもじゃんっ!」


くうは楽しそうにぴょんぴょん跳ねている。


「それで、そのお友達の名前はなんて言うの?」

「あ、そう言えば言ってなかったね」


思えば、友達ができたとは伝えたが、名前まではくうには伝えていなかったのだ。


「名前はね、陽太くんだよ」


その時ぼくは、くうの表情が一瞬固まったのを見た。なにか陽太という名前に聞き覚えがあるのだろうか。表情をそのままに、くうは続けて聞いてきた。


「陽太くんか、名字は?」

「名字は、中村だよ。中村陽太」


明らかにくうの表情が変わった。少し虚ろな表情をして、どこか悲しげな雰囲気も含んでいる。ぼくと目を合わせず、一点を見つめて何かを思い詰めているように。


「え、く、くう…どうかしたの?」


そういっても、少し目線をこちらに向けてくれるだけで反応はなかった。その代わりに何かを呟いている。


「中村…陽太…そんなことって…」

「ねえ、くう、どうしたの??」


そう言ってぼくはくうの両肩を持った。そして顔を見るとくうは泣いていた。


「え…どうしたの…」


それにくうは震えた声で返した。


「ごめんね…かいくん…ごめんね…私だめだ…今日は帰ろ…」


ここまで来て急に帰るというのも良く分からないことだが、くうがこんな状態だとこれ以上一緒にいても良くないというのは明らかだった。涙の真意は何も分からないが、ここは素直にくうのお願いを受け入れようと考え、くうの目をみて頷いた。


「うん、わかった。今日は帰ろう」


そうすると、くうはより一層唇を震わせた。


「ありがとう…ほんとうに…」


そうしてぼく達は海にもうすぐ到着するであろう場所で引き返し、来た道を帰り家の最寄り駅まで帰っていった。電車の中でも特に話すことはなく、くうはずっと下を

向いてうなだれていた。


「かいくん…ごめんね…本当にごめんね…」


夕方過ぎに最寄り駅に到着したあとの別れ際も、くうはぼくは必要以上に謝ってきた。


「やめてよ、くうはなにも悪いことしてないし、ぼくも大丈夫だよ」

「でも…でも…」

「本当に大丈夫だって。ほら、家に帰ってゆっくり休もうよ」


そうなだめるとくうは少しコクコクと頷いた。


「そう…だね…」

「それじゃ帰ろうか」

「うん…」


ぼくはくうに背を向け自分の家の方へ歩き出した。振り向いてくうに声をかける。


「気を付けて帰るんだよ」


そうすると、くうは悲しげな顔をしたまま頷いた。ぼくもそれに軽くうなずいて返しまた家の方へ歩みを進めた。


「またとしょ…あれ…」


また図書館で会おうと声をかけようとして、振り返った時にはくうの姿はそこには無かった。


「あれ…急に…」


すこし考えたが、軽くぽつぽつと雨が降ってきたため足早に家に帰ることにした。



翌日、いつも通りアラームで起床して学校に向かう準備を済ませた。準備をしてる時、ずっと昨日のくうの様子が頭をよぎる。


『中村…陽太…そんなことって…』


くうが陽太のことを知っているはずがないのにも関わらず、陽太の名字を気にして、フルネームを知った時にはなにかを思い詰めるような表情をしていた。陽太と同じ名前の人がいてその人となにかあったのか、それとも本当に陽太と関りがあるのか。必死に考えたところで何もわからなかった。

諸々の準備を済ませたら学校へ向かっていく。大学の最寄り駅に着き、イヤホンで音楽を聴きながら大学に向かって歩いていると、後ろから肩をたたかれた。驚いて後ろを振り向くと、そこには陽太がいる。すぐにイヤホンを外す。


「やっと気づいた、声かけても反応しなかったから」

「ごめんごめん、全然気づかなかった」


そういって陽太に笑いかける。ぼくは基本的に音楽を大音量で聴いているため周りの音はほとんど聞こえていない。そのため、声をかけられた程度では気づけないのだ。


「あ、授業終わったら海の写真見せるね」

「あ、ほんとにありがとう」

「全然全然」


ぼくと陽太は横並びで歩いていき、大学へ入っていった。特に時間に余裕をもって到着したわけでもないため、やはり席は後ろから真ん中まではびっしりと埋まっており、前の方の席しか空いていなかった。


「そこに座ろうか」

「うん、まぁどこでも大丈夫だよ」


そう言って前から三列目の席に座った。席に座って数分後、教授が教室に入ってきてしばらくしてから授業が始まった。授業中は、一応スマホなどは触らず教授の方へ目線を向けているが、やはり海のこと、くうのことが頭から離れず授業の内容はほとんど頭に入ってこなかった。しかし、休憩がてら話していた余談のような教授の話が少し興味深かった。


「皆さん、夢って見るでしょう?私も内容は曖昧ですけど昨日夢見ましてね。なんか、夢って混沌としているというか突っこみ所満載っていう感じしません?なんであなたがでてくるの?とかそんな感じで」


確かになと思った。夢はよく見るが、どれも脈絡のない内容ばかりで理解に苦しむ内容ばかりだからだ。


「それで、夢っていうのは普段起きた出来事とか、蓄積した情報を整理すために見るらしいんですね。私もネットで調べたんですけどね。脳に溜まってる過去の記憶とか、最近の記憶が同時に処理されるために、あんな混沌とした感じになるらしいです」


この話を聞き終わり、ふと最近見た夢のことを思い出す。


『きみと水平線をあるけたらな』


黒髪の女の子にそう言われたあの夢。あの夢も、もしかしたら忘れてるだけでぼくが過去に経験してきたことなのかもしれない。あの夢も。あの夢も。


「はい、じゃあ今日はここらへんで終わりましょうかね」


教授のそのセリフと共に授業を受けているみんなの静寂が解かれる。九十分の授業はどうしようもない考え事をするにはあっという間の時間だった。


「いやぁ、やっぱ九十分て退屈だね」


陽太が横で伸びをしながらそう言ってきた。


「まぁ、九十分て結構長いよね」


この日は授業が二コマしかないため大体の生徒は授業が終わったらすぐに教室を出て帰宅していく。


「写真、食堂で見ようか」

「うん、そうしよ」


ぼくの通っている大学では、食堂は食事をするだけの場所ではなく、暇な時間に勉強をしたり談笑したりする場所でもある。ぼくらが食堂にいくと三割ほどは食事以外の目的で使用している。


「ここらへんでいいか」


ちょうどよく空いていた席に座り荷物を置いた。陽太はバックの中から薄い本のようなものを取り出しながらぼくに尋ねた。


「かいは昼ご飯食べる?」

「あ、おれは食べなくていいや。陽太は?」

「おれも別にいいかな」


朝ご飯も食べてないが、正直そこまで空腹というわけでもないので昼ご飯も抜くことにする。


「それで、一応これね」


そう言って陽太が机に置いたのは写真を一枚一枚収納できるクリアファイルみたいなものだった。


「みても大丈夫?」

「もちろん、見てもらうために持ってきたからね」

「ありがとう」


ページをめくってみると、本当に驚いた。良いカメラを使っているというのもあると思うが、撮影する角度、収める位置などセンスにあふれていて、プロのカメラマンが撮影したといわれても遜色ないほどの仕上がりだった。


「え、すごすぎる…」


そうつぶやくと、頬杖をついてこちらを見ている陽太がにこにこしながら言う。


「いや、そんなことないけど、父親がくれたカメラ使ってて、それがなかなかに良いカメラなんだよね」

「なるほど…だとしてもやっぱすごいと思う」

「ありがとう」


陽太は少し照れくさそうにしている。三枚目の写真に目を通したあたりでぼくはあることに気が付いた。この写真に写っている海、どこかで見覚えがあるのだ。そうしてぺらぺらとページをめくっていくとやはりそうだった。写真に写っている海、そのすべてが、ぼくとくうが今までに巡った海だった。


「え…ここも…ここも…覚えてる…」


間違いなかった。はっきりと覚えていた。どの写真を見ても、やっぱりすべて見覚えがある。最後のページに到達し、ぼくとくうが探している海こそ写っていなかったが、そこにあるすべての写真の海にぼくはくうと行っていた


「こんな偶然…あるわけ…」

「かい、どうした?なにか気になる?」


目を見開いて一人で呟いているぼくに陽太が声をかける。


「い…いや…」

「ん?」


陽太は怪訝そうな顔をしている。


「陽太…この海って…なんで…?どうやって…?」

「どうやって?」

「なんでこの海を選んだの?」


ぼくが何を言っているか分からないと言いたげな顔をしながらも陽太は答える。


「海は、おれが選んで行ってるわけじゃなくて、お姉ちゃんが行きたいとこにおれが付いていってるだけなんだよね」

「じゃあ、陽太はこの海のことはあんまり知らないってこと…」


きょとんとした顔で陽太はそうそうと頷く。


「なんで陽太のお姉ちゃんはこの海に…?」


陽太のお姉ちゃんが行くと決めた海が、こんなにもぼくとくうと被るなんて偶然だとしても無理がある、これはなにか関係があるかもしれないと考えざるを得なかった。


「あぁ、おれは写真を撮ることしか興味なくて特に詳しいことは聞いてないから分からないけど、お姉ちゃんが行かなきゃいけない、見ておかなきゃいけない海だからみたいなことは言ってたような気がするけど」


そう言われて、陽太のお姉ちゃんに会いたいと思った。陽太のお姉ちゃんに会って話を聞けば、ぼくの気なっていることがすべてわかるようなそんな気がした。


「それで、どう?探してる海はその中にありそうだった?」


ぼくは静かに首を横に振った。


「ごめん…わざわざ持ってきてもらったのに…」


そう謝ると、陽太は軽く笑った。


「いやいや、謝る必要なんてないでしょ、おれも自分の写真友達に見せたの初めてだからなんかうれしいわ」

「ほんとに良い写真だと思う」


そう伝えて、アルバムを陽太に返した。


「ありがとう、うれしい」


ニコッと微笑んだまま陽太はそれを受け取りバックの中にしまった。そしてバックの中をみたままぼくに声をかける。


「あ、そうだ。写真の海がすごい気になってるみたいだからさ、今度おれのお姉ちゃんに会って話聞いてみる?何かわかるかもよ」


陽太から言われなければ、自分からお姉ちゃんに合わせてもらえるようにお願いしようと思っていたので思ってもない朗報だった。


「え、いいの!?」

「うん、お姉ちゃん、今は千葉に住んでるんだけどちょくちょく実家に帰ってくるんだよね。だから帰ってきたら伝えるから合わせてあげるよ」

「え、ありがと!ほんとに助かる!」

「任せてよ。それじゃ、今日はそろそろ帰る?」


写真のことに集中して時間を忘れていたが、思ったよりも食堂に長居してしまったようだ。


「そだね、帰ろうか」

「うん、そうしよ」


そうしてぼくたちは荷物を持って食堂をでて大学を後にした。





















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