第11話 真実
目を開けたくなかった。
目を開けなくても、窓ガラスをたたく雨音ははっきりと聞こえていた。
それも、昨日よりも音は大きく、強い。
ゆっくりと目を開き、窓へ目をやるとやはり昨日よりも雨は強くなっており多くの雨粒が付いていた。
昨日やっと海の場所が判明したのに、くうに報告できるのはまた後日になる。
おでこに手を置き、溜息をついたとき、お腹がぐぅと鳴った。
そういえば、昨日はろくに食事もしないでいた。
お腹の音で自分の空腹を認識し、なにか少しでも食べようとリビングへと降りて行った。
リビングに行くと、母親がソファに座ってテレビを見ていた。
「あら、かいどうしたの」
首をこちらに向けながら言ってきた。
「いや、ちょっとお腹が空いたなって」
そういうと母は冷蔵庫を指さした。
「冷蔵庫の中に、ご飯がタッパーに入ってるからそれチンして食べな」
「うん」
冷蔵庫を開いて、青い蓋のタッパーを取り出した。
レンジに入れて、一分にセットする。
温まるのを座って待っていると、母が話しかけてきた。
「かい、昨日はどうしたの?神栖って言った途端急いで部屋に戻ったりして」
「あ、いや、別に何でもないよ」
「ふーん、そう」
レンジの終了の音が鳴る。
中からタッパーを取り出し、ご飯を茶碗に移した。
「いただきます」
ご飯を食べ始めると、母がまた声をかけてくる。
「あ、かい、今日青井さんの家に行くけどかいも一緒に行く?」
雨が降っていて、くうにも会えないし特に用事はなかったし、青井さんという名前にはピンとこなかったため、なんとなく断ることにした。
「いや、いいや。青井さんて知らない人だと思うし」
そういうと、母は手を「違う違う」というようにした。
「かい、青井さんはそらちゃんのお母さんのことだよ?ほら、昨日のビデオの」
「え」
そらという名前を聞いて箸をとめた。
「そら…ていう人のお母さん?」
「そうだよ、最近また会ったりしてるの」
色々と考えたが、今日青井さんの家へ行けば自分の中にある、そらという人物の正体がなにか分かると思った。
「じゃ、じゃあやっぱり行く」
「あら、じゃあご飯食べ終わったら準備してね」
「うん」
残りのご飯を口にかき込み、茶碗をシンクに置いた。
自室に戻ると着替えをした。
洗面台へ向かい、歯を磨く。
準備を終えると、母もすでに準備が済んでいたみたいだった。
「準備できたよ」
「はい、じゃあいこうか」
母は自分の傘を、ぼくは適当に昨日と同じビニール傘を手に取った。
「うわぁ、すごい雨だね」
「そうだね」
風も強く、雨は横殴りのような状態で降っていた。
ふと思ったが、母とこうして一緒に外出するのはいつぶりだろうか。
「青井さんの家ってどこら辺にあるの?」
少し飛ばされそうな傘を抑えながら、母に聞く」
「すぐ近くよ、もうすぐつくから」
しばらく歩くと、母が足を止めた。
「ほら、ついたよ」
そこは家から、図書館よりも少し近い場所にあった。
母が、扉に近づきインターホンを押す。
すぐに声がした。
「はーい」
「あ、青井さん、大野です」
「あぁ!大野さん、すぐ開けますね」
ガチャっと切れるとすぐに扉が開き、四十代くらいの女性が出てきた。
「いらっしゃい、あらかいくんも!ほら入って入って」
こっちこっちというふうに手招きしている。
「おじゃまします」
母と、一緒に中に入っていった。
玄関に入ると、なにか料理でもしていたのか良い臭いがした。
「ささ、あがってあがって」
廊下を通り、扉を開けリビングにはいる。
リビングは広々としていて、部屋の奥には大きな仏壇が置いてあり遺影がふたつおかれていたが、顔はあまり見えなかった。
「いまお茶出すから、くつろいでてっ」
青井さんはそう言ってコップを三つ用意した。
母と、椅子に並んで座った。
しばらくして、青井さんが湯気がたつ温かいお茶をぼくと母の前においてくれた。
「わざわざありがとうございます」
「ありがとうございます」
青井さんも自分の分のお茶をテーブルに置き、母の前の椅子に腰かけた。
「いやいや、こちらこそこんな雨の日にわざわざありがとねぇ」
「いえいえ、家からも大して遠くないから大丈夫ですよ」
「ならいいんだけどねぇ」
そういうと青井さんはぼくの方を見た。
「それにしてもかいくん久しぶりねぇ!何年ぶりかしら」
「あ、どうも…」
久しぶりに会ったようだが、ぼくはあまり覚えていなかったので少し声が小さくなってしまった。
「青井さんがかいと会うのは七年ぶりとかだと思いますよ」
横から母親が言う。
「あら、もうそんなに経つのねぇ。かいくんすっかり大きくなっちゃってねぇ」
ぼくの方へ優しく微笑みながら言った。
「まだまだ子供ですけどねっ」
母はぼくをからかうように笑った。
「もう十九なんだけど」
「そっかぁ、かいくんもう十九歳なんだねぇ」
この時、青井さんは少し悲しげな表情を浮かべたがぼくは特に反応しなかった。
この後は、母と青井さんが世間話にはなをさかせていた。
外を見ると、雨で天気が悪かったのも相まって暗くなってきているように見える。
「あ、青井さんそういえば」
母が、新しい話題を青井さんに持ち掛けた。
「どうしたの?」
「昨日、家の物置から神栖の海に行った時のビデオが出てきたんですよっ」
ずっとぼうっとしていたぼくも、母のこの言葉には反応して顔をあげた。
「神栖…なつかしいねぇ、あのときはかいくんも小さくてねぇ」
青井さんがふふっと笑った。
「かいなんて、ずっとそらちゃんにべったりでしたからねぇ」
母もくすくすと笑っている。
母と青井さんは笑い終えて、ふぅと一息ついた。
「かいくんが十九歳じゃあ、そらはかいくんに歳ぬかれちゃったねぇ…」
「…え…?」
それは青井さんにとっては何気ない発言だったのかもしれないが、ぼくにとっては驚愕の一言で、不意に声を出してしまった。
「え…ぼくがそらちゃんの歳を…ぬかしたって…どーゆー…」
ぼくがそういうと、青井さんはきょとんとしていた。
母の方をみると、すこし暗い顔でうつむいている。
青井さんは黙っていたが、ぼくと母の顔色をみるとなにかを察したのか、席を立ち横の部屋に入っていった。
「え…?」
ぼくはまったく状況が理解できてなかった。
母は何も言わない。
しばらくすると、青井さんがなにかを持って戻ってきて、席についた。
「かいくん、これ」
青井さんが差し出したのは写真たてだった。
なかには写真が一枚。
写真を見たとたん、ぼくは目を見開き頭は真っ白になった。
写真には、海を背景に映る幼いころの自分と、満面の笑みでにっこりと笑っている
くうの姿があった。
なにも理解できなかった。
なにも。
なんで。なんで。なんで。
「なんで…」
写真たてをもち、写真をみたまま立ちすくんでいるぼくを母と青井さんが不思議そうにみている。
「かいくん…どうしたの…?」
「なんで…なんで…なんでくうが…」
体の震えが止まらなかった。
「かい、どうしたの?」
このときに、不思議そうにしていた青井さんが目を見開いていた。
母は、いまだに不思議そうにぼくを見ている。
「くうは…?」
「かい?くうってだれ?」
母が聞く。
「くうは…この子は今どこに!?」
ぼくはあることを思い出し、写真たてをおいて、仏壇の前にいき写真をみた。
写真をみるまでは、そんなことはないと信じていた。
そんなわけはない。
まさか、そんなわけが…。
仏壇には、優しそうな男性の写真があり、その隣にもうひとつ遺影がある。
視界にいれるのがこわかった。
少しずつ目線をずらして遺影をみる。
そこにはいつもぼくに向けていた愛らしい笑顔のくうがいた。
「あ…あ…なんで…なんでぇ…」
涙がでてきた。
くうの声を思い出す。
『図書館の前で待ってるねっ』
ぼくは立ち上がり、玄関へ走り出した。
母はもちろん驚いている。
「え!?かいどこいくの!?かい!」
だけどもそんなことはどうだってよかった。
青井さんはなぜか冷静でいて、母を止めている。
「大野さん、大丈夫」
「青井さん…でも…」
青井さんは優しく笑う。
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