第2話 銃士、コカトリスの卵が欲しい~上手く言えないけど、卵かあればなんとかなる~
よく晴れた昼下がり。
城下街の大通りに店を構えるカフェは、ランチ目当ての客でごった返している。
カントリーな内装の店内には、若い女が多い。
そのなかで、男二人が向かい合う姿は少々浮いている。
俺達に気が付いた女たちが、横目で様子を伺っていた。
「いや〜、昨日はホント当たりだったわ。あんな可愛い子、滅多に出会えないぜ?お前も来ればよかったのに」
向かいに座る、赤毛で、ロン毛の男が、まあまあ大きな声で言った。
「いい」
この手の話は面倒なので、いつも断っている。
「そう言うなって。お前が好きそうな子、見つけたんだよ。おっとりしてて、空気読めそうな感じの子なんだけどさ。一番は、なんて言ったって胸がでかい!」
向かいに座る、赤毛で、ロン毛で、顔の良い男が、割と大きな声で言った。
「そうか」
断っても話が終わらないのは、毎回のことだ。
適当な相槌を打って、その場を凌げばいい。
「お、興味出ていたか?じゃあさ、近いうちに合コン開いてやるからお前も来いよ」
向かいに座る、赤毛で、ロン毛で、顔は良いけど、品性の無いこの男は、錬金術師。
錬金術師は、共に魔王を倒した仲間の一人で頼りになる男だ。
しかし、容姿と中身に些か差がある少し残念な男でもある。
「断る」
普段はもう少し落ち着きがあるのだが、今日は昼から饒舌。
昨日の酒がまだ抜けきっていないのだろう。
錬金術師は記憶が曖昧なのか、昨夜の見合いが上手くいったと思っているようだが、現場を知っている俺に言わせれば完敗だ。
たらふく酒を飲まされ、食われそうになった錬金術師を助けることが、いつの間にか俺の仕事の一つになっている。
「はぁ?今のは行くの一択だろが!可愛くて、空気読めて、胸がでかいんだぞ!行かなでどうする!まさか……黒髪パーマだからって気後れしてんのか?心配すんなって。俺様がいれば勝ったもどうぜんよ。全ての女が選びたい放題だ。大船に乗った気でいな!」
確かに女性を引き付ける能力に関しては認めるが、すぐ沈みそうな船には乗りたくない。
「泥舟」
「大船!それも豪華客船だ。お前が普段味わえないようなデッカい波に乗せてやるぜ」
波に乗るなら、豪華客船より大型漁船がいいのだが。
「大漁旗」
「ああ!大漁よ!!」
狙っている獲物は違えど、大漁を目指す気持ちは同じか。
女性を複数釣って良いものなのか俺にはよく分からないが、あまり良い予感はしない。
錬金術師の監視なんて、魔王を倒すよりも大変な仕事を受けてしまったようだ……。
「お待たせしました。Aランチのハンバーグセットのお客様」
カフェの店員が頼んでいた料理を持ってきた。
俺が静かに手を挙げると、熱々の鉄板に乗った焼きたてのハンバーグが目の前に置かれた。
その上からデミグラスソースをかけられれば、パチパチと弾けるソースの良い香りが鼻腔をくすぐる。
「Cランチのペペロンチーノセットになります」
続いて錬金術師の前に、色とりどりの香辛料がふんだんに散りばめられたパスタが置かれた。
熱をくわえられた香辛料の刺激的な香りに、食欲が最大限まで引き上げられる。
グルメ雑誌「いつまでこんがり肉食ってんの?今日のメニューはこれで決まり!」に掲載されていた、「猫亭のABCランチ」は、情報通り期待できる一皿のようだ。
今日という日の為に前倒しで依頼をこなしたかいがあった。
毎月発行される雑誌だが、毎号ごとに素晴らしい料理の情報が並んでいる。
一切の妥協を許さない料理への情熱に共感を受け、毎月欠かさず買い、その中で一番心惹かれた一品を食べることが、毎月の楽しみだ。
さて、まずは目の前のハンバーグから頂くとしよう。
「どーも。あのお姉さん、ちょっといい?」
「はい?なんでしょうか」
ああっ!なんだ、このあふれ出る肉汁は!
透明でありながら、肉の旨味が詰まった濃厚なスープのような風味。
艶やかな赤茶色のデミグラスソースと肉汁とが絡み合い、キラキラと輝く姿はまるで、長き眠りから目覚めた至宝の原石……。
ずっと眺めていたい光景だが、料理を前に食べないというのは最大級の無礼だ。
名残惜しいが冷めないうちに、まずは一口――。
「今日の仕事終わり、あいてたりする?」
「特に予定はありませんが……」
甘みと酸味が絶妙なデミグラスソースと、濃厚でありながらスッキリとした味わいの肉汁。
それらすべてを身にまとい、至高の頂へと昇りつめるたハンバーグの旨さは、留まるところを知らない。
「よっしゃっ!じゃあさ、俺とデートしない?夜景の綺麗なデートスポットいくつか知ってるんだよねー」
「素敵ですね。ぜひ、ご一緒したいです」
この世には俺の常識を超える美食が、まだ多く存在する。
そのことを思い知らされる品だったな……。
「OK~。それじゃ、ラストの時間で迎えに行くから。夕飯はそれこそ、夜景がきれいなレストランで食事でもしようよ」
「良いですね。ワインが美味しいところがいいです……」
一方が美味しいとなれば、もう一方への期待が高まるのは必然だ。
濃厚なハンバーグに比べ、ペペロンチーノはあっさりしているのだろうか。
しかし、数種類の香辛料を使用していることから、味に深みがありそうだな。
こうも刺激的な香りを目の前に、箸が進んでいないとはどういう了見だ。
ペペロンチーノから視線を少し上にあげると、錬金術師は先ほどの店員と会話をしていた。
「お姉さんお酒イケるくち?俺もお酒大好きなの!気が合うな~。運命だったりして?」
「ふふっ。私も運命感じちゃいます♡」
店員の様子が料理を運んで来た時とは明らかに違う。
高揚した頬、潤んだ瞳、湿っぽい語尾……。
美食を食している最中に、面倒事は御免だ。
「錬金術師」
「なんだよ。人がデートの約束してるところに割って入るなんて、無粋だぞー」
「今日は大事な話がある」
ここへはランチを目当てに来たのだが、もう一つ目的がある。
そのことは事前に錬金術師にも話しているはずだが。
「ん?あーそうだったっけな。すまん、忘れてたわ。でもそれ、夜までかかんのかよ」
夜までと言っていいのか定かではないが、目的のことを考えれば今夜は大人しくしていてもらいたい。
「ああ」
「マジかー。お姉さん、ごめん。今日は先約があったの忘れてたわ。今度また誘わせて?」
錬金術師は俺との約束を優先し、店員に断りを入れた。
その様子を何の気なしに見ていた俺を、店員が殺気を帯びた目で睨みつけて来たが、慣れているため無視をする。
「……残念ですが仕方ありませんね。お友達を大事にする錬金術師様、素敵です」
「あんがと」
店員は去り際に何度も振り返り、錬金術師に熱い視線を送り続けた。
錬金術師は、無自覚に女性を魅了してしまう体質持ちだ。
自身でそうだと知っていれば上手く生きて行けただろう。
だが、錬金術師は不器用な性格なのか、未だに自分の体質に気が付いていない。
自分はモテると言いながら、未だに彼女のいないことを悲観している。
世界一のイケメンだと豪語しながらも自信がなく、肝心なところであと一歩が踏み出せない。
終いには強くも無いのに酒に頼り、呑まれ、飢えた女性たちの恰好の餌になってしまうのだ。
その度に助けに行くのが俺の仕事なのだが、毎回仲間の醜態を見るのは堪えるものがある……。
「で、お前が手に入れられない素材って?」
ようやくパスタに手をつけ始めた錬金術師に話を切り出され、本来の目的へと、気持ちを切り替える。
二つ目の目的は、素材調達の依頼だ。
グルメ冒険家の***が、先日新しいレシピを考案した。
グルメ冒険家***といえば、この世のすべての美食を食べ尽くした男と崇められる、美食家の皇帝ともいえるお方だ。
そんな彼が、旅をしながら更なる美食を探求し出来上がったレシピこそ、究極の美食シリーズだ。
新しいレシピは、なんとデザート。
彼のレシピの中でも期待度が最も高いジャンルだ。
***曰く、新作はパンケーキの頂点だそうだ。
その名も「究極のパンケーキ」。
ふわふわの焼き上がりは皿が揺れる度に崩れ落ちそうなほどに柔らかで、口に入れた瞬間に溶けて消えしまう繊細さとは裏腹に、濃厚な卵の甘みが後に引く贅沢な味わいが余韻を残す一品だとか。
この料理の決め手は何と言っても卵だ。
もちろん他の小麦やミルク、パター、砂糖、蜂蜜も最高級品を使っているが、卵は更に貴重な素材を使用している。
その為、調理方法も難易度の高いものになるだろうが、そこは考えなくていいだろう。
問題は材料調達だけ。
言い換えれば、材料さえあればすぐにでも再現することができる。
俺には最強の料理人が付いているからな。
「コカトリスの卵」
「無理」
拒否されることは想定内だ。
だが、その場合の対処法も、抜かりなく用意してる。
「明日、早朝」
「勝手に決めんな」
「黒の女神の泉」
「だから勝手に決めんなって。んな危険なダンジョンに誘うなんて、俺を殺す気か?」
「死なせない」
「イケメンかよ!」
錬金術師は押しに弱い。
じっと一途に視線を合わせていれば、折れるのも時間の問題だ。
今までそうやって利用――いや、同伴してもらったからな。
「あー、もう分かった。行く、行けば良いんだろ。お前に付き合ってやれるのは俺ぐらいだもんな」
ハンバーグを食べ終えたら、ペペロンチーノも食べたくなってきた。
「……」
まだ半分以上も残っているのは食べきれないからだろう。
もったいないから俺が食べるか。
「そこは「そうだな」とか「ありがとう」とか返せよ!」
通りかかった定員に受け皿を頼むと、すぐに持って来た。
「明日、早朝」
「分かった、分かった。黒い女神の泉だろ?あー、めんどい仕事受けちまったなー」
フォークとスプーンを手にし、ペペロンチーノを受け皿に盛る。
これは欲張り過ぎたかもしれない。
半分も取ってしまうなんて……。
「……すまない」
こんなに美味しいものを奪ってしまったことに罪悪感を覚えるが、日々の俺の努力に免じて許せ。
「「ありがとう」だろ?」
「ありがとう」
「どういたしまして。しっかり準備しとけよ?特に銃弾。いくら俺が世界一の錬金術師って言っても、Aランクの魔物を相手にしながら錬金はキツいからな」
「分かった」
錬金術師は気にしていないようだ。
変な所ばかり小さい男だが、食を奪う行為は対象外らしい。
俺が同じことをされたら、生きて返さないだろうに。
「さて、お前のお願いを聞いてやるんだ。もちろん俺のお願いも聞いてくれるよな?」
「……」
ペペロンチーノを奪ってしまった分、強くは出られない。
どうしたものか……。
「今日が駄目でも、明日は空いてるよな?明日の夜の話、これからじっくりしようじゃないか、ロノフ」
この後、俺は季節のフルーツパフェを堪能しながら、永遠と続く錬金術師の話を全て聞き流した。
次の日の早朝。
錬金術師は、約束していた時刻にハウスの入口へとやって来た。
「ふぁ〜。よー、ロノフ」
夜更かしをしたせいでまだ眠いのか、錬金術師は瞼を擦りながら口を大きく開けあくびをする。
だから早く寝ろと言ったのに。
俺は何日か寝ずに仕事をすることもある為、睡眠が少なかろうと大した問題は無いのだが、錬金術師はどちらかと言えば人より睡眠時間は多い方だろう。
興味のない女の話に付き合わされるのは、今日のことがあり仕方が無いと諦めていたが、そのせいでコンディションが悪いのは許せない。
「行くぞ」
初めにダラダラされると、この後もずっとそうなる。
寝不足なのは自業自得なのだから、それに合わせてやる気はない。
「お前、眠くないのかよ。てか、第一声から「行くぞ」って、もっと俺のコンディションとか気づかえよ」
どの口が言うか。
「問題ない」
「お前が決めるな!それともお前のことか?どっちにしろ俺の言ったこと伝わってないだろ」
さっきまで眠そうだったが、もう目が覚めたようだ。
長話が始まる前に出発しよう。
「先行する」
「あーそうだな、俺は後衛職だもんな。お気づかいどーも……って、違うわ!」
「遅い」
「だから俺を気づかえって!そんなに離れてちゃんと俺を守れるのか?」
たかが200m離れたくらいで、そんなことを言っているのか?
この程度の距離なら、スコープを覗かなくても急所を狙える。
「遠距離射撃は得意」
「そーでしたねー」
錬金術師とは長い付き合いだ。
俺の射撃の精度は、十分に理解してくれていると思っていたのだが。
きっと、時々ああいうことを言ってくるのは、腕が落ちていないか心配されているのだろう。
せっかくの機会だ、腕が鈍っていないことを証明してやろう。
黒の女神の泉までの道中、俺はあえて錬金術師から距離をとって歩いた。
だが、やはり距離に不安があったのか、錬金術師は俺の傍に寄ろうと何度か歩行速度を速めたり、走ったりしてきた。
俺はそれらすべて振り切って、遠距離からの護衛に努めた。
これでしばらくは心配されずに済みそうだ。
遠距離の護衛が功を奏したのか、予定よりも早く目的地に到着した。
「いつ来ても不気味だよな」
錬金術師が、森の入り口を眺めながら言った。
鎮めの森を出てからは、だだっ広い***平原を西へと横断してきたが、ここからは深い森の中を行く。
見晴らしのいい平原とは違って、森の中は遮蔽物が多い。
そしてここは、黒の女神が作り上げた魔物の楽園。
中央にある泉から流れだした闇の魔力が、森全体を包み込んでいる。
黒の女神の泉は、もともとは聖水が沸く清らかな泉だった。
だがある日、黒の女神は妹の白の女神と仲違いをし、心を闇に落としてしまう。
それに伴って泉も黒く染まってしまったのだ。
現在は仲直りし、二人で暮らしているのだが、高ランクの魔物の生息地となってしまった泉の汚染は、浄化されることなく、今も黒く染まったままになっている。
「こういう危険な魅力って言うの?仮に美女だとしたら、逆に燃えるわな」
なにを言っているのか分からないのが、通常の錬金術師だ。
いつも通りで何よりだな。
「今から会うのがコカトリスなんてなー。たとえメスでもテンション上がらないわー」
コカトリスは巣を作る時、水場が近くにあることを条件としている為、目標であるコカトリスの卵は、おそらく泉の近くにあるだろう。
泉付近は、気化した毒が空気中に霧散していて危険だ。
俺は仕事柄、大体の毒に耐性がある。
闇ギルドに所属していた時は、毒物を盛られることは日常茶飯事だったからな。
常人であれば一口で死に至る毒薬も、俺なら最悪の場合てあっても三日寝込む程度だろう。
そして錬金術師も、職業柄というよりは不注意の結果、毒に耐性がある。
薬を調合する際に、薬草と毒草を間違えたらしい。
ありがちなミスだが、それで死ぬ者が割と多くいる。
錬金術師も本来であれば死んでいたのだろうが、運良く助かり、さらに毒無効の耐性持ちになった。
「あー迷子になって困ってる美女いないかなー」
確かこの森には妖精がいたな。
小さいが人型をしていて、容姿も整っていると聞く。
「闇妖精」
「美女なら闇妖精でもいい」
だが闇妖精の主食は、負の感情だ。
幻惑で心を惑わし、闇に染まった魂ごと吸いつくす。
「搾り取られる」
「生命力とか色々なー。いっそ搾り取られてみたい」
何を考えているのか容易に想像がつくのは、付き合いが長いせいだ。
絶対に錬金術師が考えている通りにならないことも、長い付き合いの末、分かり切っている。
「俺が守る」
仲間に任せれている以上、錬金術師の身の安全は確保しなくては。
「これ以上童貞守ってどうすんだよ……。仕方ない、命大事にで行きますか」
森はそんなに広くはない。
しばらくして、中央の泉へとたどり着いた。
泉に近い茂みに大きな巣があった。
巣の中には大きな卵が一つあるのが見える。
「とっとと卵をもらって、ずらかりますか」
錬金術師が、卵へと真っ直ぐに向かって行く。
その頭上に大きな影が落ちた。
「下がれ!」
「うぉっ!?」
茂みの奥に隠れていたのだろう。
コカトリスが、鋭い爪で飛び掛かって来た。
「無事か!?」
錬金術師は後衛職の為、今のような近接攻撃による奇襲は苦手なはずだ。
俺はすぐさま傍に駆け寄り、錬金術師の体を確認する。
「無事じゃなかったら、今頃は美女に生まれ変わってたかもな~」
胸筋は平坦で、腹筋も割とある。
骨は太く、尻も固い。
よし、問題ない。
「男だ」
「うん、そうだな」
俺たちは、巣から一旦離れ、コカトリスと距離をとった。
「やっぱり大事な卵は守ってるよなー。解毒剤は……要らないとして、石化対策は?」
コカトリスは体内で毒を生成している為、体液に毒が含まれている。
血や唾液に触れただけで、生死を彷徨うことになる程の猛毒だ。
その為、コカトリスに近接武器で挑むのは愚行とされている。
なんにせよ、毒に対して耐性があり、尚且つ遠距離職の俺と錬金術師には、全く関係の無い話だが。
問題は、目が合うと石化してしまうことだが……。
石化に対しては、俺も錬金術師も生身ではどうしようもない。
俺は期待を込めた眼差しで、錬金術師を見つめてみる。
こういう時は大概、錬金術師が何とかしてくれるものだ。
「はぁ、お前なぁ、俺に頼り過ぎ!俺がもし何にも準備してなかったら、どうすんの?無能が二人で仲良くお陀仏ってか?俺が有能で良かったな!」
「ああ」
全くその通りだ。
錬金術師は期待通り、何か用意をしてくれていたようだ。
「ほらよ、これを着けておけば安心だ。名付けて、レストンゴーグル!これさえあれば、たとえメデューサと目が合っても石化しない」
それは凄いな。
メデューサの石化力は、魔物の中でもトップクラス。
それが防げるのならば、コカトリスなど目ではない。
「噂によるとメデューサって美女らしいじゃん?可能性は多い方がいいと思ってよ」
……逞しいハングリー精神だな。
女にかける情熱がこんなところで役に立っていたとは、思いもよらなかった。
しかしなんだ、誕生の経緯を聞いてからか、いくらか着け心地に違和感を覚え始めたのは、気のせいだろうか。
「おっと、レディーを前に他の女の話は良くないよな。嫉妬しないでくれよ?今は君だけの俺だからさ」
言葉のチョイスは理解できないが、相手に礼を尽くすことには共感できる。
俺たちはこれから、彼女の大切な卵を頂こうとしているんだ。
目的そのものが無礼極まりないのだから、せめてそれ以外は礼節を弁えた行動をとらなければ。
「手短に済ませる」
「楽に逝かせやるってか。相変わらず紳士だな~」
「殺しはしない」
「え、何で?」
「生産量が減る」
今回の目的は、討伐ではなく卵の採取だ。
無駄に殺してしまえば、次に卵を手に入れる時に苦労をする。
「卵第一だったー。てかお前、元々は闇ギルド員の暗殺担当だろ。殺しのプロが殺さないって、新手の戦闘放棄か?俺を死なせたいの?」
「貫通耐性」
「残念でしたー。コカトリスにそんな耐性ありません。闇ギルドが聞いて呆れるぜ。お前の古巣は、情報収集も十八番なはずだろ?」
コカトリスに貫通耐性など無いことは、俺も分かっている。
俺が聞いているのは、できるか、できないかだ。
「道具」
「道具?何のだよ」
「貫通耐性」
「それって装備品のか?持ってるけど、そんなの何に使うんだよ」
錬金術師は愛用の鞄に手を入れ、宝飾具のような物を取り出した。
見た目はエメラルドのブローチのようだが、緑色の石は宝石ではなく魔法石だ。
錬金術師に言えば、大抵の物は出てくる。
戦場の手品師の呼び名は伊達じゃないな。
であればもう一つ、無理を言ってみるのもいいだろう。
「つけて来い」
「はぁ!?無理!!え、お前馬鹿なの?そんなん付ける前に死ぬわ!!」
流石にそこまでは無理か。
いや、手が鞄の中を探っている。
もう一押しだ。
「女に宝石」
「そう言われると、やらずにはいられない!卑怯だ!」
簡単に釣れたな。
コカトリスの性別が雌で良かった。
「行ってこい」
「はいはい。そう焦らすなよっと」
錬金術師が鞄から取り出したのは、鎖のような物だった。
それにブローチを括りつけると、何を狙うわけでもなく空に投げた。
すると鎖は意思でもあるかのように、コカトリス目掛けて飛んで行き、ぐるりと首を一周し、そのままコカトリスの首に巻きついた。
コカトリスの様子を見るに、首を絞めている感じはない。
煩わしそうにしているものの、苦しんではいないようだ。
「一丁上がりー。中型魔獣の捕縛用アイテムだから、大型のコカトリスは捕縛できないが、首輪にするなら丁度いいだろ?ほら見ろよ、胸元で光る効果付き魔石の輝きを。まるでネックレスみたいに見えるだろう」
期待以上の完璧な仕上がりだな。
「上出来だ」
「どこ目線からの評価だよ」
ここからは俺の仕事だ。
後ろに背負った銃を手に持ち、弾薬を込める。
「やる」
「お前が言うと、殺るにしか聞こえないわ。殺さない為にネックレス送ったんだからな」
錬金術師に下がるように指示を出し、俺自身も後方から銃を構える。
狙うは一点、頭だ。
この距離ならばスコープは必要ない。
銃身を支えて、視線を平行に保ち、撃つ。
「いきなり頭とか、さっきまでの慈悲はどこいったんだよ。いいか、ロノフ。首付近は狙うなよ。あれ壊したら、代えはないからな」
「わかった」
コカトリスは卵を守っているからか、あまり大きくは動かないようだ。
錬金術師の懸念も、狙いを外さなければ問題ない。
レバーを引き、空になった薬莢を飛ばす。
次に前へと押し出し、次弾を装填。
最後にロックを掛けて、構える。
後は先ほどと同様、狙いを定めて引き金を引くだけだ。
四回目を撃ったところで、コカトリスが地へと沈んだ。
「全弾頭って……。仲間の俺でも引くわ」
「気絶させた」
「俺の道具が有能で良かった。じゃなかったら今ごろ、血の海に頭無しのコカトリスが横たわるホラーに遭遇してるところだったぜ」
錬金術師の冗談はさて置き、コカトリスが目覚める前に卵を持ち去らなくては。
「これがお目当ての卵か。結構大きいな。どうやって持って帰るんだ」
錬金術師は卵の周りを回りながら、触ったり、叩いたりしている。
どうやら強度を調べているようだ。
「堅そうだけど一応卵だし、割れないように運ばないとな」
もちろん、その対策はできている。
卵に対しで割れ物対策をしないなど、愚の骨頂だ。
「帰還石がある」
私用で使うには少々値は張るが、この卵にはそれだけの価値がある。
「やっぱ、その辺は抜かりなかったか。じゃ、さっさと帰還石使って帰りま――」
「錬金術師!」
「まっ?」
完全に油断した。
卵に気をとられ、別のコカトリスがいることに気が付かなかった。
あと一歩のところで不意打ちを受けるとは、不甲斐ない。
攻撃は難なくかわせたが、錬金術師はどうだろうか。
「死ぬかと思った~。もう一体いるなんてな……ん、あれ雄だろ。男の感がそう言っている」
錬金術師も無事のようだな。
無事、男のままだ。
「ああ、番だ」
この卵の父親だろう。
巣を庇って立ちふさがっているのが、その証拠だ。
番でなければ、巣よりも雌を優先するだろうからな。
「てことは、要らないよな?秒で終わらせてくれ」
錬金術師は、相変わらず雄には容赦がないな。
だが、今回ばかりはその提案には付き合えない。
「要る」
「何でだよ!雄は卵産まないだろ!可愛くも無いし、何より雄だし!」
「繁殖」
ここにいるコカトリスの数は、それほど多くない。
そして番がいなければ、コカトリスは卵を産まない。
もし今、あの雄を倒してしまえば、番がいなくなったあの雌は、一生卵を産まなくなる可能性がある。
そうなれば、コカトリスの数がさらに少なくなり、最悪の場合は絶滅してしまうかもしれないのだ。
「わかったよ。でもさ、道具はさっきの一個しかないんだけど、どうすんの?」
「雌を囮に使う」
番の雄は基本巣を守るが、雌と巣とどちらが大事かと言われれば、当然雌だ。
「これがホントのハニートラップってな。ダーリンなら間違いなくノって来るっしょ。そしたら卵と一緒におさらばだな」
作戦はこうだ。
雌を攻撃する振りをし、雌を守ろうと雄が卵から離れた隙をつき、帰還石でハウスへ帰る。
錬金術師も同じ作戦を思いついているのだろう。
目配せすれば、肯定ととれる頷きが帰ってきた。
「遅れたら」
「置き去りは勘弁!」
雌に近づき睨み合う。
威嚇射撃をしようと銃口を空に向けて、引き金を引いたが弾がでなかった。
何度試しても、カチャカチャと音を鳴らすだけで、弾が出る気配はない。
こんな時に故障だと!?
焦る俺のすぐ横で、錬金術師が戸惑うような視線を向けてくる。
「弾が出ない」
想定外の危機に気が動転し、冷静さを失いかけそうになる。
そんな俺に対して、こっちを見ている錬金術師はやけに冷静だった。
普段ならば真っ先に叫び出しそうなのに、どうして――。
「ロノフ。それ、弾入ってんの?」
俺はレバーを押し引きする手を止め、弾倉を確認した。
「……」
「またかよ!なんで銃士が弾切れに気づかねーんだ!戦闘中はこまめにリロードしろって言ったよな?お前のミスが俺の死に直結するんだよ!覚えとけ!」
まさか弾切れだとは思い至らなかった。
確かに状況が悪ければ、錬金術師を危険に晒していただろう。
これに対しては言い訳の余地も無いが。
錬金術師に胸ぐらを掴まれ、激しく揺さぶられるなか、大声に反応した番が飛びかかってきた。
説教はもっと、聞く余裕のある時にしてくれ。
「走れ!」
「ああ、もう!タイミングぐだぐだだな!!」
俺たちは左右に分かれ番を交わし、卵に向かって走った。
揃って巣に辿り着き、お互いが卵に触れながら帰還石を手に叫ぶ。
「転移!」
眩い光に包まれ、視界が白で埋め尽くされる。
俺は、眩しさに堪え切れず瞳を閉じた。
次に目を開けた時、そこはハウスの裏手だった。
帰還石の転移先を、ここに指定してあったのだ。
先ほどまでの緊迫感から一転、見慣れた風景に安堵し、思わず溜息が漏れる。
「お、二人とも無事に帰って来たか。ちゃんと卵もとって来れたようだな」
ハウスの裏口から大柄の男が出てきた。
おそらく聖騎士は、転移特有の光で、俺たちが帰って来たことに気が付いたのだろう。
「無事ならいいてもんじゃないぞー」
魔導士も無事に、戻って来れたようだな。
ハウスへの帰還を実感すると、すぐに卵の安否が気になった。
俺は軽く触れながら、卵全体を確認する。
見たところ、目立った傷は無いようだな。
良かった。
後はこれを料理してもらえば……。
「聖騎士、頼んだ」
「まかせろ。レシピ通りに仕上げてやるからな」
俺には最強の料理人が付いている。
過去の究極シリーズも完璧に再現してきた、本物の料理人だ。
「任せた」
「料理ができるまでには、まだ時間がかかるからな。風呂に入ってくるといい。沸かしておいたぞ」
「さっすが聖騎士!一番風呂いただきまーす」
聖騎士に任せておけば、何の心配もいらないだろう。
食事をする前に、汚れた体を綺麗にしなくてはな。
「俺も行く」
「あれあれロノフちゃん?俺と一緒にお風呂入りたいなんて、そんなに俺が好きなのかな~」
依頼も達成したことだしな。
俺は太ももへと静かに手を伸ばす。
装備していたハンドガンを手に取り、安全装置を外した。
「一人でいい」
入る時は二人でも、出てくるときは一人になっているかもな。
「冗談だって!男同士、背中でも流し合おうぜ」
俺が銃口を突きつけるまでもなく、錬金術師は両手を上げて降参した。
先に立って歩く錬金術師の後に続いて、俺も風呂へと向かう。
きっと錬金術師は、懲りず風呂でも絡んでくるだろう。
普段は聞き流しているが、今日は世話になったし、少しぐらいは聞いてやろうか。
「だから、裏通りの子がめっちゃ可愛くてさ。お前も絶対気に入るって。今晩にでも一生に行こうぜ。聞いてんの、ロノフ?今日頑張った俺にご褒美くれよ~」
俺はこれから訪れる幸福に思い馳せながら、いつも通り錬金術師の話を聞き流した。
勇者御一行、魔王を討伐したその後 四藤 奏人 @Sidou_Kanato
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