勇者御一行、魔王を討伐したその後
四藤 奏人
第1話 勇者、自力でビッグスライムを倒す?~聖剣、自制心との戦い~
まるで、お伽噺のような日々だった。
子供の頃、毎日父さんと母さんに読んでとせがんだ、勇者が魔王を倒す物語。
あの頃はまだ、自分がそんな夢のような舞台に立つなんて、考えもしなかっらから。
子供の頃の夢は、父さんのような立派な騎士になることだった。
村の誰よりも早くから木刀を握り、毎日丸太に向かって振り下ろしていた。
それから時が流れ、騎士の入団試験を受けられる年になった。
毎日欠かすことなく鍛錬をして来たんだ、絶対に合格できる。
そう思って受けた試験は、十回受けて、十回とも落ちてしまった。
同じ年頃の村人たちには、剣の才能が無いと馬鹿にされて。
父さんも母さんも、いつの間にか俺の前では騎士の話をしなくなった。
それでも俺は、騎士になることが諦められず、盲目に剣を振るい続けた。
雨の日も風の日も、嵐の日も。
そして俺は、あの日――聖剣と出会った。
井戸から汲んだ水を桶に移す。
真夏でも冷たい井戸水は、朝起きたばかりのまだ眠っている頭を覚ますのに丁度いい。
「おはようございます、グラト様。今日も絶好の鍛錬日和ですね」
ひんやりと冷たい井戸水で顔を洗っていると、後ろから声をかけられた。
「おはよう、サンディウス」
振り返れば相棒のサンディウスが立っていた。
銀色の髪は日の光を反射させて、まるで銀糸の様にキラキラと輝いている。
風に揺れる前髪の奥で、オレンジがかった金色の瞳が、俺を見つめていた。
サンディウスが言うには、瞳の色は俺の魔力の色らしい。
でも、俺には魔力が見えないから、本当かどうかは分からないけどね。
サンディウスは傍まで寄ってくると、手にしていたタオルを広げ、俺の顔を丁寧に拭いてくれた。
始めは恥ずかしくて断っていたけど、最近は慣れてしまいされるがままになっている。
さすがに着替えを手伝ってもらうのは遠慮しているけど。
俺の顔を拭き終えたサンディウスは、タオルを手に掛け一歩下がる。
「グラト様、今日の朝食はソーセージと目玉焼きです。食事にいらっしゃる前に、お召し物を着替えてください。お部屋の方にご用意させていただきました」
食事の用意ができていると言うことは、今日は聖騎士がハウスにいるみたいだ。
聖騎士は元王国騎士団長で、王国騎士を辞めてからも色々と忙しいみたいで、ハウスにいない時も多い。
でも、今日みたいにハウスにいる時は、必ず食事を用意してくれる。
聖騎士は料理が得意で、肉料理も魚料理も、どれも凄く美味しいんだ。
聖騎士がいない時は自分で食事を用意しないといけないんだけど、俺の場合はサンディウスが用意してくれる。
その時は何を食べたいか聞かれるから、料理が決まている今日は聖騎士が朝ご飯を作ってくれたんだろう。
「いつもありがとう。でも、それぐらい自分でできるから、サンディウスがわざわざ準備してくれなくてもいいんだよ?」
「いいえ、これぐらい私にさせてください。グラト様のお世話をさせていただくことは、私にとってこの上ない幸せなのです。それを取り上げられてしまったら、私はこれからどうやって生きていけばいいのか……。グラト様は私を、役立たずのなまくらに、されるおつもりですか?」
「なに言ってるのさ!サンディウスが役立たずなんて、そんなことあるわけ無いじゃないか。俺はサンディウスがいない生活なんて考えられないくらい、サンディウスのこと頼りにしているからね」
サンディウスには頼り過ぎて迷惑かけてないか、こっちが心配なぐらいだよ。
俺の方こそ、愛想憑かされないように頑張らないといけないかな。
「ああ、グラト様にそこまで言っていただけるなんて……」
サンディウスは涙ぐみながら、胸元でタオルをきつく握りしめている。
泣いてるけど、たぶん悲しいからでは無さそうだし、誤解は解けたかな?
「じゃあ、俺は部屋に行って着替えてくるね。サンディウスは先にリビングに行っててくれるかな」
「いいえ、お部屋まで同行いたします。それから着替えのお手伝いもさせて頂ければ――」
「それはいいから、聖騎士にもうすぐ行くって伝えてくれると助かるよ」
「……かしこまりました」
隙あらば着替えを手伝おうとしてくるけど、さすがに、この年になって着替えを手伝ってもらうのは恥ずかしいよ……。
しょんぼりと俯きながら、リビングに向かうサンディウスには申し訳ないけど、俺にもプライドがあるからね。
俺はサンディウスと別れてから、二階にある自室へと向かった。
部屋に入って右側にあるベッドの上には、サンディウスが用意してくれた着替えが置かれていた。
俺は素早くそれに着替え、鏡の前に立つ。
父さんと同じ茶色の髪は、少し寝ぐせがついているけど、まあいいか。
ウォールに掛けられたお気に入りのベストを手に取り、さっき着替えた服の上に羽織る。
それから、靴を外行き用の革靴に履き替え、再び鏡の前に立った。
「うん、これでよしっと」
最後にベットの横に立てかけてあった剣を腰に括り、部屋から出て一階のリビングに向かう。
途中でソーセージの焼けるいい匂いがしてきた。
あ~、いい匂いだなぁ。
やっぱり誰かが朝食を用意してくれる毎日って、それだけで幸せだよね。
サンディウスと出会う前は、食事を自分で用意しないといけなかったし、料理はあまり上手じゃないから、いつも焼いた肉や魚に塩をかけただけのものを食べていた。
町の食堂で食べることもあったけど、お金のない俺は特別な日にしか食堂へは行けなかった。
サンディウスと出会って、色々なことが変わったな。
美味しいご飯が食べられるようになったのは言うまでもないことだけど。
今まで一人で暮らしていた俺に、たくさんの仲間ができて、みんなとハウスで暮らしている。
口数は少ないけど、いつも見守ってくれる、銃士。
カッコいいけど、照れやな、錬金術師。
男性だけど凄く美人で、歌が上手な、歌姫。
ふわふわしてて、ほっとけない、魔導士。
強くて優しい、憧れの騎士、聖騎士。
そして、とっても頼りになる相棒、サンディウス。
旅の中で出会った大切な仲間たちと魔王を倒して、俺たちは英雄になった。
でも俺の生活は魔王を倒す前と後で、そんなに変わっていない。
朝起きて、顔を洗って、朝食を食べて。
夜になったら、みんなと暮らすこのハウスで寝る。
その繰り返しだ。
英雄になったら、沢山の討伐依頼が来て忙しくなると思っていたのに、魔王が居なくなった世界は想像以上に平和になったようだ。
依頼が来ないのは残念だけど、平和なのはいい事だよね。
リビングに入って最初に目に入ったのは、テーブルの上の朝食。
サンディウスが教えてくれた通り、ソーセージと目玉焼きだ。
それと、町のパン屋さんのライ麦パン。
毎日食べても飽きないんだよね。
「グラト様、こちらへどうぞ」
サンディウス椅子を引いてくれたので、俺はそこに座る。
ありがとう、と声をかけると、サンディウスは微笑み、恐縮です、と答えた。
二人でそんなやり取りをしていると、キッチンの方から聖騎士がやって来る。
「おはよう、グラト」
「おはよう、聖騎士」
薄手の白シャツに黒のパンツ、その上から花柄のエプロンをつけている。
ハウスでは見慣れた、聖騎士の休日スタイルだ。
仕事のある時は、騎士団の制服みたいな服をキッチリ着こなしていて、カッコいい。
ハウスにいる時の今の姿は、優しそうなお父さんって感じかな。
「今日は天気がいいな。こんな日は獣の動きが活発になり、遭遇率も上がる」
「そうだね。食材いっぱい確保してくるよ」
「無理はするなよ。危険だと思ったら逃げるのも大切だ。腕のいい剣士は引き際も分かるものだ」
「うん、わかった。無理せず、たくさん狩ってくるよ」
「頼もしいな。サンディウスもよろしく頼む」
「貴方に言われなくても、グラト様のことは私が一番よく見ていますから」
「あはは、そうだったな」
パンにソーセージを挟み、好みのソースをかける。
今日の気分はピリ辛マスタードかな。
手に取った瓶の黄色いキャップを開けて、スプーンですくったソースをパンに塗った。
すぐに一口頬張れば、焼きたてパンの香ばしい香りが口いっぱいに広がる。
その後にやって来る、ソーセージのジューシーな肉汁と混ざり合うマスタードの刺激が最高に美味しい。
ちなみに、このマスタードソースも聖騎士のお手製。
このレベルのソースを自分で作れちゃうなんて、聖騎士ってもとは料理人だったのかな?
目玉焼きには塩をかけて、パンと交互に食べる。
スープは火傷しないように、息を吹きかけ少し冷ましてから、少しずつ口に運んだ。
途中、サンディウスがじっと、スプーンに乗せたスープを見ていたけど、話しかけて来る様子はなかったから放っておいた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
食事を終えて席を立つ。
テーブルの上の空になった食器を片付けようと手を伸ばすと、俺より先にサンディウスが食器を手に取っていた。
「私の仕事です」
そういうと、サンディウスは有無も言わさず、食器をキッチンへ持って行ってしまった。
サンディウスに笑顔で言われると、なぜか断りづらいんだよね……。
もちろん、本当に駄目なことは駄目って言えるし、今朝みたいに自分の希望を伝えることだって、できるからね。少しずつだけど、サンディウスのお世話にならないように努力できてる……はず。
「お待たせしました、グラト様」
「ありがとう、サンディウス」
「行って来るね、聖騎士」
「ああ、気をつけてな。夕飯までには戻って来るんだぞ」
「うん!」
俺たちのハウスは森の中に建っている。
森と行っても街からは近いし、生息している魔物もFランクが殆どで、たまにEランクがいるくらいだ。
魔物はA~Fまでの強さに分かれているけど、Fランクは一番下だから、冒険者なら無理なく太刀打ちできる強さだね。
ハウスは村や町に建てるのが普通で、依頼を受けたり、物を買ったりする面でも、そっちの方が便利だけど。
俺たちは訳あって森の中にハウスを建てた。
「今日は天気がいいから、空気が澄んでるね」
「そうですね。木々たちが、グラト様の来訪を歓迎しているようです」
「へー、嬉しいな」
この森は「鎮めの森」。
俺とサンディウスが出会った場所。
「懐かしいな」
「昨日来たばかりですよ?」
「ううん。サンディウスと出会った時の事を、思い出していたんだ」
「ああ……。私はあの時のことを、つい昨日のことの様にはっきりと覚えていますよ。あの日、グラト様が私を抜いてくださった時の事を」
その日は丁度、今日みたいによく晴れた日だった。
でも俺の気持ちは正反対で、どんよりと沈んでいた。
次回は……次回も、たぶんダメなんだろうな。
鎮めの森に迷い込んだのは、本当に偶然だった。
何度目かの入団試験に落ちて、家に帰るのも怖くなって、下を向いて歩いていたら、いつの間にか森の中にいた。
当時、鎮めの森は、初級冒険者向けのダンジョンだった。
生息している魔物のランクが低いことと、街に近かったことで、多少腕に覚えが無くても、生きて帰って来れる。
初級冒険者はまずここで経験を積んでから、次のダンジョンへと向かって行くのが、言わずとも知れた常識だ。
それでも、冒険者でもなく剣の才能もない俺とって、鎮めの森は危険な場所だった。
どんなに弱い魔物であっても、出会っていたら、もしかすると俺は今ここにいなかったかもしれない。
俺が鎮め森に気がついたのは、森の奥地に差し掛かった辺りだった。
明るかった視界がなんだか暗いと感じ始めた時は、もう、来た道がどっちかも分からなくなっていた。
森の中に一人で入ったのは初めてで、自分の弱さを痛いほど突きつけられていた俺は、恐怖でその場から動けなくなってしまった。
剣も持っていなくて、戦う術も無い。
うずくまって震えていた時、急に声が聞こえた。
「大丈夫、私がいますから」
うっそうと茂る木々の隙間を縫うように、光の線が俺を声の元へと導いてくれる。
辿り着いた先には、石の台座に突き刺さった一振りの剣があった。
「初めまして、主様。貴方に会える日を心よりお待ちしておりました。どうかこちらにいらして、私めを手に取っては頂けませんでしょうか」
これが俺とサンディウスの出会いだった。
「グラト様に初めて触れて頂いた時の感動は、言葉では言い表せません。お体から溢れでる魔力があまりに美しくて、抑えが効かず取り乱してしまいましたね」
「俺もびっくりしたよ。剣がいきなり人になったんだから」
「私も驚きました。まさか自分が人の形になるなんて、思っても見ませんでしたから」
サンディウスは聖剣で、長いあいだ剣の形で、鎮めの森で眠っていた。
眠っていた時の記憶はないみたいけど、眠る前の記憶はあった。
先代勇者と共に魔王を討ち滅ぼした記憶なんだけど、その時は剣の姿のままで、人型になったことは無いらしい。
「きっと、グラト様が先代の主様よりも、ずっと優れていらっしゃるからです」
「それはないよ。勇者の伝説は小さい頃に何回も両親に聞かせてもらったけど、勇者って凄く強いんだから」
「単に力が強いだけでは優れている証にはなりません。歴代の主様方の中で、比べるまでも無く、グラト様が最も優れていらっしゃいます」
「強さで比べられないなら、基準が何か分からないな」
「あえて言うのであれば、魔力でしょうか。魔力には持ち主の身体的能力の値や、性格などの内面的な部分まで現れますから。グラト様の魔力は、燦燦と煌く太陽そのものですから。その輝かしさが凝縮されたかのような蜂蜜色の瞳を見ていると、あまりの美しさに魂までもが吸い込まれてしまいそうです」
うっとりと目を細め、サンディウスが俺の目を見つめてくる。
いつも聞いてるけど、やっぱり慣れないな……。
褒めてくれるのは嬉しいけど、自覚の無いことを大げさに言われると、恥ずかしくて体が熱くなるよ。
これ以上は耐えられそうにないので、適当なところで話をそらすことにした。
「そろそろ魔物の生息エリアだね。今日の夕食用にお肉を調達しないと」
「見つけ次第お教えいたします」
「ありがとう。サンディウスは探知も得意だもんね」
「グラト様のお役に立つためには、一通りの能力は使えなくてはいけませんから」
サンディウスは自分が剣だという自覚はあるのかな?
剣や弓などの武器は使わないけど、魔法は得意なんだよね。
上級魔法も使っていたけど、その魔力が俺から供給されてるなんて不思議だ。
だって俺、魔法使えないのにね。
「グラト様、右前方に一角兔がいます」
「分かった!」
太い幹の下。左に回れば裏側の死角だった所に、Fランクの魔獣「一角兔」が隠れていた。
「はぁっ!」
素早く剣を抜き、弱点の角に一太刀をあびせる。
ピィッ、と短い悲鳴を上げ、一角兔は草原に横たわった。
「さすがです、グラト様」
討伐した一角兔を前に、思わずため息が出る。
一撃で仕留められたのは良かったけれど、納得の行く結果じゃない。
角がボロボロに砕けてる。
本当だったら角は綺麗に切り落として、薬の素材として村で換金できたのに。
「さあ、次に行きましょう」
俺が反省している間に、サンディウスが肉を処理を済ませてくれたみたいだ。
倒れていたはずの一角兔が、いつの間にかいなくなっている。
「ありがとう、サンディウス。次は俺が処理するからね」
「いえいえ。グラト様は討伐に専念してください。私は処理で貢献いたしますので」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
それから俺たちは合計で十体の一角兔を討伐した。
その内の三体は角を綺麗に切り落とすことができた。
「荷物も多くなってきたし、一度ハウスに帰ろう」
「そうですね。その後、いつもの鍛錬を――!グラト様、下がってください!」
サンディウスの叫び声で、反射的に後ろに飛び退く。
慌てて前方を注視すると、スルスルと木の合間を縫って、緑色の半透明な巨体が迫って来た。
「寄るな!」
サンディウスが迫る巨体に雷撃を放つ。
初級の雷魔法「サンダー」が命中し、謎の巨体はビリビリと体に電気を走らせながら動きを止めた。
「ビッグスライムのようですね……」
謎の巨体はスライムの進化系、ビッグスライムだった。
ビッグスライムは、何体ものスライムが集まって、十倍以上の大きさになった時に呼ばれる名称だ。その大きさに際限はなく、中には百倍以上の個体もいるらしい。
元のスライムの大きさがが、子供の背丈より少し小さいくらいなのに対して、目の前のビッグスライムは、俺の身長より遥かに高い。
ざっと計算して、十三倍ぐらいかな。
ビッグスライムとしては小さい方だね。
大きさでも違いが分かるけれど、もう一つの大きな違いが、核の数だ。
スライムの核の数が一つなのに対して、ビッグスライムは複数の核を持っている。
融合する過程で核の数が増えるらしいけど、核の数に関して詳しいことはまだ解明されていない。
でも、核の種類についてはある程度の情報がある。
「核は二個のようですね。一般的な無属性と……魔法耐性?珍しい個体ですよ」
通常スライムは、物理に強く、魔法に弱い。
だけど、目の前のビッグスライムは魔法耐性の核を持っているから、魔法に弱いという常識が通用しない。
「先ほどの雷撃が通らなかったのは、魔法耐性の核を有していたからだったのですね。グラト様、剣で核を破壊しましょう」
「わかった!」
スライムの弱点は、液状の体を浮遊する核だ。
核が複数ある場合は、その中で一番大きい核が生命核と呼ばれ、スライムの心臓にあたる。
液状の体を切ったり叩いたりしても、ダメージは与えられないけど、核は物理攻撃で破壊できるんだ。
結構固いから何度か攻撃を当てないといけないけどね。
腰に下げた剣を引き抜こうと右手を伸ばしかけたところに、サンディウスが手を差し出してきた。
「さあ、一気に片付けましょう」
サンディウスは聖剣だ。
この手を握れば、サンディウスは本来の聖剣の形になって、目の前のビッグスライムも、きっと一瞬で倒せる。
本当の俺にはそんな力は無いのに、サンディウスの力で魔王だって倒せた。
でも、それでいいのかなって、旅の間いつも思ってた。
だから、俺とサンディウスとの間で決まり事を作ったんだ。
「Eランク以下は自分の力でって、約束したよね」
「グラト様!?」
スライムはFランクで、その派生であるビッグスライムはEランク。
「サンディウスはそこで見てて。俺一人でも倒せるから」
俺は自身の剣を構え、ビッグスライムの正面に立つ。
生命核の無属性核をよーく狙って……。
「やぁっ!」
狙いを定めて切りつけるも核には当たらず、攻撃が当たった体も、すぐに再生してしまった。
ゆらゆらと体が揺れる度に、中の核の位置も変わって、なかなか攻撃を当てることができない。
落ち着け……。
ビッグスライムだと大きさは結構違うけど、特性や行動パターンは、ほとんど同じはず。
スライムは何度も倒してきたし、やればできる!
相手の動きをよく見て――今だ!
「はぁっ!」
ガツン、と鈍い手ごたえを感じ、攻撃が核に当たったとわかる。
やった! 核に当たったぞ!
自分としてはまずまずの出来に喜びを感じたのも束の間。
「そんな……」
攻撃を当てたはずの無属性の核には傷一つついていない。
さては間違えて魔法耐性の核に当たってしまったのかと、そっちも確認したけど、こちらも無傷だった。
攻撃が当たったのは無属性の核で間違いないけど、固すぎて傷がつけられなかったんだ。
もし俺の力で核を破壊できないとなると、このビッグスライムを一人で倒すのは不可能ってことだよね……。
反撃を警戒し、近づきすぎないように距離をとる。
獲物を体内に取り込み少しずつ吸収する、スライムの捕食能力は危険だ。
飲み込まれたら抜け出すのは難しくて、一人だったらそのまま――てことも十分あり得るからね。
相手はビッグスライムだし、尚更その危険性は高い。
このままじゃ、確実にビッグスライムの腹の中だよ……。
「グラト様」
すぐ後ろでサンディウスの声がした。
振り返ればサンディウスが、自分の出番だと目を輝かせながら、こっちを見ている。
このまま頼ってしまえば楽かもしれない。
サンディウスの凄さは、身に染みて分かっている。
Eランクの魔物を倒すのがやっとな俺が、魔王を倒せたんだ。
旅の途中、サンディウスの力なのに、自分が凄いんだって自惚れていた時もあったっけ。
そんな俺の過ちを周りに指摘されて、一人では現実を受け止めきれなかった。
そのまま立ち直れなくなりそうだった俺に、サンディウスは言ってくれたよね。
「私がいなくても、グラト様は剣を握り、魔物を倒せます。ですが、グラト様がいない私は動くことすらできません。仮に私を持たないグラト様が、何の力もない方だというのであれば、グラト様のいない本当の私は、ただの錆びついた鈍らです」
もちろん、すぐに否定した。
聖剣であるサンディウスと、何の取り得もない自分を同じように考えるなんて、可笑しいと思ったから。
でも、サンディウスは最後まで俺を信じ、手を伸ばしてくれた。
「私が聖剣であるのと同じように、グラト様も勇者なのです」
魔王を倒した今。
俺の勇者としての役割も、サンディウスの聖剣としての役割も、ひと段落ついたんじゃないかと思っている。
勇者も聖剣も、もう必要ない。
だから俺は勇者としてじゃなくて、ただのグラトとして、これからを生きていくと決めたんだ。
ただのサンディウスと一緒に。
「サンディウス、俺に任せて欲しい」
「グラト様……。分かりました」
俺の意志を汲み、サンディウスは後方にさがって、戦闘の様子を見てくれるようだ。
俺もちゃんと成長してるってところを見せないとね。
任せてくれたサンディウスの為にも、ここは負けられない。
核の硬さが問題だけど、攻撃は当てられるから、とりあえず数を稼ごう。
それで駄目ならその時考えればよし。
間違っても捕食だけはされないように、勢いをつけて核に剣を振り下ろした。
ガキッ、と音がして、剣を握る手に先ほどよりも手ごたえがある感触が伝わる。
核が欠けてる!
攻撃が当たったのは真ん中よりも少し下の方だったけど、その部分がほんの少し欠けていた。
この調子でどんどん攻めれば勝てる!
スライムは動きが遅いから、魔法攻撃のできないタイプの個体は、近づいてきた獲物しか捕らえられない。
防御に関しては、常に一定の距離をとって、攻撃の瞬間に取り込まれないように気をつければ大丈夫だ。
日々の鍛錬の成果か、以前より相手の動きが良く分かる。
次は真ん中に当てるぞ。
気合を込めて切り込んだ一撃は、中心よりわずかに上へとズレてしまったが、核にはちゃんと当たった。
またしても大きな手ごたえと共に、核が砕ける感触が伝わってくる。
見れば、核には半分ほどまで大きくひびが入っていた。
いつもより集中できているのか、体の動きがいい。
攻撃もよく通るし、なんだか体も軽く感じる。
あともう一撃!
「はぁぁぁ!」
最大まで剣を引き、全力で水平に剣を振った。
見切った通りに核のど真ん中を剣が通過する。
通過して――、そのままビッグスライムが真っ二つになり破裂した。
「……」
なんで?
どうしてこんなことに?
全身に緑色の液体を浴びて、茫然と立ち尽くす。
「グラト様っ!お見事です!!」
そんな俺のもとに、喜びに満ち溢れたサンディウスが駆け寄って来て、いつの間にか手にしていたタオルで、濡れた俺の顔や頭を拭いてくれる。
「さすがですね、グラト様。最後の一刀は、見ほれるほどの美しさでした。いえ、グラト様はどんな時もお美しいですが、格別にという意味でありまして。こうした濡れ姿も、お美しい」
いつも褒めてくれるけど、いつにも増して口数多く褒めてくれるサンディウス……怪しい。
サンディウスは攻撃魔法はもちろん、回復魔法も、強化魔法だって使える万能型なんだよねー。
「サンディウス」
「はい」
「やったよね?」
「いいえ。グラト様の日々の鍛錬の成果でございます」
いいえ、って言ってる時点で確信犯だからね?
その後に何言っても騙されないからね?
「やったよね?」
俺の視線に耐えられなくなったのか、サンディウスは観念して白状した。
「……申し訳ございません」
自分の力でやり切ろうと思ってたのに、強化魔法で能力値をかなり盛られたって知って、凄くショックだよ。
途中、鍛錬の成果がでてるって思ったけど、本当は強化魔法のおかげだったんだよね。
はぁ……。
まだまだだな。
「サンディウス、ありがとう。少し残念だったけど、いい経験になったよ。俺はまだまだ強くならなきゃいけないんだ、って分かったからね。明日から、もっと鍛錬するぞー」
「お供します」
夕日が沈む空の下。
鎮めの森が赤く染まり始める。
いつもと同じこの景色を、変わらず明日も見られたら。
サンディウスと一緒にね。
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