第114話 寒風、シュンセン、意匠
カランとドアベルが鳴るたびに、扉の向こうから冷たい風が流れ込んでくる。
店に入る人、店から出る人、それぞれが必ず寒いという単語を発するものだから、まるで扉を開けるための秘密の合言葉のようだ。
そのせいか今日は客足が悪い。
冬場に入ってからは冒険者の数も少々減少気味ということもあり、比較的暇な一日となっている。
アリアとリミューンが揃って用事があるということで休みを取っていたので逆に助かってもいるんだが。
「うひぃ……今日は特別寒いっすぅ」
また一人、カランとドアベルを鳴らしつつ、秘密の言葉を口にする人物が店に入ってきた。
「買い出しご苦労。暖炉で暖まっていいぞ」
「許可されなくても暖まるっすよぉ」
その人物、ハーフ獣人で、走る子馬亭の従業員、且つカーネリア冒険者ギルド所属アイアン級冒険者のクロンがプルプルと体を震わせながら暖炉へと小走りで駆け寄っていく。
途中すれ違いざまに渡された紙袋の中を覗けば、どうやら必要なものだけしか買ってきていないようだ。
渡した金額的に少し余るだろうから、余りは好きなもの買ってきていいぞ、という事で買い出しに行ってもらったのだが……。
「残りはどうしたんだ?」
「袋に一緒に入ってるっすよ」
「じゃなくてだな、買い物、してこなかったのか?」
「いやー無理っす無理っす。外めっちゃ寒いんすよぉ。そんなことよりも早く帰りたかったっす」
悴んでいるであろう両手を前に突き出した格好で暖炉の前に居座るクロン。
ご自慢のふさふさ尻尾を、多分無意識のうちだろうとは思うが、太ももに挟み込んでいるくらいなので相当寒かったんだろうな。
店内を見渡すと、クロンの様に、寒すぎ!と騒ぐ者もいれば、大したことない、といった様子で平然と食事をしている者もいる。
こういったあたりが出自を問わない冒険者らしくてなんだか懐かしさを覚えるな。
かくいう俺も生まれは国の東の方なのだが、故郷でこれほど寒かったことがあるかといえばそうでもない……気がする。
故郷といえば、暖炉の前で縮こまっているあの狼少女の生まれはエルトワールの森だったはず。
国の北限に近い場所に存在する森で、雪なんかも良く積もっていたと思う。
寒さには慣れていそうなもんだがなぁ……。
「クロンちゃんはエルトワールの森の生まれじゃなかった~?あっちの方が寒いんだと思ってたわ~」
と、俺の思っていた疑問を投げかけたのはカウンターでエルトワールケーキを口にしていたサリーネ。
最近顔を見ないなと思っていたのだが、相変わらずののんびり口調でなんだか落ち着く。
「確かにあっちの方が寒かった気がするっすけど、寒いものは寒いっす!」
「そりゃそうかもしれんが……」
暴論とも言える事を堂々を胸を張って主張するクロンにサリーネも思わずクスクスと笑い声を上げている。
ある意味真理なのかもしれないが、そう胸を張って言う事じゃないからなぁ。
「今日は特に寒いものねぇ~」
「あぁ、やっぱりそうなのか」
俺がカーネリアに来てからそろそろ1年が経とうという時期になったわけだが、俺の知っている限りではこれほど寒い日は無かった。
純粋に寒いというのもあるのだが、一番の原因はやはりこれだろう。
「とにかく風が冷たいっす」
今でも扉の隙間からわずかに入り込んできている風の冷たさを感じられるくらいだ。
暖炉には薪が山盛りになっており、普段であれば少し暑いくらいに感じられるはずなのだが、今日に限ってはそうでもない。
「それでもやっぱり建物の中は温かいっす」
「建物の作りがかなりいいんだろうな」
可動する扉はどうしても風が入り込んでくるものだが、わずかな隙間風に収まっているのは純粋にしっかりとした作りになっているからだろう。
冬の山での一次避難のために作られている山小屋なんか、隙間風だらけで建物の中に居ても大差無いこともあるくらいだ。
そんな事を話しているうちに、サリーネを除いた最後の客が席を立ち、客のかわりに入り込んでくる風にクロンがうひっと変な声を上げたところで、再びドアを開けるための呪文が聞こえてきた。
「うぅ……寒ィ、寒ィです!」
「いらっしゃい」
風と共に店内に入ってきたのは、このあたりでは少し見慣れない姿。
こんがりと焼けたパンのような褐色の肌に、アカネさんやカズハちゃんのような真っ黒の髪をなびかせた女性だ。
そしてその女性に続くように入ってくるのは初老の男性。
こちらはこのあたりでもよく見るような金髪に少々白髪混じり。
それぞれ服装も珍しいのだが、どこかで見たことあるような気がするんだよなぁ……。
どこで見たんだっけかなぁ……と記憶を掘り起こしていると、予想外にもその二人に真っ先に声をかけたのはサリーネだった。
「シュンセンの方にはここの寒さは厳しいですよね。暖炉の近くへ行かれてはどうですか?」
「お気遣い感謝します。折角ですので暖炉の近くへいきましょう」
サリーネの言葉に促され肩を抱えるようにして震える彼女はいそいそと暖炉の近くへと。
クロンがそれに気づくとガタガタとテーブルと椅子を暖炉の近くへと動かしてくれた。
うむ、いい動きだ。
「ありがとうございます。可愛らしい方」
「おぉ……ボクの事っすか?ちょっと照れるっす」
クロンが用意した椅子にふわりと座ると、両手を暖炉へと突き出して暖を取り始める彼女。
完全にお世辞というやつなんだろうが、言われた方のクロンは満更でもなさそうに尻尾をブンブンと振り回している。
単純な奴め。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
木製のメニューを片手にテーブルへと歩み寄ると、彼女はじっとなにかを確認するかのようにこちらを見つめている。
……俺はクロンのようには行かないからな?
「お嬢様」
「失礼しました。何か温かい食べ物を」
「了解」
初老の男性に咎められると、何事も無かったかのようにさらっと注文する彼女。
うむ、中々に堂に入った立ち振舞だ。
おそらく執事であろう人物を引き連れている事を鑑みても、中々に高貴な位置に立つ人物なのかもしれないな。
厨房のマリーに注文を伝えたところで、ふと先程のやり取りを思い出す。
それはカウンターに座るサリーネのやり取りだ。
「良くわかったな?」
「来ている服が特徴的だったもの~」
入ってきた二人を一瞥しただけで、シュンセンの者だということを見抜いたサリーネ。
あちらも否定をしていないということは間違っていないということだろうが、よくわかったもんだなぁと。
シュンセンはここから南、国の南側の国境に面している国だ。
身近なところではブランチウッド商会がトマやバンナの実を仕入れている先、ということになるか。
「確かにこのあたりでは見ない服装ではあるが……」
「あれはサラシア織りね~。シュンセンの特産よ~」
「へぇ……」
さすが裁縫ギルドの新進気鋭といったところか。
さらっと見ただけでもどんな織物なのかが一目瞭然らしい。
俺もシュンセンに赴いた事はあったが、そこまでは見ていなかったなぁ。
「それと~、胸のところに鳥を咥えている虎の意匠が入ってるでしょ~」
「虎……?あー、確かにあるな」
あまりジロジロ見るのは失礼になるのでちらっと横目で確認すると、はっきりとは分からなかったが確かに何かを咥えている四足の動物の様に見える。
「あれはシュンセン12候の意匠なのよ~」
「12候ってと……こっちじゃ伯爵クラスだっけか」
正直その辺ははっきりとは覚えてないんだが、確かシュンセンには4候、8候、12候、46……?候という爵位のようなものがあったはず。
4候が最上位だった気がするのでこちらで言う公爵。
12候は上から3番目なのでつまり伯爵、という説明を聞いた事があるような気がする。
こちらの爵位は階級が多いし爵位を持っている人物も多いが、まぁそれだけ雲の上の人物だということには変わりないか。
ん、そうかなるほど、さっきの違和感はこれか。
「似合わないカッチリした口調だったのはそのせいか」
「多分お忍びとかだとは思うんだけどね~。思わず固くなっちゃったわね~」
「というか、良く知ってたなそんな事」
「最近は南の方の商品がよく入ってくるでしょ~?丁度いい機会だからと思って、お勉強しにシュンセンに行ってたのよ~」
「あぁ、だから最近見かけなかったのか」
シュンセンとの交流はこれまでもあった事はあったんだろうが、ブランチウッド商会が南との取引を活発化させたことで交流そのものも活発になっているようだ。
シュンセンとはそれなりの距離もあるし、一人で気軽に行けるようなものでは無かったが、キャラバンに同行する形であれば比較的安全に行けるしな。
「シュンセンは意匠の文化だから~意図して無くても意匠に似たものを作っちゃったり間違えたりすると大変だって、細かく教えてもらったのよ~」
「ほぉ~」
シュンセンの文化なんかを知るために赴いていた、ということはサリーネ……というか裁縫ギルドか、そちらも南へ向けた商品の展開を考えているということか。
ブランチウッド商会が来た事でこの街も色々と変わってきたんだなぁと改めて実感する。
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