第94話 突然の予約、生家、兄

「クラウスさん、準備大丈夫ですか?」

「あぁ、こっちは大丈夫だ」


 昼の営業が終わった頃、俺とマリーはとある準備を進めていた。

 先日、3人で仕入れに出かけた日、店に戻ってくると一人の男が店の前で待っていた。

 彼が商業ギルドの丁稚と分かったのは、彼の用向きがマッケンリーからの言伝だったからだ。

 曰く、明日、昼の営業が終わった頃に一人の客人を招いて食事がしたい、ということだ。

 正直、この時点で嫌な予感はしていたんだが、その後口に出された名前にやはりな、という感想を得た。

 

 その名は、ブランチウッド商会。

 

 近くカーネリアに支部を作るという話を方方で聞いていたのだが、マッケンリーと食事会ともなれば上層部の誰か……おそらくは支部長が来るのだろう。

 支部長が来るともなれば、支部設立の準備は概ね整っていると考えていいだろう。

 マッケンリーからの依頼だし、怪しいところがないようなら普段であれば二つ返事で了承するところを暫しの間渋っていた事にマリーは不思議そうにしていたが、結局了承することにした。


 そして現在に至る。

 まぁ準備といっても料理の仕込みは昼の営業前に終わらせておいたので、散らかった店内を清掃するくらいなんだが、ここ最近は冒険者の割合が増えたこともあり結構汚れがちなのが辛いところだ。

 クロンが冒険者ギルドの方に出向いているのもあって若干忙しかった事はたしかだな。

 聞けば、ギルドの方でも下級ポーションの不足には気づいているようで、早いうちにカーネリアの森への立ち入り禁止を解除したい方針でいるらしい。

 そのための調査に同行させて貰えるらしく、ノリノリで準備をして朝早く出かけていった。

 本来最下級のカッパー級であるクロンが同行できるような依頼では無い様に思えるが……あーあれかな、普段から薬草採取の依頼をメインにしていたから、その辺の情報が欲しかったのかもしれないな。

 今のカーネリアの森には深部に生息していたモンスターが溢れていることだろうが、クロンの実力なら足手まといにはならないだろう。

 もしかしたら、この依頼の結果次第では昇級審査免除で昇級できるかもしれないな。


 ちなみにアリアはいつも通り昼の営業が終わり次第冒険者ギルドへ。

 グラシエラスのダンジョンも順調に進んでいるという話も聞くし、本格稼働も間近かもしれないな。


 ただ……今日くらいは店に居てほしかったような気がしなくもない。

 

「ところでクラウスさん」

「ん?どうした?」


 概ね準備も整い、後はマッケンリーとその会談相手の来店を待つばかりとなったところでマリーが、ずいと問い詰める様に顔を寄せた。

 

「聞かないほうがいいのかなとも思ったんですけど、やっぱり様子がおかしいので聞く事にします。ブランチウッド商会とはどんな関係なんですか?」


 まぁ、そうなるよな。

 自分でも怪しい反応をしていたよなぁとは思っている。

 自分の恥部をさらけ出すようであまり話したくは無いんだが、マリーは大切なパートナーだ。

 いつか話さなければならない話ではあったんだ、これがいい機会だと思う事にしよう。

 

「ちょっと長くなるし、座ってくれ」

「あ、はい」


 小さめのテーブルに隣り合うように座る俺とマリー。

 何処から話すべきなのかな、と考えて、下手に取り繕うよりもスパッと本題を話してしまう方がいいかもしれないな、と思い直す。

 

「ブランチウッド商会はな、俺の生家なんだ」

「それは……思っていたのと大分違いましたね……」

「なんだと思ってたんだ?」

「えーっと……冒険者時代にちょっとイザコザがあった……とか?」


 そんな風に思われていたのか……と少々がっかりするが、上目遣いで申し訳無さそうに覗き込んでくるマリーが可愛いので許す。

 

「まぁギルやアリアもいたし、そういったイザコザも無かったわけじゃないけどな」


 とはいっても、こちらからどうこうする事は殆ど無かったがな。


「でも、それならばなんでそんな決まりが悪そうな顔をするんですか?」


 じっとこちらを見つめるマリーに対して、それに真っ直ぐに返すことができずについ視線をそらしてしまう。


「それは、だな。俺は家を飛び出して冒険者になったから、だな」


 最早どうにもならない状況になってすら店を手放す事をしなかったマリーの前で、自分から家を捨ててきた話をするのは正直気が引ける。

 勿論、マリーと俺とでは状況も何もかも違うのだから考え過ぎかもしれないが、それでも、だ。

 恐る恐るマリーへと視線を向ければ、腕を組んでうーんと唸りながら俯いていた。


「あの、マリーさん?」


 余りに予想外の反応に思わず丁寧口調になってしまったが……いや、ほんとどういう反応なのこれ?


「今からでもお断りしますか?」


 と、唸っていたマリーが唐突に頭を上げると共に、そんなことを言い出した。


「いやいや、流石に今から断るとか現実的じゃないぞ。というか、なんでそんな考えになるんだ」

「簡単な事ですよ。私はクラウスさんを信頼してますから。そのクラウスさんが飛び出す程なら、あまり関わりにならないほうがいいと思ったんです」


 それは自分の考えに全く問題がないと確信している顔だった。

 物事は一方からの情報だけでは判断できない事が大半だ。

 それを、俺からの、それもほんの僅かな情報を完全に信じて、そしてその先までを考えてくれた。

 少々危なっかしい考え方次第ではあるが、信じてもらえるということは本当にありがたい事だ。

 ……まぁ、今回ばかりはその考え方は裏目に出ている訳だが。


「そこは大丈夫だ。少なくとも商会として黒い事はしてないと思うぞ。俺が家を出たのはあくまで俺の……そう、我儘だからな」


 所謂若気の至りというやつなのであまり話たくはない事ではあるが、マリーの様子からすればこれはきちんと話しておく必要がありそうだなぁ。

 俺のしっかりと説明しようという雰囲気を感じ取ったのか、姿勢を正して聞く体制になるマリー。

 小さく息を吸い込んでから、長く吐き出すようにゆっくりと言葉を紡いでいく。


「俺の家族は両親、兄、俺、妹の5人家族でな、まぁ、それなりに仲は良かったと思う」


 家族の顔を見たのはもう15年程前になるのか。

 顔を思い浮かべる事すらも暫くしていなかったな。

 仲は良かったとそう告げると、では何故家を出たのか?という疑問を持つものだろう。

 当然と言えば当然のことで、マリーも例に漏れず、理解はしているが納得はしていない、といった顔をしている。


「ブランチウッド商会は……国を股にかけるような大きな商会ではなかったが、行商をしていた親父が一代で作った商会でな、地元じゃそこそこ有名ではあった。で、俺が14の時、たまたま後継者の話が上がってさ、あろうことが、親父は俺が後継者だとかぬかしてなぁ……」


 あのときの事はよく覚えている。

 些細な酒の席だったように思うが、それでもはっきりと、後継者は俺だと言われたんだった。


「お兄さんがいるのに、ですか?」

「やっぱりそう思うよな」


 マリーの反応に大きくため息をついてしまう。

 そりゃそういう反応するよなぁ。


「一応断っておくが、俺と兄さんの仲は別に悪くはなかったと思う。あの頃の俺は、ぼんやりと兄さんと一緒に商売をやっていくんだろうな、とか考えていたからな。あ、親父と兄さんも仲が悪かった訳じゃないぞ」

「それならなんでですか?」

「いやー、それはわからんなぁ。その話を聞いたあと、すぐに家を出たからな」

「……随分と行動が早いですね」


 と、呆れ顔のマリー。

 うん、そうだよな。

 俺でもそう思うわ。


「い、一応考えなしという訳では無かった……はず。親父が行商やってた関係でブランチウッド商会は交易に力を入れていたから、キャラバンの護衛をしていた冒険者と話す機会も多くてな。冒険者に対する、ある種の憧れみたいなものは元々持ってたんだ」

「憧れだけではご飯は食べられませんよ?」

「ぐ……痛いところをついてくるな」


 なかなか鋭い。

 憧れこそあったものの、俺が冒険者としてやっていける確証なんてものは無かったし、勿論準備も無かった。

 俺が一端の冒険者としてやれてこれたのは奇跡といってもいいかもしれない。

 

「まぁそれはともかくだ、今考えて見れば親父には親父なりの考えがあったんだろうけど、あの頃の俺は兄さんを差し置いて俺が家を継ぐなんていうのは流石に納得できなかったんだよ」

「そういう事だったんですね……。あれ、でもクラウスさんの姓ってハーマンですよね?」

「あぁそれはだな――」


 と、俺がハーマン姓を名乗っている理由を告げようとしたところで、割り込むようにカランとドアベルが口を開いた。

 

「あっ、マッケンリーさん、いらっしゃいませ」

「無理を言ってすまなかったなマリアベール」


 入り口に立っていたのは当然、本日来店予定のマッケンリー。

 そしてもう一人。

 

「紹介しよう。ブランチウッド商会のカーネリア支部長、ゲオルグ氏だ」

「ご紹介に預かりました、ゲオルグ・ブランチウッドと申します。お嬢さん」

「ご丁寧にありがとうございます。マリアベール・ブラウンと申します」


 ゲオルグとマリー、共に丁寧な挨拶を済ませると、当然次は俺の番ということになるのだが……直前までマリーと話混んでいたお陰で全く覚悟が決まっていない。

 本来ならば俺から率先して挨拶をしなければならない立場であるはずなのだが、つい視線をそらしてしまう。

 なにせ、目の前に居るのは……。

 

「全く、15年ぶりだというのに随分とそっけないじゃないか、クラウス」

「……ゲオルグ兄さん」


 もしかしたら俺だと気づかれないんじゃないか、なんて淡い希望はその一言で完全に打ち砕かれた。

 観念するしかないな、とゆっくりと兄さんへと顔を向ける。

 ……あぁ、15年、15年か。

 あの頃の面影が残ってはいるが、すっかりと大人になった顔に、その月日の長さを実感した。

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