第93話 お買い物、変化、商会

 サバのトマ煮は結論から言えばかなりうまくいったといって良い。

 最初の試作ではサバの強い味にトマが完全に負けてしまっていたのだが、しっかりと煮詰めることでサバの強さに負けないだけの味を引き出す事に成功し、店のメニューとして出すに足りるだけの料理に仕上がった。

 トマを売っている商人の話では、南の方ではトマは通年で採れるらしいうえ、アカネさん曰くサバは冬の方が美味いという話なので冬場の野菜が少ない時期には最有力にもなり得るだろう。

 なにより、トマの旨さに気づくきっかけにもなった。

 スープにしただけでも十分に美味かったのだが、ソースとしての自力が予想以上に高かった事に気づけたのが大きい。

 これならば魚のみならず、肉に合わせてもいいだろうし、なんならパスタのソースとしても使えるかもしれない。

 

 ということで、今日はトマを使った料理の研究を続けようとマリーとクロンを率いて買い出しに出かけている。

 

「3人で買い出しに出るのも久しぶりですね」

「あー、そういえばそうだなぁ」


 ここ最近は色々と忙しくなった事もあり、買い出しは概ね俺かもしくはマリーが一人で行っていた。

 そこにクロンが加わる事もままあったが、俺とマリーとで買い出しに出かける事は稀になってきていたので、ある意味新鮮でいい。


「ししょー、はやくバンナの実買うっすよー」


 まぁ、二人きりというわけではなく、俺とマリーとで並んで歩く前を時折こちらに振り返りながらステップを踏むクロンが居るんだけどな。

 

「行くところは一緒なんだから焦らなくてもいいだろうに」


 まぁ焦る気持ちも多少わからなくもない。

 雪解けの祭りで出した薄皮包みのおかげか、バンナの実の旨さもはやカーネリア全体に広まっているようで、時折売り切れている事がある。

 値段もそれほど高くない上、どうやらバンナの実もトマと同様に通年で収穫ができるらしいので、今後カーネリアではありふれた果物として浸透していくことは間違いないだろう。

 しかし改めて、南の地域はこういった植物関係が豊富だよなぁ。

 リンゴの様にある程度寒い地域の方が採れる作物もあることはあるんだが、やっぱり植物については南の方が種類が豊富なんだなぁ。

 

 そんなことを思いながら歩く事少々、目的の露店へとたどり着く。

 

「アぃ、いラっしゃい。今日もトマでいいんよネ?」


 俺とマリーの顔を見るやいなや、手慣れた手付きで紙袋にトマを詰めていく猫耳商人。

 もはやすっかりと常連となってしまった露店の店主の獣人、名はアルーという。

 少々特徴的な発音は南特有のそれ。

 こうして改めて聞くと銀翼の隼で南に行っていた時期の事を思い出すなぁ。

 

「今日はバンナの実も買うっす!」

「アぃ、クロンちゃんはいつも元気やネぇ。バンナの実も入れておくヨぉ」


 そんなにはいらん、と言いたくなるくらいにポイポイと紙袋にバンナの実を入れていくアルー。

 あればあったで俺やアリアも食べるのでまぁ良いんだが、流石にちょっと多すぎる気がする。

 

「アルー、そんなにはいらないぞ」

「ナぁに、これはサービスって奴ですヨ。お代は1つ分で良いですヨ」

「いいんすか!やったっす!」


 一般的に金にガメついと思われている商人だが、それにもちゃんと理由があって、金の無い商人は食材の無い料理人と一緒。

 そも金を持って金を生み出すのが商人という職業なのだから、金の有無はまさに命に直結する話になる。

 その商人がこれだけのサービスをするということはよほどの事があったと見える。

 その事に気づいていないクロンは純粋に喜んでいるのだが、気づいてしまったからには聞かざるを得ないよな。


「何かあったのか?」 

「実は今までは個人で行商してタんですけどネ、商会に雇わレる事になりマして」

「あぁ、なるほど。在庫処分……というとあれだが、全部片付けたいって事か」

「アぃ。あぁでも安心してクださい。私個人では露店はダさない事になりマすが、引き続き南で買付する事になりマすから」


 おっと流石だな。

 アルーが店を畳むという事になれば真っ先に気になるのはトマ……とバンナの実の仕入先ということになるのだが、その点をしっかりとフォローするとは。

 となれば、今後はその商会とやらで仕入れる事になりそうだな。

 

「その商会ってのはなんてところなんだ?」

「アぃ。ブランチウッド商会ですヨ。近くカーネリアに支部を作ると言ってマした」

「な――」


 まさか、カーネリアでその名を聞く事になるとは思わなかった。

 あまりの予想外の名前に言葉に詰まってしまう。

 

「オや、旦那はご存知デしたか?」

「まぁ……な」


 正直、あまり思い出したくは無いんだがな……。

 不思議そうに俺の顔を覗き込んでいるクロンに、なんでも無いというように軽く手を振る。


「まぁそれはともかく、これからも宜しく頼むよ」

「アぃ、こちらコそ宜しくお願いしマすヨ、旦那」


 トマとバンナの実の代金と引き換えに紙袋を預かり、ついでに右手を差し出すとアルーもそれに答えてくれた。

 

 しかしそうか……ブランチウッド商会が、ねぇ……。

 

 店を後にし紙袋を片手にモヤモヤとした気持ちのまま、時折袋の中のバンナの実に手を伸ばそうとするクロンを牽制しながら歩いていると、唐突にマリーが声をかけてきた。

 

「クラウスさん、お魚が出てますよ」

「ん?お、ホントだ。最近良く見かけるようになったな」


 以前はカーネリアでは干物や塩漬けなどでしか見かけなかったのだが、ここ最近では生の魚も時折見かけるようになった。

 普通に考えるとあり得ない話のはずなんだが、一体どういうことなのか。

 マリーの言葉に導かれるようにフラフラと魚を出している露店へと歩みよると、それに気づいたのか店主もこちらに声をかけてきた。

 

「いらっしゃい。どうだい?」

「生の魚とは珍しいな。それに随分と新鮮そうだ」

「お、にぃちゃん良くわかってるな。街の南に漁村があるのは知ってるか?そこから運んできたもんさ」


 まぁ魚の出どころとしてはそれしか無いだろうな、とは思うのだが、それにしたって新鮮すぎる気がする。

 ましてや、多少暑さも和らいできたとはいえこの時期だ、何かしらしなければ1日で腐ってだめになるだろうに。

 

「それにしたって無理があるだろうに、一体どうやってるんだ?」

「おーっと、流石にそれは秘密って奴だ。でも、新鮮で安全なのは保証するぜ?実は俺はその漁村で漁をしているんだがな、この新鮮さは獲ったばかりの魚と遜色ないぞ」

「それは凄いな」


 そういえばこの間マッケンリーが持ってきたのも大分鮮度が良かったよな。

 これもマッケンリーが関係しているのだろうか。

 物珍しそうに様々な種類の魚を見ているクロンの隣で、なにやら真剣な表情でジッと魚を見つめていたマリーがスイと視線を店主に向けると、1匹の魚を指さした。

 

「あの、この魚、定期的に入ったりしますか?」

「これかい?あぁ、結構穫れるから持ってくる時には大体入ってると思うぜ。あぁでも俺は店を出さないとは思うがな」


 マリーが指さしていた魚は以前マッケンリーが持ってきたものと同じサバ……のように見える。

 この場に色々な種類の魚があるからまだ何となくこれだったかな、と思えるのだが、多分違う魚をサバだと言われて出されたら違和感なくそれを信じてしまいそうな気がする。

 魚の種類多すぎだろ。

 と、それよりも気になった事がある。


「ん?別の人が来るのか?」

「実はな、ここにあるのはブランチウッド商会っつー商会が仕入れたもんなんだ。まだ正式に店を出す準備が整ってないっつーから俺が売りも引き受けてんだけど、近々支部も作るっつーから、準備が整ったらそこの商人がやるんじゃねぇかな。俺もこうやって売ってるより魚獲りてぇし」

「またか」

「また?」

「あぁ、いや、こっちの話だ。それより、さっきマリーが言っていた魚をもらおうか」

「あいよ。ちょっと待な」


 サバを手に裏で作業を始める彼を眺めながら、小さくため息が出る。

 またもやブランチウッド商会の名前。

 まさかカーネリアに来てまでその名前を聞くことになるとは思ってもいなかった。

 面倒事にならなければいいなと、ぼんやりと見上げた空は雲ひとつ無い晴天だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る