第91話 魚、材料不足、島国

 例のドラゴン騒動からはや一月。

 ほんのりと暑さも和らいできたような気がしてきた今日このごろ。

 俺とマリーは厨房の中で腕を組みながらうーん、と唸りをあげていた。


「これ、どうすればいいんでしょうね」

「わからん、なぁ」


 目の前の作業台の上には、今にもピチピチと飛び跳ねてきそうな程に新鮮……に見える大きめな魚が横たわっていた。


「マッケンリーの奴、こんなもの渡されてもどうしろってんだよなぁ」


 昼食も食べ終わり、そろそろ夜の営業に向けて準備でも始めようかと思っていた矢先、突然飛び込んできた商業ギルドの職員とやらが置いていったこの魚。

 どうやら先のドラゴン騒動で少し手伝った……と言ってもグラシエラスの巣に一回入った位なんだが、その報酬代わりらしい。

 そいうのはどちらかといえば領主側か、冒険者ギルドが持ってきそうなもんだが、まぁ出処は気にしないことにする。

 ヤツのことだ、こうして商業ギルドが持ってくることに何らかの理由があるんだろうしな。


「私はあまりお魚を調理したことが無いので……前のように小麦粉をまぶして焼きますか?」

「そうだなぁ……俺も魚料理はほとんど経験無いし、それが無難かもしれないなぁ」


 冒険者時代、川魚なんかを釣り上げてそのまま焼いて食べる事はあり、魚を捌く事くらいは出来ると思うが、料理となるとまた話は別だ。

 というか、今思い起こせば、少し前にマッケンリーが面白いことになるから魚料理のレシピを考えておけ、みたいなことを言っていたな。

 これがその面白いことなのか?

 あまりマッケンリーを過剰評価したくは無いが、これだけでは奴にしては面白みが足りない気もするし、うーん、よくわからんな。


「クロンも魚料理はよく分からないって言ってましたね」

「エルトワールの森も海からはかなり離れているからなぁ。魚を食べる機会も少ないだろうな」


 海という意味であれば、アリアの故郷でもあるルアセンの森の方が近いと言えば近い。

 ただ、それもエルトワールの森から比べれば、という話で、正直な話この中ではカーネリアが最も海に近いんだよなぁ。

 

「ししょー!道具の在庫確認終わったっすよー」

「あぁ、ありがとう。どうだった?」

「下級ポーションの数がかなり少ないっすねぇ」


 今日はアランさんが道具類の納品に来てくれる事になっているため、事前の在庫確認をしていたクロンがひょっこりと厨房に顔を出す。


「んー、やっぱ少ないかぁ」

 

 ドラゴン騒動によって森から出てきてしまっているモンスターの対応のために多くの冒険者が出張っているのだが、依頼内容的にどうしてもモンスターとの戦闘が発生しがちだ。

 あまり脅威度は高くないモンスターが多いという話は聞いているが、それでも生傷が絶えないのが冒険者というもの。

 小さな怪我の治療には下級ポーションがよく使われる事から、ある程度予想はしていたのだが思った以上に売れ行きが良かったようだ。


「下級ポーションはししょーが作ってるんすよね?」

「そうだな。数が減ってるなら補充したいところなんだが……」


 だが、中々に難しい現状がある。

 そのことを考えると、自然と腕を組んでしまうというものだ。


「作れないんですか?」

「今は材料が無くてなぁ……」


 マリーの疑問も尤もな話で、足りないなら自分で作ればいい。

 ポーションが足りなくなるだろうな、という予測は出来ていたので早めに作ろうかと思っていたのだが、色々と遅かった。

 現在市場に出回っている薬草類は概ね調薬を生業にしている人たちに買い占められていた。


 まぁ、考えてみれば当然のことで、物品の販売以外にも収入源のある俺たちと違い、彼らは調薬が出来なければ収入がないのだから。

 恐らくはカーネリアの森への立ち入りが禁止された時点で既に買いに走っていたのだろう。


 交易などで取り寄せていたであろう薬草はまだいいんだが、主な産出先がカーネリアの森だった薬草は流通量が極端に減っている。

 騒動の前には朝市でいい具合に乾燥されたヒラヒラ草が大量に積まれていたもんなんだがなぁ……。


「アランさんにポーションお願いしてみますか?」

「話をしてみるのはありだとは思うが、どちらにせよ今は市場に出回っている下級ポーションの量自体が少ないんじゃないかと思うんだよな」

「薬草採取の依頼も無いっすしねー」


 そうため息混じりで続けるクロン。

 騒動の前は薬草採取ばかりしていたクロンにとってみれば慣れた仕事がなくなってしまっているわけで、ため息がでるのも仕方ないな。

 

「必要になれば俺とアリアで採ってくるのもありかもしれんが……カーネリアの森への立ち入り禁止が解除されない事にはどうにもならんな」

 

 麦の収穫が終わる頃にはある程度落ち着いてくるだろうとは思うのだが、どちらにせよ環境の変わったカーネリアの森ではすぐに薬草採取再開ともならない気がする。

 良くも悪くも、やっぱりドラゴンってのは影響力が半端ないんだと実感した。


 3人してうーん、と唸りながら腕を組んでいると、外からガラガラと荷車の音が聞こえてきた。

 

「クラウスさん、道具の納品に来ましたよ」


 程なくしてカランというドアベルの音と共に聞こえてくるのはアランさんの声。

 と、一緒に

 

「クローン!来たよー!」

「こらカズハ、挨拶が先でしょう」


 珍しい声も聞こえてきた。

 その声にピクリと耳を動かしたクロンが尻尾を振りながら厨房から顔を出す。

 

「カズハー!いらっしゃーいっす!」


 パタパタと音を立てながらカズハに駆け寄るクロンに続くように厨房から出れば、そこにいたのはクロンと手を取ってキャッキャとはしゃいでいるカズハちゃんと、それを呆れたように見ているアカネさん。

 

「ありがとうございますアランさん。アカネさんとカズハちゃんもこんにちは」

「騒がしくてすまないね」

「今日はどうしたんですか?」

「納品が終わったらこちらで食事でもと思いまして。よろしいですか?」

「えぇ勿論」


 クロンとカズハちゃんの仲は以前に増して良くなっているようだ。

 今まではそれぞれさん付けだったように覚えているのだが、いつの間にか下の名前を呼び捨てにする仲になっていた。

 一体どこでそんなに仲良くなったのか……まぁ良いことだし気にしない事にしよう。

 早速どこそこの屋台の串焼きが美味しかっただの、変わった客が来ただのと話に花を咲かせ始めたカズハちゃんにやんわりと注意をするアカネさんを見て、ふと思い至る。

 アカネさんは一体どこの生まれなんだろうか、と。

 アカネというこの辺では聞き慣れない語感の名前に加え、あの吸い込まれるような深い黒髪はこのへんの出身でない事は間違いない。

 南や……大陸の東側、偉大なる壁を超えた先にそういった髪を持つ人々が住んでいるという話を聞いたことがあるが、実際はどうなのか。

 何となく気になってしまって、道具の搬入準備をしているアランさんに声を掛けた。

 

「アランさん、付かぬ事をお聞きしますが、アカネさんってどこの出身なんですか?」

「アカネの出身かい?扶桑という島国だと聞いているよ。偉大なる壁の向こう側だね。確か14の時に国を出たって話だったかな」

「おぉ、あの山脈の向こう側から……」


 冒険者時代、行ける事なら行きたいと思っていた偉大なる壁の向こう側。

 そこから来たというアカネさんに俄然興味が湧いてきた。

 ……まぁ人妻なのであまり積極的に話を聞くのは誤解を招きそうなので控える事にはするが。

 しかしそうかぁ……あの山脈の向こうにもちゃんと国が、しかも島国があるのか。

 うむ、久しぶりに冒険心がウズウズと湧き上がってきた。

 ……ん、島国?

 前言撤回だ、ここは聞いておかねばならない事ができた。

 

「アランさん、もう1つお聞きしたいのですが、アカネさんって魚料理が得意とか、聞いたことありませんか?」

「魚?あぁ、そうだね。アカネの生まれは島国だし、国を出るまでは肉よりも魚の方が多かったというのは聞いているけど、それがどうしたんですか?」

「実は――」


 厨房に魚が横たわっており、それをどう調理しようかと困っているという話を簡単に説明すると、アランさんはそれならばとアカネさんを呼んで事情を改めて説明してくれた。

 一瞬驚いたような顔をするアカネさんだったが、魚と聞いて少し懐かしそうに目を細めると、コクリと小さく頷いてくれる。

 

「国を出てから暫く経ちますし、曖昧なところもありますがそれでも良ければ」

「助かりますアカネさん。アランさん、すみませんが少しアカネさんをお借りしますね。代わりにクロンに手伝わせますので」

「はは、そこはお構いなく。美味しい魚料理にありつけそうですし、逆に役得ですよ」

「そう言って貰えると助かります。それじゃアカネさん、すみませんが厨房の方にお願いします」

「分かりました」


 マッケンリーの言葉を鵜呑みにするつもりは無いのだが、無意味な事は言わないだろうという確信がある。

 まるで彼に動かされているようで少々癪ではあるが、アカネさんの来店はまさに天啓といっても良い。

 背中でクロンとカズハちゃんの笑い声を聞きながら、アカネさんを連れて厨房へと入った。

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