第87話 言われた通り、圧力、不機嫌
木剣を手に部屋のドアへと手を伸ばしたところで、唐突に店内からクロンの声が響く。
切羽詰まった様子のそれに、慌ててドアの外へと飛び出すと、そこにはマリーを背後に庇うようにしながら木製のトレイ片手に構えを取るクロンと、そのクロンの前に堂々とした様子で立つ二人の姿。
「とと、突然出てきて、なんなんすか!マ、マリーさんには手を出させないっすよ!」
「ほう?我の姿は認識変換の魔法でその辺の子供と変わらぬように見えておるはずだが……本質を見抜くとはお主、中々に見どころがあるではないか」
よく見れば、困惑するマリーを庇うクロンの足はもうガックガクに震えまくっている。
「す、すぐにししょーが来るっす!ボクはそ、それまでの、時間稼ぎっす!」
「彼我の実力差を理解しながらも我に立ちふさがるとは、見上げたものよ!」
そういってカカと笑う角の生えた子供……あれはつい最近に見たばかりの奴ではないか。
奴の力を無意識のウチに理解出来ているのは偉いぞクロン。
それに奴を前にして戦意を失っていないのも良い。
やはり、クロンはいい冒険者になれる。
……っと、そんなことを考えて居る場合ではないな。
「クロンをからかうのはその辺にしてくれないか?グラシエラス」
「フハハハ!別に誂ってはおらんぞ?」
「はいはい、そうですか。ヴィオラも止めるなりなんなり……いや、それはいいや。それにしても随分と急だな」
「ん?呼んだのはクラウス」
「まぁ……確かにそうなんだが……」
確かに別れ際、街に来ることがあれば寄ってくれとは言ったが、思いの外早いのに加え、多分クロンの反応を見るに直接転移してきたな?
店を閉めている時だったから良いものの、開けている時に転移してきてたら店内は大混乱だったぞ?
現に今大混乱に陥ってる奴もいるわけだし。
「クロン、大丈夫だ。怪しいもんじゃない」
「そ、そうなんすか?」
「うむ!何を隠そう、我はダンジョンの主にして偉大なるアイスドラゴン、グラシエラスである!」
半信半疑のクロンが未だにトレイを持ったまま訝しげに覗き込むと、それに答えるように声を大にして堂々と宣言するグラシエラス。
ドラゴンという言葉に一瞬ビクリと体を震わせるクロンとマリーだったが、直ぐに合点がいったのかマリーがぽんと手を叩いた。
「あ、グワース山の?」
「うむ!グワース山は我の根城であるぞ」
「ししょーの言ってたドラゴン……っすか」
マリーとクロンには当然ながら一通りの話はしてあるので、相手の正体が分かって多少は安心したのか、ガックガクだったクロンの足も少しは落ち着きを取り戻しつつある。
まぁ、まだ震えは止まらないようだが。
「グラシエラス、悪いんだがその威圧感はどうにかならんのか?」
「ふむ?うーむ……まぁやるだけやってみるが……」
正直に言えば、俺でも少々近寄りがたい空気を感じており、野性的な勘のようなものでそれを無意識のうちに感じ取ってしまっているクロンには中々に酷な状態だ。
多分マリーもそういった感覚を覚えているのだろうとは思うのだが……思ったよりも大丈夫そうだな。
マリー本人の肝が座っているのもあるんだろうが、もしかしたらドリアードの影響もあるのかもしれないな。
マリーの頭上にはいつも通りドリアードが座って……あ、ちょっと警戒してるっぽい。
珍しく立ち上がってるわ。
「力を抑えろと言われても中々に……ふぅーーー……こんな感じで、どうだ?」
グラシエラスの動作はまさに深呼吸といった様子で、大きく息を吐き出すと感じていた威圧感がサッと引いていくのが感じられた。
クロンもそれを感じ取ったのかホッとした様子で体の力を抜いた。
うん、ドリアードも座ったな。
「むぅ……中々に難儀であるな」
「人との争い事を避けたかったら頑張ってくれ」
「我が友の戦友の頼みとならば仕方あるまい」
というか、街に来てほしくはないんだが……言って聞くような奴じゃないだろうしなぁ。
この辺で妥協しとくのが正解か。
「あと、店に直接転移してくるのは勘弁してくれ。俺達を飛ばした城壁の外があっただろ?あそこから歩いてきてくれると助かる」
「ん、分かった。次来る時はそうする」
こちらの要望を伝えればコクリと頷いてくれるヴィオラ。
何を考えているのか良くわからない奴ではあるが、自分勝手な奴ではないから頼めばきちんと聞いてくれる。
……まぁ、言わないと好き勝手やるからちゃんと指摘してやらないとだめなんだがな。
「クラウスさん、そちらの方は?」
「あぁ、顔をあわせるのは初めてだもんな。銀翼の隼の時に一緒だったヴィオラだ。こっちはマリー」
「クラウスさんと走る子馬亭を切り盛りしています、マリアベール・ブラウンです。マリーと呼んでください」
「ん。ヴィオラ・ルーシーズ」
言葉としてはそれだけなのだが、ちゃんとグラシエラスの後ろから一歩前に出て握手を求めるヴィオラ。
「宜しくお願いします。ヴィオラさん」
差し出された手をマリーがしっかりと握り返すと、ヴィオラは小さく頷き返した。
おぉ……あのヴィオラがちゃんとした挨拶を……!
俺は今、猛烈に感動しているぞ。
スルリと二人の手が解かれると、その手はマリーの隣へと向かう。
そこには、先程までのビビリ具合はどこへやら、目をキラキラと輝かせたクロンがブンブンと勢い良く尻尾を振りながら今か今かと待ち構えていた。
「クラウスししょーの弟子のクロンっす!ヴィオラさんにお会いできるなんて光栄っす!」
まるで奪い取るようにヴィオラの手を取ると何度も上下にブンブンと振り回すクロン。
対するヴィオラは特に嫌がる様子もなく、クロンにされるがままで居るが、唐突にコクンと首をかしげた。
「ん。……ん?」
「あぁ、クロンはギルの姪でな。色々あって俺の弟子って事になってる」
「そう。よろしく」
「宜しくっす!」
ヴィオラは表情こそ変わらないが、声が少し明るかったように思える。
クロンの第一印象は悪くなかったっぽいな。
「……クラウスさん、良くヴィオラさんが気になってた事がわかりましたね」
何故かこっちは口調が硬いマリー。
えっと、何か、したっけ……?
「あ、あぁー、ほら、一緒に居る時間も長かったから、なんとなく、な」
「そうですよね。銀翼の隼で一緒だった時間も長いですもんね」
「そうそう、それだけそれだけ。他には特にないぞ、うん」
……何故こんな言い訳じみた言い方をしているんだ俺。
なんかよく分からんが、そうした方がいいと俺の直感が言っているんだから仕方ない。
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